第431話 キーフル
予定通り、この日はシュタイン大公国の首都キーフルに出没することにした。
モルガーナとソーニャはフライハイトブルクのパーティホームに戻っている。
「なんかあったら連絡よろしく」
当初はフロリアをひとりで行動させることを渋っていたマジックレディスのメンバーであるが、だんだん慣れてきたというか、彼女のバックボーンを知るにつれて、下手な護衛などよりもずっと強力なサポートがあることが分かって、うるさいことは言わなくなってきた。
それでなくとも、フロリアはアオモリをでてからこのキーフルでアドリアと出会うまでは基本的にトパーズと一緒にひとりと一匹の旅をしてきたのだ。
見た目から危惧されるほど、危なっかしい子供ではなかった。……いや、旅をはじめた当初はけっこう何度も同じヘマを繰り返して、腹に一物をもった大人に絡まれてきたのだったけど。
フロリアは普通に町の大門から入城する。ひとりではマジックレディスの特権が使えないので、他の普通の冒険者達と一緒に並んで入城審査を受けることになる。
面倒ではあるが、これはアドリアとも話しあった結果で、入城とギルドに顔を出すことで、各国の間諜組織はフロリアが4日かけてヴェスタ―ランド王国からこのキーフルまで移動してきたと判断するであろう。
少女の足では不可能な速度であるが、フロリアには大鷲がいることは既に周知の事実である。大鷲で移動したと考えればむしろゆっくりと移動しているぐらいである。
"さて、姐さんは今の私には、どの勢力もお見合い状態になってちょっかいを出すようなことは無いって言っていたけど"
同時に、情勢の読めない「頭の弱い連中」や「一発逆転ばかり狙っている弱小勢力」が、やみくもにちょっかいを掛ける可能性はあるので、十分に注意するようにとも言われていた。
「ま、そんな連中なら蹴散らしちゃうけど」
古都キーフルの冒険者ギルドは、モルドル河の左岸の旧市街にある。
旧市街は古くはキーフル王国時代からの古都で、現在では庶民の町、そしてこの大陸中央部の物流の一大拠点として栄え続けている。
川向うの新市街はシュタイン大公国になってから建設された町で、貴族街になっていて、軍事拠点でもある。
フロリアに限らず、冒険者達はみな、旧市街の猥雑でエネルギーに溢れた雰囲気を愛しているのは言うまでも無い。
大門から冒険者ギルドの建物までは、他の町と同じように近くにある。
大門から入ってすぐの広場を抜けると、まっすぐギルドに向かう。
ギルドの受付の方には別に用事が無いので、隣の買取カウンターに行く。
フロリアの収納には薬草や魔物の素材が、もはや自分でもどれぐらい入っているのか分からないぐらい入っている。
この時間なので、空いている。さすがに中原の大国の首都のギルドなので、納品待ちが誰もいないということは無かったが、列は短い。
フロリアは列の最後尾について待っていたが、程なく順番が回ってきた。
適当に薬草やツノウサギを出す。オークあたりならいくらでも収納に入っているが、マジックレディスと同行していなフロリアは未だに未成年のEランクである。襲われて返り討ちにした場合を除き、Eランクのフロリアが個人でツノウサギ以上の魔物を討伐することは禁じられている。
今更……な気もするが、別にフロリアは魔法使いにとっては有名無実化しているギルドの規則に一石を投じたい訳ではないので、オークを出して買い取り担当を困らせたりはしない。
「ほう。お嬢ちゃん、鮮度が良いな。薬草の方もキチンと処理してあって、これなら薬効も高そうだ」
買い取り担当のおじさんは、買取価格は1銀銭と3銅貨だと言った。
「それじゃあ、1銀銭は貯金して、3銅貨を現金でください」
フロリアがギルド証を出すと、おじさんは手早く口座情報を入力して、「ほらよ。しっかりと貯金するのは良いことだ。地道におやりな」と返してくれた。
「ありがとう、おじさん」
フロリアはカウンターを離れて、ギルドを出る。
風魔法で、後ろの方にいた冒険者が「どっかで見たことがある娘だ」と言っているのが聞こえる。
「へへ。お前、あんなのが好みなのか? 確かに目鼻立ちは良いけど、まだ子供じゃねえか」
「いや、そんなんじゃなくて、確かフライハイトブルクで水龍を討伐してギルドに納品してた子に似てるんだよな」
「それこそ気の所為だ。そんな子が、せっせと銅貨を稼いでいるのかよ」
「……それもそうだな」
冒険者達はそれっきりでフロリアに絡んでくることは無かった。
「フロリア。さすがにお主もあまりに頼りなく見えることはなくなったらしい。以前なら、間違いなくたちの悪い連中が跡をつけてきたぞ」
あまりに子供子供しているフロリアは、それこそ児童誘拐の対象になりかねなかったのだが、さすがにそうした見た目は脱してきたのだ。
しかし、今度は間もなく独り歩きすると、一人前の女性を狙う犯罪者もどきの冒険者や犯罪者そのものの標的になりそうである。
もっとも、その時は相手が酷い目に遭うことになるのだが……。
フロリアはまっすぐヴィーゴ商会の本店に向かった。
あらかじめ、アドリアから訪ねると良い、と言われていたのだ。
ギルドを出てぶらぶらと歩いていると、幾組かの尾行に気がついた。
ただ、荒っぽい犯罪者もどきの尾行ではなく、もっと洗練されているし、フロリアに害意も向けていない。
各国の密偵組織あたりが早くもフロリアの入城を嗅ぎつけたのである。
この尾行は予定通りである。
フロリアは久しぶりのヴィーゴ商会の門をくぐった。
かつては魔晶石の売買から成り上がり、今では魔晶石はもちろん、完成品の魔道具を商う大商会となっている。その本店は店先にはごく僅かな魔道具を置いてあるだけで、商談は奥の個室スペースで行う。
もちろん、本店で売買される魔道具は高額な希少品だけであり、冒険者や小商いをしている商人、一般の市民が使うような魔道具はここには無い。
商会として扱っていないことは無いのだが、店先に出すことはなく、軍などに大量納品したり、市民相手の小さな商会に卸売で売却しているのだ。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
女性の店員がフロリアの年格好に少し不審げに尋ねた。これが店員の教育の悪い店だと乱暴に追い払われるところだが、流石にヴィーゴ商会はその辺は行き届いている。
「あ、すいません。ヴィーゴさんかどなたか番頭さんはいらっしゃいますか? ちょっとキーフルまで来たので、ご挨拶だけでも、と思ったんですけど」
女性店員がちょっと困ったような顔になる。
少しかわいそうになって、マジックレディスの名前を出そうかと思ったところで、その後ろから見知った顔がこちらに気がついた。
「フロリア様。お久しぶりでございます」
と丁寧に頭を下げる。
以前に出会った若手の番頭のセリオである。
フロリアは、今日はひとりでマジックレディスのメンバーはいないのだが、アドリアからキーフルに来たら挨拶をしておくように、と言われたので……と来意を告げた。
「そうですか。よくいらっしゃいました。あいにく主人は外出しておりますが、こちらでおくつろぎください」
と、セリオは女性店員に何事か囁き、驚いた顔になった女性店員はそこから先はひどく丁重な態度になって、フロリアを奥に案内した。
通されたのは、ただの商談室ではなく、2階にあがって貴賓室とも言うべき立派な部屋に通された。
確か、はじめてアドリアに伴われてヴィーゴ商会を訪れた時にも通された部屋である。
「今日は挨拶だけで別に用事も無いのに、困ったなあ」
フロリアは流石に戸惑って、小声でトパーズに話しかける。
「なに、気にすることはない。いつだったかアシュレイが言っていたが、目端のきく商人というのは金になりそうな者には何もなくとも丁重に接するのだそうだ。フロリアは大きな金になるような大物の魔物の討伐に幾度も関わっているのだから、あちらとしても友誼をつなぎたいのだろう。
どんと構えているがよかろう」
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