第462話 立て直し
亜空間に転がり込んだフロリアはすぐに出入り口を閉めて、完全に外界と隔絶した。
撃たれたところが痛くて起き上がれない。
この亜空間にいれば、相手が犬だろうが、現代科学の粋を凝らした探知装置であろうが見つかることはあるまい。
だけど、痛くて気絶しそう。
とりあえず深呼吸しようとするが、痛くてできない。浅い息をしながら自分に向けて治癒魔法を使おうとしてみる。
でも、今のフロリアには魔法を使えるだけの集中力が保てない。
「御主人様」
頭の中で声がする。
「あ、セバスチャン! そうだ、この中だとセバスチャンと話出来るんだ」
「数分程度、御主人様の行方を見失いました。呼吸が乱れているようでございますが?」
「銃で撃たれたの。怪我をしちゃった」
「すぐに参ります」
亜空間の奥の転移魔法陣を設置してある小屋から銀色のロボットが2体、姿を現した。
まっすぐにフロリアの元に歩いてくる。慌てる様子はないが、無駄のない動きですぐにフロリアの元に。
1体はセバスチャンであった。もう1体は補佐役なのだろう。
セバスチャンは即座に治癒魔法を付与した魔道具を起動し、まずは麻酔効果を発揮させている。
「銃弾が残っておりますので、治癒の前に摘出する必要がございます」
「……うん。お願い」
もう1体のロボットがフロリアの服を切る。
このロボットは治療用にカスタマイズされた個体で、フロリア達がベルクヴェルク基地を利用するようになってから、セバスチャンが人間の治療の必要が生じたときのために作っていたもの。本日は大活躍をしているのだった。
服を切られたことは感じられたものの身動きできないフロリアは、続けて身体に焼け付くような痛みを感じた。
思わず声が漏れる。
と思ったら、「これで弾丸の摘出が終わりました」というセバスチャンの声。
「さいわい、身体に残っていた銃弾は一発のみで浅いところで止まっていました」
太ももに当たった銃弾が身体に残っていたのだが、弾丸全部が埋まらずに外から見える程度であった。脇腹を傷つけた銃弾は、身体に残らずにそれていったらしい。
治癒魔法の魔道具が起動したかと思うと数分でみるみる痛みが消えていく。
これまで、フロリアは基本的に治癒魔法を掛ける側で、掛けられることがなかった。
実際に自分が掛けられるとこんなに痛いのだな、と呑気に感心しきりだった。
次からは、もっとけが人に優しくしてあげよう。
「フロリア。怪我はどうだ?」
いつの間にか、トパーズが亜空間にやってきていた。
セバスチャンとの直接の連絡手段を持たない(持とうとしない)トパーズであったが、フロリアが少佐の転移魔法に巻き込まれ、モルガーナとソーニャの気配が消えたことに流石に焦りを覚えた。
すぐに2人の少女が消えた場所に戻ってみると、血の跡が生々しい転移魔法陣があった。
「うぬ。とりあえず、私もそれでベルクヴェルク基地に送れ」
ねずみにそう指示して魔法陣に乗ったトパーズはそのままベルクヴェルク基地に転移する。
モルガーナとソーニャは既にロボットたちによって治療を開始されていた。
転移室には既にアドリアとルイーザの姿はなかった。アドリアは危地を脱して、臨時の治療を行った転移室の隣に移動していた。そこは初めてフロリアがベルクヴェルク基地を訪れた時に通された応接室であったが、現在の体制になってからセバスチャンの具申を受けたフロリアの命令で万が一のための病室に改装されていて、それが今回、役に立ったのだ。
ルイーザはアドリアに付いていったが、若手が怪我をして運び込まれたという知らせを聞いて、転移室にとんぼ返りしてきた。そこでトパーズと落ちあい情報交換したのだが、モルガーナとソーニャの怪我もひどく予断を許さない状況であった。
それでも、セバスチャンの日頃の備えの成果もあり、2人とも生命を長らえることができた。
トパーズはフロリアの行方が心配で、すぐにセバスチャンに問いただしたかったが、サポートのロボットたちを使って治療しているため、邪魔をすることができなかった。
セバスチャンならば、並行して複数の処理をするだけの能力は持っているので、聞けば答えたであろうが……。
そして、若手2人も転移室から病室に運ばれる事になり、トパーズとルイーザが付き添う。
アドリアと同じ部屋でベッドを並べて寝かされたところで、ルイーザのスマホ型魔道具が鳴る。セバスチャンからであり、フロリアも怪我をしたので、これより、彼女の亜空間に行って治療をするとのこと。
それを聞いて、トパーズがそちらを見に行き、ルイーザは3人に付き添いをすることになった。
「今日はおかしな日です。こんなに皆が大きな負傷をするなんて、マジックレディス始まって以来のことです。トパーズも十分に気をつけて」
「誰に物を言っている? 心配はいらぬ」
トパーズはそう返すと、すぐに転移室に戻っていったのだった。
***
怪我をしたマジックレディスの面々の中では、フロリアが一番軽症で、治癒魔法の効果ですぐに全快した。
落ち着いたところで、アドリアだけではなくモルガーナとソーニャの重傷を聞いたフロリアは、セバスチャン達と一緒にベルクヴェルク基地に戻る。
すぐに病室にいくと、アドリアは眠っていた。
モルガーナとソーニャはちょうど、一旦意識を取り戻したところだったが、まだ半ば朦朧としていた。
「フィオちゃん……。ごめん、ミスっちゃったよ」
珍しく弱気な口調のモルガーナ。
「それで、少佐が出現したそうですね。どうなりましたか?」
とルイーザ。
フロリアは、転移に巻き込まれ、少佐に銃撃を加えたと報告した。
「そうですか。それじゃあ、頭部にP90の魔力弾を撃ち込んだんですね」
「はい」
「だが、確実に死んだとは限らんな。あれはとんでもなくしぶといぞ」
モルガーナを覗き込んでいたトパーズがヒョイと顔を上げて、フロリアに言った。
「私がちょっと行ってきて、死亡を確認してきてやろう。
「うん、トパーズ。私が行くよ。少佐に因縁があるのは私なんだから」
「そうか。ならばついて行ってやろう」
「お願い」
一番の軽症であったフロリアは既に通常の動作も、戦闘行動も問題ない状態になっている。魔力回復用、体力回復用のポーションも飲んでいる(魔力ももともと枯渇するほど使ってはいない)。
「それじゃあ、ルイーザ。みんなをお願いします」
そう言ってフロリアは立ち上がる。
「……気を……つけて」
ソーニャが切れ切れに言った言葉に頷くと、フロリアとトパーズは病室を出て、転移室に戻ったのだった。
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