第46話 オーガ
下町グループの犬は、戦闘用として交配してできた品種で、体はそこまで大きくないが、太くてガッチリとした脚に、一度噛みついたら、死ぬ迄離さないと言われるほどの牙を持った犬種である。前世の犬種に詳しい人間が見たら、ピットブルという名を思い出したことであろう。
その先祖の血が目覚めたのか、主人を守るためか、オーガがいよいよ接近してくると、急に震えが止まり、その手首に向かって突進した。
だが噛みついた、と思った瞬間、犬の体は軽く一振りしたオーガの腕によって、跳ね飛ばされて、10メートルほども離れた木の幹に叩きつけられる。爪があたったらしく、腹が裂けていて、この一撃であっさり絶命した。
次は子どもたちである。
オーガは改めて子どもたちに向き直り、その腕を振り上げた。
しかし、オーガの腕は子どもたちに届くことは無かった。
ヘタリ込んだ子どもたちの後ろから、まるで黒い稲妻のようにトパーズが駆け抜けて、オーガの巨体の脇をすり抜ける。
その瞬間、トパーズの前足の一振りがオーガの首筋を切り裂く。風魔法を孕んだトパーズの前足は、オーガの腕よりも更に凶悪な存在なのである。
さすがに一太刀で首が落ちることはなく、オーガはよろよろと前に進む。
リーダーは恐怖で引きつった顔のまま動けないでいると、その脇を今度はフロリアの操剣魔法によって、投げナイフが数本すり抜けて、オーガの顔に突き刺さる。
次の瞬間、ナイフは小さく破裂して、今度こそオーガを即死させるのであった。
「……あ、……あ、」
リーダーは何か言おうとしているが何も言えずに突っ立っている。
「危ないですよ。槍をおろした方が良いです」
高速飛翔から減速して着地したフロリアが落ち着いた声をかける。リーダーは自分で自分を刺してしまいそうだった。
「あ、あんたが助けてくれたのか」
「危なかったですね。怪我をした人はいますか?」
地面に座り込む子どもたちを見ると、みんな一様に怯えてはいるが、怪我はなさそうであった。
「トパーズ、ご苦労さま」
「ふん、ちょっと運動不足だな。一撃で片付け損なうとは」
「ね、ねこが喋った!」
「誰が猫だ? 食われたいのか!?」
トパーズが凄むと、子どもたちはひぃ~という声を上げて、また腰を抜かす。
「脅かしちゃ駄目だよ、トパーズ。
あなた達ももう大丈夫だから、町に戻って応援を呼んできて下さい」
「応援? もう、このデカいのを倒したじゃないか」
「まだ、残り4頭がその辺をうろついてるの」
子どもたちは顔を見合わせ、「嘘だろ」「怖い」「逃げようぜ」などと言い合う。
「そう、早く逃げて。それでギルドに行って、だれか大人に知らせて欲しいの」
「あ、ああ。デカい魔物が出たって言えば良いのか?」
「オーガよ。オーガが出たって報告して」
「オーガ!!」「これがオーガか」「初めて見た!」
フロリアは首から上が悲惨な状況になっているオーガのそばにかがむと、どうにか残っている耳を切り取る。
オーガの討伐証明部位である。
素材目的の討伐以外にも、時にオーガが人里近くに出て、討伐依頼が出ることがある。それを受けた冒険者が依頼を達成すると、耳を切り取り、討伐証明部位として持ち帰るのだ。
「これを見せれば、ギルドの人ならすぐに判るから、持っていって」
フロリアは血に濡れた耳を布で包んで、リーダーにわたす。
「早くして! 私、他の人たちを助けにいかなきゃ」
「ま、待て。俺も行く」
リーダーがかすれた声で叫ぶ。
「女に任せっきりで逃げられるかよ。おい、お前たちだけ町にもどれ!!」
リーダーはフロリアから受け取った包みを子どもたちに渡すが、「怖いよ」「俺たちだけでまたこれが出たら、死んじまう」「リーダーも来てよ」など口々に訴える。
「駄目だ。俺は逃げるわけにはいかねえんだよ」
フロリアとしては、高速移動が出来なくなるので、正直邪魔だなあ、としか思わないが、このやり取りを聞いていて、初対面の時に彼に抱いた嫌な印象はかなり改善された。
「仕方ないなあ。トパーズ、白虎を貸して」
「ふん。無駄な使い方だ」
トパーズは文句を言いながらでも、眷属の白虎を一頭、出す。
「この子なら、またオーガが出ても大丈夫よ。門のところまで一緒に行ってくれるわ」
ところが、今度はこの白い大猫が怖い、一緒に居るのは怖い、と言い出す。
ここから町までなら、魔物らしい魔物が居ないだろうとは思っていたのだが(少なくとも、探知で判る範囲には居ない)、もしかしてオーガに森から押し出されて、街道で彷徨く魔物がいるかも知れない。
なので、白虎の護衛は外せないのだが、これでは埒が明かない。
「あ、そうだ。――ニャン丸。出てきて」
フロリアは自分の従魔になったニャン丸を呼び出すと、「ニャン丸、白虎と一緒にこの子たちを町の大門まで送って。大門の側まで送ったら、戻ってきてね。
さあ、あなた達、この猫は人間の言葉が判るし、白虎を抑えてくれるから大丈夫よ。この子と一緒に早く行って」
「にゃあ~~」
ニャン丸は白虎の背に飛び乗ると、子どもたちを促すように鳴く。
リタはもう仕方ないけど、その他の人間の前では人の言葉を話すな、と命じてあるので、それを守ったのだ。
子どもたちはようやく、立ち上がるとあるき出す。
これで、この子たちは大丈夫だろう。
「おい。オーガはまだ居るんだろ」
リーダーはフロリアを探るように言う。
「うん。あっちの方角に4頭。また動き出してる。近くに他の冒険者は居ないけど、今日は森の中にかなりの人数が入ってるみたいだから、放っとけない。早く行こう」
「お、おう」
リーダーは無惨な死骸を晒す犬を見る。
「あ、そうだ。このままだとアンデッドになるかも」
フロリアはオーガと犬の死骸を収納にしまう。
急に死骸が消えて目を白黒させているリーダーに「犬は後で返すね」とフロリア。
「さ、行きましょ」
「分かった。こっちでいいんだな」
リーダーは手が白くなるほど、槍を握りしめて、フロリアの前に立とうとする。
意外とかっこよい。フロリアが何の気無しに呟くと、それが聞こえたらしく、こんな非常事態なのに、あっという間にリーダーは耳まで赤く染まった。
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