第469話 対大黒龍戦1
半ば呆気にとられるラウーロを尻目にフロリアは状況を確認する。
怒りの山周辺にねずみ型ロボットがいなかったのは、短時間の間に現代日本と、C国の軍事基地に急遽、配置するためにゴンドワナ大陸各地に散らばっていたロボットをかなり回収したのだが、怒りの山周辺からも相当数を引っこ抜いていて、空白地帯になってしまっていたためであった。
セバスチャンは、ほんの一時的であってもフロリアの行方を見失ったことを重大視しており、ただちに再配置を行い、ロワールと怒りの山周辺に配置し直すと確約した。
それと、外の状況を確認したいというフロリアの求めに従って、ウッドデッキ上のリビングスペースに設置した大型テレビに、人工衛星の映像を映し出したのだった。
いまや、ベルクヴェルク基地では数多くの人工衛星を打ち上げており、フロリアの活動範囲になっている国々の上空をほぼ切れ目なく、多くの衛星が監視している。
その中にちょうど現在の時間、怒りの山周辺が観測範囲に含まれている衛星があったので、その映像を中継させたのだった。
真上ではなく、外れた位置から撮った映像で、解像度もいまいちであったが、それでも大黒龍のブレスがギリギリのところでフロリアを捉え損なった後に、遥かに延びていって、モルドル河を通過し対岸まで焼いている様子が良く判った。
幸い、ロワールの町も船着き場も射線からズレていたために、ブレスで焼かれることはなかったが、もし命中していたら、それだけで大量の犠牲者がでていたことだろう。
ラウーロにとって、人語は話す小さなロボットも人工衛星も衛星画像も大型テレビも理解の範疇を超えていたが、ひとこと「これが今の外の状況か」とフロリアに確認しただけで、他の事象について質問攻めにして時間を無駄にするような行動はとらなかった。きっと聞きたいことはたくさんあるのだろうが、今は大黒龍を何とかするのが先だ、と判っているのであった。
「今はまず逃げる、という方針は通用しないみたい。これだけの距離があっても、相手は察知して攻撃してくるだけの知性と能力を持った怪物です。また外に顔を出したらすぐに攻撃されると思います。こうなったら、これ以上暴れさせる前に対決して討伐しちゃわないと」
フロリアはそうラウーロに宣言した。
それは、ギルマスのジャン=ジャックらと決定した方針とは違うのだが、もはやその方針は反故になったのは、ラウーロにも判っている。
到底、逃げられる相手ではないのだ。
下手に避難優先していると、あの長距離をものともせずに撃ってくるブレスの餌食になるだけである。
「それはそうだろうが……。問題は……」
とラウーロ。
「あの大黒龍に勝てる手段はあるのか?」
あるのかも知れない、――このフロリアのとんでもない秘密を目の当たりにして、そう思い始めているラウーロだった。
「セバスチャン」
フロリアはその質問に直接には答えずに、セバスチャンに呼びかけた。
「以前、作ってもらったドラゴンバスターなら、大黒龍に勝てる?」
「問題ありません」とセバスチャンは間髪を入れずに返答する。
「元来、仮想敵を大黒龍に見立てて開発した武器でございます。かの龍のブレスの届く範囲よりもドラゴンバスターの射程の方が長くなっておりますし、射撃補正もついております。
威力も最大出力にしていただければ、大黒龍を一撃で撃破するのに十分でございます」
「うん、判った。それじゃあ、それで行きましょう。ドラゴンバスターならすぐに準備できるし」
「おい、ちょっと待て」とラウーロ。
「アドリアや他のマジックレディスのメンバーはどうした?」
「実は、今ちょっと手が離せないんです」
怪我をしていて動けないと言おうかとほんの少しだけ考えたフロリアだったが、フロリアにも冒険者の流儀が浸透していて、部外者に弱みを見せないようになっていたのだった。
「姐さん達はすぐに大黒龍に対応することはできません。それに、私がいれば十分です」
ラウーロはなにか言いそうになったが、黙った。
奥の方の小屋の中から少し光が漏れたかと思うと、中からトパーズがでてきた。
「おーい、フロリア。また迷子になったかと思ったぞ」
C国の軍事基地に取り残されたものの、収納に簡易転移魔法陣を持っていたねずみ型ロボットがいたので、割りとすんなりベルクヴェルク基地経由でフロリアと再会できたのだ。
トパーズは、基本的にマジックレディスのメンバー以外には内緒にしているはずの亜空間内に中年男がいるのに気がついて、ジロリと睨みつけた。
「大黒龍と戦っていて、仕方なかったんだよ。これからまたでていって決着つけてくるよ」
「おお、あのピカピカやろう(セバスチャン)がそんなことを言っていたな。良かろう、サッサと片付けようではないか」
そう言うと、トパーズはフロリアの影に飛び込んで消えた。
そして、2,3のことをラウーロとセバスチャンの小型端末と相談して決めると、いよいよ大黒龍との再戦に挑むこととなった。
亜空間に逃げ込んで5分も経っていない。
フロリアは収納からドラゴンバスターを取り出して、既に魔力弾を充填し、最大火力でいつでも発射できる状態にして手に持っている。
作戦は単純である。
亜空間から中空の出入り口を開けて飛び出して、同時にモンブランに大鷲を召喚してもらい、飛び乗る。
魔力探知で大黒龍は即座にフロリア達に気がつくだろうが、再びブレスを吐く前に、ドラゴンバスターで大黒龍を撃ち抜くというものだ。
そのドラゴンバスターを見るのが初めてであるラウーロにしてみれば、一か八かの博打のようなもので普通であれば到底、承知出来ない。
だが、他に代替案を出すことも出来ないし、当初の予定であった"まずは撤退、体制を整えて反撃"が通用しないことは明確になっていた。
とてもではないが、逃げ切れる相手ではない。後ろから襲われ、ロワールの町の住人も多くの冒険者も全滅するだけ。
軍隊やフライハイトブルクの冒険者を集結させるまでに掛かる時間の間にいくつもの町や国が滅びるような被害が出るだろうし、反撃軍も勝てるとは思えない。
そもそも、これはある意味、フロリアが勝手にやることで、ラウーロにそれを止める権限は本来無いし、止めるだけの能力もなかった。
「だが、私も同行するぞ」
短時間に腹を決めたラウーロは、フロリアの反撃に同行すると言った。
このあたりは、組織の中にいる人間と違う、つまるところ自分ひとりの責任で戦う冒険者であるラウーロらしい即断即決だった。
フロリアとしても、どうやら信頼は出来そうだが、まだ良く知らないおじさんを大事な亜空間にひとり残していく選択肢はなかった。たとえ、セバスチャンの小型端末や今は怖がってどこかに隠れているものの家事精霊のブラウニーが監視しているとはいえ。
「それじゃあ、行きますよ」
肩にモンブランを乗せ、片手にでっかい銃を抱え、もう一方の手でラウーロの腕を掴むと、通常空間への出入り口を開け、飛び出す。
ふわりと浮かんだように感じたと思うと、風切音と共に落下を開始する。
が、1秒も経たないうちにモンブランが召喚した大鷲が足の下に出現し、フロリア達を受け止める。
大黒龍を眼前に捉えるはずが、後ろ向きにでてきてしまったみたいで、少し離れてモルドル河が眼下に横たわっている。
そして、自分たちの後ろから大河を超えて遥か地平線の彼方にまで一直線に焼け焦げた傷痕が延びている。黒い一筋の帯になっているのだ。まだその傷痕の両側は熱を帯びていて、燃えるものがある箇所では火災になっている。
フロリア達を仕留めそこねたブレスの痕である。
フロリアは慌てて、大鷲を旋回させると、大黒龍と正対した。
ブレスに先行するはずの貴重な10数秒を空費する。
死と破壊の象徴とも言える禍々しい姿は、先程と同じで10キロ近く離れている。
大黒龍は、フロリア達を仕留めそこねたのは判っていたが、それはそれとして腹ごしらえすることにしたのだ。その巨大な口にワイバーンを加えて、バリバリと食べている最中であった。
フロリア達の魔力の気配が再出現したのに気がついて、食べかけのワイバーンを吐き出すと、ブレスを吐くべく、口の先に魔力を集中させ始めた。
即座にブレスを撃てば、旋回途中の大鷲を捉えることができただろう。
しかし、大黒龍の方も貴重な時間を無駄にしてフロリアたちが旋回する余裕を与えたのであった。
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