第433話 キーフルの夜
夕食無しで投宿したので、普通の宿泊客であれば、ホテルの食堂で別途注文するか、外に食べに出るかである。
フロリアの場合は、亜空間に引っ込むか、さらにベルクヴェルク基地に帰れば、ご馳走にありつける。
フロリアを見張っている密偵達には待ちぼうけを食らわせて、基地に戻ろうかな、と思っていたらセバスチャンから連絡があった。
「ヴィーゴ氏の使いの者がもうすぐ、フロリア様をご夕食にお誘いするためにホテルに到着いたします」
「そう。それじゃあ、行ってこようかな」
「ヴィーゴ氏の所属する密偵機関の命令によるものですが、よろしいのでしょうか」
「ふうん。それじゃあ私、誘拐でもされるの?」
「いえ。他の密偵機関を牽制して、フロリア様に接触させないのが目的のようです」
「わかった。それじゃあ、お誘いに乗ることにするよ。適当な洋服を見繕って。あ、魔法使い関連はダメだからなね」
セバスチャンの出してくる服はいずれも、ずいぶんとスカートの裾が短く、全部にダメ出しして、もう一度、出し直させる。
そしてちょっと良いところのお嬢さん、ただし貴族のご令嬢風は自分が息苦しいし、身分を詐称していると難癖つけられても面白くないので、金持ちの商家の令嬢、といった雰囲気のドレスにしたのだった。
色気はないけど、おじさんというよりもおじいさんに近い相手に色気をアピールしても仕方ない。
「うん。これなら、変な目で見られずに済むかな」
亜空間を出たタイミングで、部屋のドアがノックされる。
ヴィーゴさんの招待状を届けに来たホテルのボーイだった。
フロリアはその場で封を切って、中身を確認すると、ボーイにチップを渡して「お使いの方に、ご招待ありがとうございます。喜んでまいります、と伝えてください」と返答する。
使いの人は、その返事を受けると、おっつけ迎えの者が参りますので、しばらくお待ち下さい、と伝言を残して戻っていった。
フロリアは、また亜空間に入ると風呂で一汗流してから、いつもと違う髪型にし、選んだドレスを着る。
ホテルの部屋に戻ると、程なく迎えが来たとの連絡があり、ホテルのフロントにでてみると、若手番頭のセリオさんが迎えに立派な馬車で迎えに来ていた。
ヴィーゴ商会の紋章が入った華奢な2頭立ての馬車だった。いつか、マジックレディスのメンバーと一緒に乗ったことがあるが、今回はひとり。
まるで貴族のご令嬢だと思いながら、セリオさんに手を引かれて馬車に乗り込む。
マジックレディスと一緒なら、確かに何度かこういう機会もあったが、自分ひとりだけだとなんだかひどく場違いな気がして落ち着かない。
でも、フライハイトブルクでの注目され具合なんか考えると、今後はこうしたことにもなれなきゃいけないんだろうな、と思う。
いつかも訪れたことのある、商会の別棟の2階にある食堂室に通される。
これまた、マジックレディスと一緒に来たことがある部屋で、正装したヴィーゴさんと筆頭番頭のオラシオが待っていた。
「お招きに預かりまして……」
前世も含めて、こうしたキチンとした挨拶はやっぱり苦手である。ルイーザに「将来のために」と時間がある時に指導されていた通りに挨拶する。
かなり拙い出来だったのだが、ヴィーゴさんもオラシオも笑ったりはせずに、優雅に応答し、フロリアを貴婦人を遇するように恭しく、食卓に案内した。
そのうえで、「ここは身内ばかりですので、堅苦しい礼儀作法は抜きにして、気楽におしゃべりと食事を楽しみましょう」と言ったのだった。
まだ少女の域を脱しつつあるフロリアと、既に老境にあるヴィーゴさんとではなかなか話も弾まないかと思いきや、さすがにヴィーゴさんは話題が豊富で、フロリアを飽きさせない。
オラシオの他に、比較的フロリアに年齢の近い若番頭のセリオもフロリアの話し相手としてお相伴していたのだが、それが不要だったぐらいである。
ヴィーゴの目的は、フロリアがキーフルを去るまでの間、他国や大公国内での跳ねっ返りの貴族などがフロリアに余計なちょっかいをかけないように牽制することで、軍部の意向を受けて動いている、ということはフロリアもセバスチャンからの報告で知っているのだが、そうした裏事情を感じさせない。
もちろん、彼の裏稼業の都合の他に、表の魔法使い相手の商売で上得意でもあるマジックレディスへの手当もあれば、将来の上得意候補のフロリアへの先行投資という意味もある。
ともあれ、軍部の要求がフロリアにとって都合の悪いものにならない限りは、こうしたヴィーゴとの友好関係はまだ当分続きそうだと、フロリアは思った。
師匠のアシュレイの恋が実っていたら、フロリアはこの二人を両親か祖父母のように親しんで育ったのかも知れない。
いや、その場合は、アシュレイはシュタイン大公国に亡命したので、ヴェスタ―ランドで生まれたフロリアと出会うことは無かったのか……。
食事は和食であった。魚料理は川魚だった。以前、ヴィーゴさんに同じような料理をご馳走になった時には海の魚であったが、既にフロリアが海辺の町であるフライハイトブルクで暮らすようになったことを考慮したのだろう。
ベルクヴェルク基地や、現代日本のご馳走すら飽食しているフロリアであったが、その肥えた舌でも、このヴィーゴさんの料理はかなり美味しく感じられた。
どれほどのコストをかけて用意した料理なのだろうか。
フロリアひとりのために急遽、用意されたと考えると、もちろんヴィーゴにとっては組織の命令という側面はあるかもしれないし、表の商売にとってもフロリアと友誼を深めるのは重要なことなのだろうが、それだけでは無いものを感じさせる。
ゆっくりと料理を楽しんだあとは、普通であれば食後酒と会話を楽しむのであるが、フロリアはまだお酒は嗜まない。
ヴィーゴはオラシオ、セリオとともにグラスを傾け、フロリアはケーキと果汁を食べながら、少し会話する。
「数日前に、ヴェスタ―ランド王国とスラビア王国の境目のロレーン・アルザル地方でけっこうな大事件が起こったようですな」
ヴィーゴさんが聞く。あまりさりげない口調でもない。
フロリアがこの大事件に関わっていることは、ヴィーゴ達は既に把握している。
そして、そのことをフロリアに隠そうとする意図も無い。
フロリアの側としても、ヴィーゴをはじめとする各国の密偵組織にはある程度は知られてしまうだろうということは想定していたことなので、しらばっくれるつもりも無い。
「ここだけの話」にしてほしい、と前置きして、確かにスタンピードに対処したのは自分であったことを認めた。
具体的に相当に大規模なスタンピードにどうやって個人で対処したのか、その詳しい部分は「冒険者の秘密」ということにした。
ヴィーゴさんは知りたそうではあったが、無理に聞き出そうとはしなかった。
それよりも彼の興味をひいたのは、これまで魔物の影が濃い地域でもなかったのに、大規模なスタンピードがおきた原因である。
「魔物を引き寄せる魔道具……ですか?」
「ええ。その魔道具を使って、魔物を遠くから引き寄せて来ていたのです」
「いったい、誰がそんなことを?」
それまで黙って話を聞いていたオラシオが堪えきれなかったようで、口を挟む。
「黒幕のことは、私には分かりません。ヴェスタ―ランドの王様は少し心当たりがあるみたいでしたが、私に詳しいことは……」
「そうですか。その魔道具はどうなったのでしょうか?」
モルガーナの収納経由で、ベルクヴェルク基地に戻っているのだが、それも教える必要は無い。
魔道具を使っていた魔法使いがこちらの手に掛かる前に処分してしまい、残骸も発見出来なかったので詳しいことは不明だと答えた。
「それは逆に幸運だったかも知れませぬな。下手にそんなものを持っているとなると、変に危険視されるやも。簡単に売るわけにも行きませぬし」
オラシオはそう言って、あっさり納得したが、それが本心からかどうかは分からない。同様にきっと他の国の密偵機関もそうした魔道具の存在を知れば、損壊したという話は簡単には信じないであろう。
あとは、大陸屈指の有名人である、スラビア王国のタチアナ王太后との会見の様子などに興味があったようだった。
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