第467話 龍の目覚め1
こうなれば、もう偵察任務は終了である。ラウーロは、鳥の従魔使いに町まで通信文を先行して届けさせると、自分たちもできるだけ早く撤退をすることにしたのだ。
途中で何度か魔物に襲撃されるが、ラウーロが一瞬で返り討ちにする。基本的にソロで討伐しているラウーロだが、合同チームを組んで動く時には適度に仲間に獲物を譲らないと揉めることぐらい判っている。
しかし、この時はそんなことを気にせずにとにかく一番早く効率的に魔物を倒して町に戻ることを重視していたし、そもそも素材の回収もしないで、魔物の死骸はそのまま置き去りにしていった。チームのメンバーも、誰もそのことに意義を唱えていない。
それでも、他の冒険者パーティと行き合うと、合流させてくれと頼まれて、その都度多少時間を費やすことになった。
どのチームも、この怒りの山周辺の森に挑むぐらいなので、腕には自信のあるパーティばかりなのだが、想定よりも強すぎる魔物の次から次への襲撃に対応出来ず、単独で町に戻れるだけの戦力が残っておらず立ち往生に近い状況だったのだ。
そうした状況の中で元気に行動しているラウーロ達を見つけて、同行を願い出てきたのを、断れるほどラウーロも他の冒険者達も薄情ではなかった。
合流したパーティのメンバーに怪我人がいれば、ラウーロも放って置く訳にもいかず、自分用のポーションを分けてやるはめになる。
”こうなれば、ジャン=ジャックのやつにねじ込んで、使った経費を(少々水増しして)支払って貰うまでだ”――この時点ではまだ脳みその片隅でこんな呑気なことを考えていたのだが、それもすぐにそれどころではない、と思い知らされることになる。
異様に魔物が増えてきたのだ。
それも、1頭討伐すれば当分遊んで暮らせるような大物がゴロゴロ現れる。
そして、魔物という生き物は人間を見つけると、襲いかかってくるという性質があるのだが、ほとんどの魔物はラウーロたちを無視して森の外に逃げていく。
何から逃げる、――もちろん、大黒龍からである。
大黒龍に限らず、伝説級の魔物は他の魔物を餌にするために引き寄せる事がある。この魔物たちもある程度、大黒龍の魔力に強く縛られると引き寄せられていくのであろう。
それが本能的に分かっているからこそ、まだ逃げられるうちに必死に逃げているのだ。とてもではないが、人間を襲っている余裕など無いのだ。
ロワールの町の大門の近くまで行くと、森のあちこちから逃げ戻ってきている冒険者たちで混雑しているぐらいであった。
口々に魔物が攻めてくる、スタンピードが発生しかかっている、と言い合っている。
そうした中、気がつくと目の前に少女がしゃがみ込んでいた。
かなりの魔力を感じる少女だが、どこかぼやけたような印象がある。
いや、ぼやけた印象はあっという間に消えて、記憶になる魔力の形になっていく。これまで見たことがない服装をしているが、間違いない。
この少女はマジックレディスに加わっていたあの娘だ。
「おい、確かフロリアと言ったな」
少女は頭を振りながら、立ち上がる。
「え、……ええと、ラウーロさん……」
「こんなところで何をしている?」
魔力はくっきりとしてきたが、少女の頭の中はまだ霧がかかっているみたいで、答えらしい答えが返ってこない。
しかし、これだけの巨大な魔力の気配がいきなり目の前に現れるまで気が付かないとはどういうことだろう。
いや、それは後から聞けば良い。
この娘がいるということはマジックレディスの他のメンバーも居るのだろう。
いま、この窮地に際して、大変な戦力である。
ともあれ、アドリアたちの居場所を聞こうとしたら、この場にはいないという。
なかなかピントの合わないフロリアの受け答えにイライラしながらも、彼女をギルドマスターのところに連れて行く。
なにかの理由で事態について行けてない様子だが、しっかりしてくれば、未成年の少女とはいえ、この少女ひとりだけでもけっこうな戦力になることは違いないのだ。
***
フロリアを見て、ギルドマスターのジャン=ジャックの顔が明るくなるが、アドリアが共にいないと分かると、露骨に落胆の色を浮かべる。
「アドリアが居たって、相手が相手だ。倒せる訳じゃない。早く住民を逃がすためなら、むしろこの娘の方が役に立つ。大鷲が使えるからな」
そう言うと、ラウーロはフロリアにやって欲しいことを説明した。
要するに、町の人々をできるだけ安全に早く、船着き場から船で上流、下流に安全に逃がすための情報収集、船着き場との連絡係である。
「小鳥を従魔にしてる従魔使いもいるが、空を飛べる魔物もいるだろうから、戦闘能力のあるお前が適任なのだ」
急な依頼になるがぜひとも受けてくれ、もちろん危険な状況になったら逃げてもらって構わない、とジャン=ジャックも付け加えた。
「それは構いませんが、大黒龍の偵察はしなくても良いのですか?」
「やめておけ!! うっかり近づいて、ブレスでも喰らったら、一瞬で黒焦げだ」
ラウーロもジャン=ジャックも、そして他の冒険者をはじめとする町の人々は、大黒龍を討伐することはもちろん、応援が来るまで大黒龍が自由に動き回ることを阻止することすら最初から放棄している。
いかに素早く避難して、少しでも人的被害を少なくすることだけを行動方針にしているのだ。
どんな方針で、この事態に対処するのかミーティングをしたとも思えないのに、避難一択で意思統一できている。
そんなに、大黒龍って恐ろしいものなの?
正直、フロリアにはピンときていない部分が多かった。
「大黒龍は毒も吐くんですよね。モルドル河に流されたら、それこそ大陸中に被害が広がっちゃうと思うんだけど」
そうフロリアが言うと、ラウーロはじろりとフロリアを睨めつけた。
「そんなことは百も承知だ。だが、今の戦力じゃああれは止められない。
実際に、あの姿を見た俺にはよく分かる。あれには勝てないのだ。この町の冒険者達は、対魔物の戦力としては一流だ。だからこそ、今の状況で戦いを挑んで消耗するわけにはいかない。
この大陸の対魔物の冒険者や各国の国軍の戦力を一つのまとめて、一気にぶつけて叩き潰すのだ。大黒龍に対応しようと思えば、その手しか無い。
いいか。お前も大黒龍を倒すための戦力の一つだ。それもかなり重要な戦力なのだ。アドリアと並んで、な。
簡単に死んでもらっては困る。
絶対にあの化け物に近づくな」
かなり無口で、声をまともに聞いたことの無い知り合いも多いと言われるほどのラウーロが、この時はフロリアに対して饒舌に語った。
そして、すぐに大鷲を召喚して、一度船着き場まで翔ぶことになった。
トパーズもいないし、セバスチャンとも連絡が取れない状況のまま、妙なことに巻き込まれてしまった。
だけど、ひと目が無くなったら、その時点で亜空間に入ってセバスチャンと連絡を取ろう。
トパーズもトパーズのことだから大丈夫だと思うが、安全を確認したい。
大黒龍がどれほど怪物であろうと、ベルクヴェルク基地の古代文明の利器を駆使すれば、そこまで恐れる相手でも無いはずだ。
セバスチャンと善後策を検討して、できることなら大河に毒を流される前に片付けてしまいたい。
あ、もちろん目立つのはNGだから、そのへんの方策もセバスチャンに相談しなきゃ。
そんなことを考えながら、モンブランを呼び出し、眷属の大鷲を召喚させる。
モンブランは、以前久しぶりに呼び出したら、ご機嫌ななめになっていたので、それからは用事がなくても定期的に呼び出して遊んでいる。
だから特にいじけることなく、モンブランは大鷲を呼んでくれた。
ただ、この霊獣もなにかただならぬ空気を感じたのか、珍しく不安げに「ホゥ」と鳴くと、フロリアの肩にとまりそのまま同行することを求めた。
「判ったよ。一緒に行こうか」
珍しく明確な意思表示をしたモンブランを尊重し、そのまま一緒に行動することにした。
それで、大鷲の首の付け根に飛び乗ると、いざ船着き場に向けて飛び立とうとしたところで、「おーい、ちょっと待て」とラウーロ。
「最初は私も同行する」
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