第436話 奪還
トパーズとフロリアは即座にその物音がした方向に向けて走り出す。
角を曲がる寸前で、念の為に前方に防御魔法を貼るフロリア。
そのためのコンマ数秒の遅れを嫌って、そのまま飛び込んでいくトパーズ(が変化したアド)。
その通りでは、アドリアとモルガーナがP90を構えて、小さな商店に魔力弾を撃ち込んでいた。
商店の側からも、攻撃魔法の応酬がある。
すなわち、ちょうどこの瞬間にこの場所で魔法使い同士の魔力戦が始まったということだ。
「ヴィーゴさんは? 救出してから攻撃してるの?」
セバスチャンに問うと、その隙無くいきなり交戦が始まったのだという返答。
この路地では常に路上に半分酔っ払ったようなおじさんなどがたむろしている。そうした連中に気づかれずに建物を監視することなど出来なかったのだろう。
ねずみ型ロボットにまかせておけば……という気もするが、こうして交戦し始めてしまったものは仕方ない。
もしかしたら、時間が無いという予感がしたのかも知れない。
「フロリア。グズグズするな。加わるぞ」
「待って!」
フロリアは数秒考えたあと、セバスチャンに「この建物に裏手か何かから潜入する方法は無い?」と尋ねる。
「裏口はありませんが、建物の屋上から中に入れます」
「うん、判った。――トパーズ! 上に行こう!」
「上?」
トパーズはアドの顔に不思議そうな表情を浮かべたが、フロリアが風魔法でジャンプするのに、遅れずについてくる。
「セバスチャン、案内して。あ、それから姐さん達に私は上に行ったって伝えて」
「承知いたしました。その建物を屋上まで上がっていただき、右方向に4つ目のグレーの建物になります」
「うん」
手近な建物の屋根の上に上がると、ぴょんぴょん飛んで、ヴィーゴさんが捕まっている建物へ。
斜めの屋根ではなく、平たい屋上になっていて、脇の方に設置された階段室への出入り口から中に入れそうである。
階段室のドアはもちろん鍵が掛かっているが、P90で撃って破壊し、中に滑り込む。
中は暗いが、ベルクヴェルク基地謹製のネックレスの効果ですぐに目が馴れる。
フロリアは階段を降りていこうとするが、トパーズが押し留めて、自分が先になる。狭い階段ではフロリアが前になるととっさの場合トパーズが盾になれないのを嫌がったのだ。
体の大きなアドの姿に変化したままなので、そのさきが見えにくいが、探知魔法である程度は状況がわかる。どうやら、3階建ての建物であるが、1階に魔法使いが集中していて、2階は数名の気配があるだけ。いずれもどうやら非魔法使いのもので、そのうちひとりはヴィーゴさんの気配である。
ヴィーゴさんの気配はかなり弱っているようで、あまり時間の余裕はなさそうである。
気が急くが、前を歩くトパーズはフロリアの焦燥の気持ちが伝わっているのかいないのか、無造作に階段を降りていくようで、獣の野生の勘を存分に働かせていて、十分な慎重さをもって敵のアジトを進んでいく。
階段の途中の一箇所で立ち止まったかと思ったら、手に持った剣で階段の次の段を突く。その瞬間、トパーズの眼の前を横ざまに槍が飛び出して向かい側の壁に刺さる。
思わず息を呑むフロリアに比べて、トパーズは特に気に掛ける様子もなく、槍の持ちての部分を掌で押し除けて、階段を降りていく。
自分が先頭を歩いていたら、気づかずに罠を踏んでいたところだった、とフロリアは思った。念の為に防御魔法を展開しているし、ネックレスの防御機能もあるが、あまりに至近距離で強力な攻撃を受けると捌ききれない可能性はある。
階段の罠が潜む段に立つと、ちょうどフロリアの目の高さに槍の柄が刺さっているのに、フロリアは「ここは敵地なのだ」と自分に言い聞かせた。
2階の踊り場に立つと、剣を構えた数名の男。非魔法使いがヴィーゴのまわりに残り、魔法が使える戦闘員達は皆、1階でアドリア達との戦いに貼り付けになっているのだ。
室内は決して広く無いというのに、賊共が手にしているのは普通の長さの片手剣であるので振り回すことは出来ない。突きは有効だろうが、これならば、いっそ短槍のほうが良さそうだ。
フロリアは「トパーズ、どいて」と言って、P90を連射する。トパーズはとっさに不定形になり地面に広がるような形になり、その影で敵からは姿がよく見えなかったフロリアがいきなり姿を現したかと思うと魔力弾の連射。
数名の男たちは非魔法使いではあっても、それなりの組織(多分、どこかの国の諜報機関)の構成員である。
戦闘訓練は受けているであろうし、魔法攻撃を防御する魔道具も持っていたのだが、フロリアが使ったのは攻撃魔法ではなく、魔力弾を撃ち出す銃器である。
男たちはいずれも数発の弾丸を受けて、後方に飛ばされるように倒れる。
この世界にはまだ銃器は無い。
ましてや連射の効く、一種の短機関銃など彼らの想像の範囲外にある。
今現在、1階から外に出たところではアドリアとモルガーナが連射しているが、それが初見である。
上階から潜入してきた、新たな襲撃者がいきなり使ってきたら対応できるものではない。
彼らはとっさに物陰に隠れるという行動すら出来ずに魔力弾の餌食になったのであった。
一瞬の間に数名(実際には5名)の男性を射殺したのだが、フロリアの頭の中にはそのことは浮かばなかった。
ほんの一年前の彼女だったら、この場で気分を悪くしてしゃがみこんだりしたところであったが、すっかり"強く"なっていたのだ。
「探知魔法には他の気配は無い。ヴィーゴさんを助けにいきましょう」
ヴィーゴさんの気配は2階の踊り場の奥の部屋の中にある。ドアが閉まっている。
「私は、したの奴らを片付けている。部屋にも罠が仕掛けられているやも知れぬ。気をつけろよ。
あ、久しぶりにニャン丸の奴めを召喚すると良い。先に立たせて、罠があったらあいつが引き受けるようにしてやれ」
トパーズはなかなか酷いことを言うと、今度は2階から1階に降りる階段へ身を移し、下の魔法使いたちと戦うために降りていく。これで、何人残っているかわからぬが、諜報機関の魔法使いはトパーズとアドリア・モルガーナの挟み撃ちになって殲滅されることだろう。
フロリアは言われた通り、ニャン丸を召喚する。
「すごくお久しぶりですにゃあ。呼ばれないとさみしいにゃ」
尻尾を振りながらも、フロリアに苦情を言うニャン丸。
ニャン丸の役目であった、索敵や偵察はねずみ型ロボットが受け持つようになり、あまり出番が無くなってしまったのだ。
「ごめんね、ニャン丸。久しぶりだけど、あの部屋にいくから付き合ってちょうだい」
「にゃにゃにゃ。ニャン丸に任せるにゃ」
ニャン丸はこともなげに倒れた男たちの間を縫って、踊り場の奥の部屋に歩いていく。
フロリアはそのあとを追いながら、床を汚す男たちの鮮血を踏まないように気をつけて歩く。
ドアはニャン丸ではノブに背が届かないと思いきや、「痕跡を残しても良いにゃ?」と後ろを振り返って聞くので、フロリアが頷くと、「にゃっ!!」と鋭い叫びを上げながら、ジャンプして猫パンチを放つ。
そのパンチの軌道にそって放たれた風魔法の刃が一瞬でドアを引き裂く。
後はニャン丸の小さな身体でも、ドアを押せば、ギィと音を立てながら内側に開くのだった。
部屋は奥に小窓が一つあるだけで薄暗い。
ニャン丸は出入り口のところでヒゲをピクつかせながら、あたりを見回して、それからまたフロリアを振り返って「にゃっ。にゃにも変なものは無いですにゃ」と言った。
部屋の奥には縛られて転がされている人影が一つ。
そろそろ、階下の騒ぎも収まってきた。どうやら魔法使い達は全滅したようである。
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