第45話 チカモリで
新章の始まりです。
フロリアがビルネンベルクに来てから半年までもう少しという時期の7月23日。
ハンスの交易隊とともにしばらく分岐の町まで行って帰ってきてから3日目のことである。
彼らの帰還は盗賊を15名引き連れてという中々に目立つものになったのだが、留守の間に町の顔役達が"措置"をしていてくれたお陰で、町を歩いてヒソヒソ話の対象にはなっても、絡まれることは無くなった。
ただ、正統アリステア教の神父を除いては……。
「もはやあればっかりはどうしようもねえなあ」
ガリオンもお手上げの表情であった。
さらにガリオンの手配で、町の代官のファルケと面会もすることとなった。本来であれば流れ者の見習い冒険者など、準貴族では無いものの貴族家の看板を背負った代官とまともに会えるものではなかった。しかし、彼らは元相棒なのでお茶に呼ばれるのに同行するという形で、余人を介さずにガリオン、ファルケと3人で会うことになった。いや、ファルケが「トパーズにも挨拶したい」と言い出し、3人と1匹であった。
そのためアシュレイの思い出話がメインでフロリアは割りと聞いてるだけになった。そして、アシュレイの思い出話から、かつてのアシュレイの仲間たちの話もあった。
「王様ですか?」とフロリア。
「ああ、信じられないだろうがな。王子様でありながら、王家を出て冒険者やってた変わり者がいたんだ。アドと呼ばれていて、アシュレイさんのパーティリーダーだった。
この町を出ていった後で、跡継ぎの皇太子が事故死したもので、呼び戻されていって、今じゃあ王様だ。
私と年齢が同じぐらいだったが、あちらはあの頃、既に優れた冒険者だったな」
とファルケ。
「アシュレイさんがメンバーだったのがデカかったんだ。一流の魔法使いが居れば、それだけで戦力大幅アップだからな。
ま、アシュレイさんも、アドさんがまさか王子だって知らなかったみたいだがな。
あの人にゃあ、命を救われたのに、結局何も返せないまんまだった」
とガリオン。
何でも、若いガリオンがヘマをして大怪我をした際に、アシュレイの治癒魔法で、救われたのだという。
そして、ようやくフロリアの盗賊退治の話になり、トパーズが「私は手を出さなかった」と発言し、フロリアと精霊だけで盗賊すべてを捕縛したと分かって、改めてファルケは驚きの声を上げた。
「報告は受けていたが、こうして詳しく聞くとやはりとんでもないな。さすがはアシュレイさんのお弟子だ」
1時間程度でお茶会は終わったが、ファルケからも「出来るだけのことはするので、何か困ったことがあれば、ガリオンなり、衛士隊のアロイス隊長なりに言え。すぐに、私に繋がるので遠慮せずに相談しろ」と言われる。
そうした"社交"は終わって、やっと森に出られた。
やはり森に入ると気分が落ち着くフロリアであった。
良い天気なので、他の見習い冒険者も結構、森に入っているようで、探知魔法で探るとあちこちで引っかかる。
こうして緩やかに網を広げるだけだと、1キロ近くも探知出来るのだが、生き物限定ではなく薬草の探知に集中したり、特定の感情を持っている者を察知するのに集中すると、他の探知の性能が極端に落ちる。
その所為で、先日は盗賊を1人取り逃がしてしまった。盗賊たちが魔法で捕らわれている間でも何らかの反撃を試みてくる可能性を重視して、そちらの方に重点的にリソースを割いたせいで、周囲の探知がおざなりになってしまった結果である。
ビルネンベルクで暮らすようになってから、人混みの中での探知等、フロリアの探知魔法はかなりの進歩を見せているのだが、まだまだかつてのアシュレイにも、トパーズにも遠く及ばない。
それならそれで、盗賊捕縛のときには、精霊をもっと呼び出すか、ニャン丸に周囲の警戒をさせるべきであったのだろう。
というような反省はほどほど。のんびりと、気持ちの良い森の中をぶらぶら歩いていると、フロリアは心が緩やかに解けていくのを感じる。
やっぱり、森って好きだなあ……。
亜空間をしっかり使いこなせば、特に自宅を構える事無く、森の中で快適に暮らすことも可能だろう。
自力で調達出来ないモノは、月に一回程度、町に薬草でも売りに行って、そのお金で買えば良いのだ。
ビルネンベルクも居心地が良いけど、いろんな土地に行って、いろんな薬草を探して……。
一箇所に定住せずに、いろんな町で旅の途中で立ち寄った体で、ギルドに素材や採取物だけを販売して、すぐに町を出て……。そんな生活を送れば、一番快適かも。だけど、それだと親しい知人とか友達とか出来ないだろうなぁ。
「フロリア!!」
「うん、私も気がついた!! オーガだ、これ!」
1キロ以内に魔物の反応。
それもオーガが、ええと5体もいる。
「あ、まずい。近くに子供の集団がいる」
この感じは、たぶん下町グループである。あまり森の奥まで行っていなかったのか、これから向かう途中だったのか、どちらにしても、もうすぐオーガと接触する。
いや、オーガのうちの1頭が子どもたちに気がついたようで、そちらに向かっている。
「トパーズ、お願い」
「ふん、人間の子供なんぞ助ける義理は無いが、久々に暴れるか」
フロリアの影からスルリと抜け出た黒豹は、一瞬で木々の間を抜けて走り去る。
フロリアも風の精霊シルフィードを呼び出すと、「いつもみたいにお願い。トパーズを追っかけて」と頼んで、防御魔法で足場を作ってそれに乗る。
足場がフロリアの風魔法で地面から浮き上がり、それをシルフィードが「ビューン、ビューン」と言いながら、フロリアを引っ張る。森の中で、結構太い木が生えていたり、地面には灌木があったりするが、その合間を縫って、飛び越え、フロリアは猛スピードでトパーズを追う。
1キロ程度の距離なら30秒もかからない。
子どもたちもオーガの接近に気がついている。
犬が火がついたように吠えまくっていたかと思ったら、オーガの姿を見た途端に、ガクガク震えだし、地面に伏せてしまう。逃げ出すことすら出来ない。
子どもたちも同様で、普段はまだ未成年の癖に突っ張っているのだが、今は地金が見えている。
辛うじて来年の年明けには成人を迎えるリーダーだけは、手製の槍を構えているが、ひどいへっぴり腰でオーガが相手では数秒も保たないであろう。
魔物は数え切れないほどの種類がいるのだが、その中でいわゆる人型の魔物としては、身長10メートルを超えるトロールは半ば伝説的な存在なので別格として、オーガ、オーク、ゴブリンの順番で人類の脅威になっている。
ゴブリンは10歳前後の子どもたちと同程度の体格と体力なのだが、群れで人を襲い拐う。
討伐が出来るようになった駆け出し冒険者にとっては格好の経験値稼ぎの対象でもあるが、10歳前後の子供と同程度のずる賢さと残忍さがあるので、数百匹レベルの群れになると小さな村程度なら壊滅させることもある。決して油断が出来る相手ではない。
オークは二足歩行の豚の魔物とも言うべき生き物。四つ足のイノシシの魔物がいるのだが、それとは別に人型でありながら豚の血も混じったオークという魔物がいるのだ。肉は庶民のささやかなご馳走で、一頭狩ってまるごと持ち帰れれば、冒険者にとっては結構な収入であるが、大抵は森の奥にいて、せっかく討伐しても少しの部位しか持ち帰れない(だからまるごと持ち帰れる収納スキル持ちや、収納袋が垂涎の的になるのだ)。
そしてオーガである。事実上の人型魔物最強の生物であると言え、身長は成体だと5メートルほど。肉は食べられないが、魔石は大きく、皮は鞣すといろいろな用途に使え、内蔵は生薬として重宝される。
その戦闘力は人間を遥かに越える。前世のヒグマかグリズリーを一回り大きく頑丈にした体躯に、凶暴な性格と拾った剣や棒切れを握って振り回せる手指を追加した生き物と思えばだいたい間違いが無い。
それを銃のない世界の冒険者は弓と槍、剣だけで討伐するのだ。もちろん1対1では勝ち目はない。複数で囲んで、時間を掛けて少しずつ削っていく、というのが定番の戦法である。
幸いオーガは、森の中の食物連鎖のピラミッドの頂点に君臨しているので、あまり知恵を使って戦う必要がなく、本能のまま棒切れを振り回すだけ。戦い方を心得たベテラン冒険者ならば何とかなるのであった。




