第437話 後始末
部屋の中に入り、ヴィーゴさんに近づく。薄暗いので、光魔法で光の玉をいくつか浮かべる。
ヴィーゴさんを鑑定魔法の上位魔法である解析魔法に掛けてみると、薬物の影響で眠らされているが、精神に異常はなさそうである。
怪我をしているが、密偵機関の誰かが治癒魔法をかけたようで、ほぼ治っている。だが念の為にその上からフロリアが掛け直す。
鼻腔を焦げ臭い匂いがくすぐる。
階下で火事になっているのだろうか。
「フィオちゃーーん!!」
階下からモルガーナが呼ぶ声。
「こちらでーす。二階にいます!」
呼び返すと程なく階段をドタバタ登る足音がしたかと思うとモルガーナが顔を出す。
「派手にやったね、フィオちゃん」
おそらくは二階の踊り場に倒れる密偵達を見たモルガーナがニヤリと笑う。
彼女は、現代日本で育んだ感性など持ち合わせていないので、必要とあらば殺人などなんとも思っていない。
殺さなければ、殺される、あるいは自分の大事な人が害されるとなれば躊躇なく殺すのだ。
「いま、下の火事を姐さんが消してるけど、逃げたほうが良さそうだね。ヴィーゴさんを運び出さなきゃ」
モルガーナの言葉に「私がやろう」とアドに変化したトパーズが部屋に入ってきながら言った。
トパーズは「階段は狭いな」と言って、剣を抜くと部屋の壁に斬りつける。刀身部分は壁に触れないが風魔法で木の壁を斬り裂く。穴が空くと、後はバリバリとその穴を広げていく。ところどころ詰め物にしてある漆喰がボロボロと崩れていく。
穴が適当な大きさになると、トパーズは軽々とヴィーゴさんを担いで、壁から外へと飛び降りる。
フロリアとモルガーナも後に続く。ニャン丸は「まだ働けますにゃ」と言っていたが、「また今度ね」と送還してある。
地面に降り立つと、野次馬があたりを囲んでいる。
結構、炎は大きく燃えたらしく1階はかなり焼け焦げていたが、アドリアの水魔法でほぼ鎮火している。ぶすぶすと煙がそこかしこから上がっているが、また火の粉が散って大きな炎になることはないだろう(野次馬も結構いるし、延焼しそうなら対処するだろう)。
1階は元は商店かなにかであったようで、入口から入ってすぐに広間になっていたが、そこに7~8名の男女が倒れている。
いずれも魔法使いなのだろう。
「フロリア。ヴィーゴさんは大丈夫みたいだね。引き上げるよ」
アドリアはそう言うと、フロリアの返事も待たずに歩き出す。
モルガーナは楽しそうにスキップを踏みながらその後を追い、重たい成人男子のヴィーゴさんを担いでいることを感じさせないかのように若きアドに変化したトパーズがずんずん歩いて続く。
フロリアもその後を追っていく。
でも、マジックレディスが路地の角を曲がる前に衛士隊がおっとり刀で駆けつけてきて、アドリアに一体何が起きたのか、高圧的に尋ねてきた。
アドリアはその衛士達にまけじとさらに高圧的に「Sランク冒険者のアドリアだ。知り合いが無頼の輩に拉致されているところに居合わせたので奪還したまで。今は知り合いの状態が心配なので失礼する。文句があるなら、冒険者ギルドを通して問い合わせてきなさい」とまくし立てて、さっさと立ち去る。
こうした時に下手に丁寧に応対すると、却って良くない。Sランク冒険者という現代の英雄にも匹敵するステータスを振り回して、煙に巻いてしまうのが上策なのである。
アドリアのやたら派手な服装も、半ば本人の趣味もあるだろうが、周囲を威嚇するという意味合いも大きい。
この時もアドリアのハッタリが効いて、さっさと事件現場(というより戦闘現場)を後にしたのだった。
衛士達がアドリアに呑まれてしばらく対応が遅れた隙に、まわりの野次馬たちはすぐに焼け跡に入って、なにか金目のものがないか物色しだす。
「バカモノ共!! 現場に入るな、でていけ!!」
衛士隊の隊長は慌てて、部下に命じて現場の保全を始めるが、あっという間に荒らされてしまって、元の状況がわかりにくくなってしまった。
「クソ、応援はまだか!?」
野次馬どもを押し出しながら、隊長は不機嫌に怒鳴るのだった。
***
ヴィーゴ商会の本店(の残骸)に戻ると、こちらの方は既に大勢の衛士が出張っているが、主な任務は野次馬の警備で即席に渡した縄(規制線)を勝手に潜ろうとする野次馬を制することだった。
現場を調べているのは、大公直属の首都防衛が任務の騎士団(他国で言えば、国王直属の近衛騎士団に当たる)の制服であった。
ヴィーゴさんが実は軍の諜報機関のいち員であることを知っているフロリアにとっては別に意外なことでは無かったのだが、それを教えられていないマジックレディスのメンバーも特に驚いた様子はない。
ヴィーゴ商会はキーフルでも屈指の魔道具商会であり、軍や王宮、貴族達とのつながりも強い存在なので、それで騎士団が出張ってきたのだろうと思ったのだった。
商会の方に詰めていたルイーザとソーニャがアドリア達に近寄ってくると、「オラシオさんは無傷です。すぐにこちらに来ます」とルイーザが報告した。
ヴィーゴを無事に奪還したことは帰路にスマホ型魔道具で連絡済みである。
程なく規制線の中から階級が上っぽい騎士(お仕着せの制服が他の騎士よりも華美)とオラシオがやってくる。
オラシオは深々と頭を下げて、「私共の亭主をお連れくださり誠にありがとうございます」と言った。
「うん。古い付き合いだからね。オラシオさんに預けるから、後は頼みますよ。怪我はもう治してあるし、今は気絶しているだけだから」
アドリアの言葉にアドは担いでいたヴィーゴを下ろす。
「ありがとうございます。――おーい、二、三人来てくれ」
オラシオが後ろに声を掛けると手代らしい若者が数人、走ってくる。
「それじゃ。私らはこれで」
オラシオは「こんなところで立ち話はなんですが」と言う。今の状態では碌に接待も出来ないのに、マジックレディスを引き止めることも出来ない。
「誠にお恥ずかしい限りですが、今は立て込んでおりまして……。落ち着きましたら、また改めて、主人ともどもご挨拶に」
とオラシオが話しているのを遮ると、
「で、お前らは何者だ!?」
丁寧なやり取りにしびれを切らした騎士が割り込んで厳し目の口調で割り込む。
「マジックレディス。Sランクの冒険者グループですよ」
にっこりとアドリアが笑いながら答える。
アドリアの笑顔はけっこうドスが効いているのだった。
「マ……マジックレディス!!」
騎士も彼女たちの名前ぐらいは聞いたことがあるらしかった。
「そのマジックレディスがなぜ、この街に?」
「たまたまですよ。今日はたまたま、古馴染みのヴィーゴさんが遭難されたと聞きつけたもので、一肌脱いだだけですよ」
そう言い残すとさっさと踵を返す。
「ま、待て。詳しい事情をきかせろ」
至極まともな騎士の言い分をアドリアは取り合わず、「あいにくちょっと立て込んでるものでね。後で冒険者ギルドにでも聞いて下さいな」と言い捨てる。
騎士はまるでなにかの魔法にでも掛かったかのように、アドリアに呑まれて、そのままマジックレディスを放してしまったのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。




