第441話 次なる相手
ロレーン・アルザル地方からの帰りは転移魔法によって浮いた日にちでそこそこ休んだ筈だったのだが、日本で家族を巻き込みかけた銃撃戦に、キーフルでの誘拐騒ぎとけっこう大きな事件が続けて起こったため、やっぱり疲れが出てしまったのだった。
その夜から、フロリアは微熱が出たので、翌日は寝て過ごすことになってしまった。
本来なら快適で温度管理も完璧な亜空間かベルクヴェルク基地で寝ていたいところだったが、使用人頭のパメラおばさんがひどく心配して、気を使ってくれるので、逆にパーティホームの自室から消えてしまうことが出来なくなったのだった。
自分自身を鑑定した結果と、セバスチャンの見立てでは感染症などではなく、単純に疲れから発熱しただけで、ベルクヴェルク基地謹製の栄養剤を飲んで、いちにちゆっくりと寝ていれば疲れは取れるだろうと判っていたので、あまり心配はいらない。
マジックレディスのメンバーだって、ロレーン・アルザル地方の対スタンピード戦闘にキーフルの戦いを経ている。その合間にはアリバイ作りとも言える近隣の魔物の生息地へのミニ遠征などもしているのだが、別に疲れた様子も見せない。
フロリアとて、森で育ち、11歳からは長旅もしてきて、普通の少女よりも体力のある方なのだが、マジックレディスにはまだまだ及ばないのだと思い知らされるのだった。
トパーズは特にフロリアを心配するような態度は見せなかったが、影から出ていて、ずっとフロリアの自室の床に丸くなって寝ている。
「御主人様」
遠慮がちにセバスチャンが頭の中に呼びかけて来る。
「隠形」のことでなにか判ったらすぐに教えてくれ、と命じてあるので、その件についてであろう。
「セバスチャン。もう大丈夫だよ。パメラさんがうるさいから寝ているぐらいで、退屈してたところだから」
「「隠形」がキーフルに置いていた拠点をすべて特定いたしました。キーフルの衛士隊が急襲して排除した拠点の他に現在、6つの拠点が活動しております。ただし、指揮機能を持っていた拠点は既に排除されておりますので、6つともいずれもブランチになりますが」
「そう。それでも、残しとく必要は無いから全部潰しちゃいましょ。私がやるから、お膳立てをお願いね」
ベルクヴェルク基地として、機動歩兵を持っているし、その他にも必要に応じて戦闘用のロボットを作成できることは判っているが、ひと目がある町中ではあまりそうしたロボットを動かしたくは無かったのだ。
実際には、セバスチャンならばうまくやってくれることは疑ってはいなかったが。
「かしこまりました。
それから、グレートターリ帝国の本拠地も精査して。枝葉を片付けたら、そっちもやっつけちゃわなきゃ」
それから、アリステア神聖帝国をどうするかも考えなくちゃならない、とフロリアは思っていた。
"でも、そっちはお師匠様の生まれ故郷だし、「隠形」の方を潰しちゃったらあまり悪さは出来なさそうなんだよね"
アリステア神聖帝国の方は、状況を見ながら判断することにして、とりあえず「隠形」の拠点潰しに取り掛かることにした。
夕方には熱も冷めて、皆と一緒に夕食を取ることになった。その夕食後に、パーティメンバーにキーフルに置かれた「隠形」の拠点潰しの話をすると、モルガーナは大いに乗り気だったが、ルイーザが「あまり他の国のことに口出し、手出しをするのは感心できない」と反対した。
「この先のヴィーゴさん達の安全のこともあるし、放って置くことは出来ないだろうけど、情報をマルセロさん経由でキーフルのギルドあたりを使って衛士隊や騎士団に流して、あっちで対処させた方が良いと思います」
「ルイーザ。それだと私達が個人的に、国際的な諜報網を持っていて、シュタイン大公国の自国首都の防諜機関でも把握出来てないような情報を簡単に入手できる能力がある、とこちらのギルドのマルセロに教えることになります」
「うーん」
フロリアの反論にアドリアが「そりゃあ、多分いまさらだよ。だけどまあ、昨日ラウーロにあまりギルドの運営側と親しくなりすぎるなって言われたのが気になるのかい? だったら、こちらだけでやっちまうってのも良いかもね」と答えた。
「そうだよ、姐さん。それが良いよ!!」
モルガーナはすっかりやる気というか殺る気満々である。
結局、キーフルの警察当局のメンツを潰さないように隠密裡に実施すること、という条件をつけて、ルイーザもフロリアの意見に賛同した。
「あ、それとフロリア単独で行うのも駄目ですよ。いくらトパーズやベルクヴェルク基地のセバスチャンの手助けがあるとは言え、やるときは私達はチームですよ」
こうして、まずはキーフルに点在する「隠形」の拠点から攻撃することになり、実施は明日の夜から行うことになった。
「昼間のうちにこの町でアリバイ作りをしましょうか。複数の人の目に触れるように行動しましょう」
具体的にはヴィーゴ商会のフライハイトブルク支店の支配人であるフリッツから、明日の午餐の招待が来ているので皆で行こう、ということであった。
「フロリアに確認して無くて悪かったけどさ、寝ていたもんだからね。ヴィーゴ商会の方でも主人の危難を救ってもらって、そのまんまっていうのは評判に関わるみたいだね」
その午餐――お昼のお食事会はずいぶんと盛大に行うみたいであった。
この町にもヴィーゴ氏の遭難と商会本店の倒壊はホットなニュースとして伝わってきていて、フリッツ支配人としては一刻も早く商会が健全な状態にあることをアピールしたいという意図があるのだ、とルイーザが解説してくれた。
「商会が危ない、なんて噂が立つと商売に差し支えるからね。ただ、あの商会の取引先とかお得意先となると……」
フロリアを狙う、魔道具の町ジューコーの関係者や錬金術ギルドに属する者が少なからずその午餐には出てくると思われるのだった。
「それはせいぜい、私らでフロリアをカバーすれば良いさ」
とアドリアが言うのだった。
***
翌朝。
午前10時きっかりにマジックレディスのパーティホームの玄関前にヴィーゴ商会の紋章を掲げた市内用の瀟洒な馬車が2台横付けにされた。
フロリアを含めて5人のパーティメンバーはそれぞれ、おしゃれをしてその馬車に2対3に分乗して、会場を目指す。
お迎えに来た商会の若手の番頭が思わず頬を赤らめるほど、彼女たちは艶やかで美しく着飾っていたのだった。夜会ではないので、ドレスではないがいずれも現代日本で買い込んだ華やかな服装(だいたい、友人の結婚披露宴に参加する若い未婚の女性の気合の入った装いといったところ)で、この世界の住人の目には眩しいものだった。
馬車は、ヴィーゴ商会が借り受けた庭園で行われた。隅々まで手入れの行き届いた、とても城壁に囲まれた市内にあるとは思えないような立派な庭園で、立食パーティ形式で用意されていたのだった。
会場に到着すると、支配人のフリッツが飛んできて挨拶をする。
キーフルでヴィーゴ氏を救出したのはマジックレディスだということは、特に喧伝した訳でもないが、隠しもしていないので、情報通ならば周知の事実で、いわばこのパーティの主賓扱いであった。
フリッツはよく心得ていて、マジックレディス(特にフロリア)のもとに、錬金術師ギルドの関係者やジューコー市の議員などが集まろうとするのをガードしていた。
フリッツとしては、主要な取引先である彼らを、自らが健在であることをアピールする場に呼ばないわけにはいかないのだが、彼らを呼べば恩義のあるマジックレディスに迷惑が掛かるという悩ましい状況だった。
そこで、フリッツが考えたのが、フライハイトブルクの顔役、それも商業ギルドのアルバーノ会頭と本部ギルドマスターのピエトロを呼んで、マジックレディスの護衛役を頼むというものであった。
本来であれば、自由都市連合政界の大物に、いくらフライハイトブルクの顔とはいえ、単なる冒険者パーティの相手役を頼むなどありえない話であった。
しかし、他国の大手商会に恩義を売れる上に、マジックレディス、特にフロリアとつながりを強められるというチャンスを、商業ギルド側でも見逃す筈がなかった。
商業ギルドとしても、これまでのフロリアの行動を分かる範囲で調査しており、フロリアがただの優秀な魔法使いであるだけではなく、転生人ではないかと推測していた。
現在、マジックレディスは冒険者ギルドのマルセロの子飼いに近い状態であり、フロリアも同じ状況にある。その関係に楔を打ち込めるチャンスを逃す積りはなかったのだ。
冒険者ギルドと商業ギルドとは同じ政治的立場にあり、いわば盟友であるのだが、だからといってフロリアほどの美味しいネタを看過する積りもなかった。
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