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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第21章 嵐の前の
424/477

第424話 兄

 シェイクをすすりながら待っていると、改札の向こうから、1年前と変わらぬ兄の姿が見えた。マスクで顔を覆っているが、それで判らなくなることなど無い。

 少しスポーツをした方が良いのに、と思うようなヒョロヒョロとした体格。

 服装は記憶にある兄の服装そのまま。シャツのデザインにも見覚えがある。


"ってことは、去年も着てたシャツを今年も着てるってこと。ここから見てもわかるぐらいヨレヨレじゃないの。そんな風だから女の子にモテナイんだよ”


 フロリアは無言でツッコむ。


 お兄ちゃんは、もちろんそんなフロリアに反応することもなく、自宅のある出口に向かってすぐに消えていった。


「フロリア。周りが変な目で見ているぞ」


 トパーズに注意されて、はじめて自分が静かに泪を流していることに気がついた。


「ごめん、トパーズ。もう行こうか」


 フロリアは慌てて、服の袖で顔をゴシゴシ擦ると、目をまんまるにしてフロリアを見ている小さな男の子に笑いかけると、シェイクのカラをゴミ箱に捨てて店の外に出る。

 

 また、新しい自宅へ向かう道を取ると、兄の後ろ姿が遠くに見える。大体30メートルちょっと離れて跡を追う。

 追ったからと言って、接触するつもりは無いのだが、なんとか父と母の姿を見ることが出来ないか、と思っている。


 兄の背丈は変わっていないのだが、少し高くなったように見える。これはフロリアが前世の女子高生だった頃に比べると、今の身長が7~8センチも低いので相対的に大きくなったように見えるのだろう。

 フロリアは小さなころはけっこうなお兄ちゃん子、お父さん子で、その2人共がオタク趣味の人間だったので、少なからず影響は受けていた。

 父の影響でちょっと古めのアニメ、兄の影響でロボットアニメなどをよく見ていたものだが、だいたい中学に上がるころから、今度は友人たちの影響でそうしたアニメやフィギュアなどからは足を洗って、ごく普通の女子中学生、そして女子高生へと成長していったのだった。

 それで、少なく無いガンプラやフィギュアが並ぶ兄の部屋の隣が自分の部屋だったため、フロリアは友達をあまり家に呼ぶことは無かった。

 幸い、兄とは1学年あいだが空いていたので(フロリアが1年の時には兄は3年だった)、学校での関わりはほとんど無く、高校は別の高校に行ったので、兄の所為で友人たちからからかわれることは無かった。

 実際、兄は見た目は細くてあまり男っぽくはないし、外見に気を配るタイプではなかったが、積極的にキモオタっぽい格好をすることも無かったので、フロリアが嫌う理由は無かったのだ。

 むしろ、もうちょっとおしゃれに気を配れば、顔立ちはそれなりに整っているのだからモテるだろうに……といつも歯がゆく思っていた程だった。

 

 それに兄は優しい性格でフロリアには甘かったし、成績もだいぶ上だったので宿題を見て貰うことが多かったことも、思春期にありがちな兄との隔意が生まれなかった理由として上げられるだろう。

 実際のところ、兄に勉強(特に理数系)を教えて貰うことでフロリアの成績は相当に底上げされて、高校も2ランクぐらい上のところに入れたぐらいだった。――それでも兄の通う高校との偏差値の差は埋められないのだったけど。


 高校ぐらいだと、偏差値によって学校の気風やら治安が決まってくるところがあるのは避けられない。

 中学2年の冬ぐらいのフロリアの成績だと行ける高校というのが、都立高校だとかなり遠く、近くの女子校は評判が悪かった。

 女子校の方は、同じ中学の先輩が何人も進学しているのだが、その先輩たちというのが中学校で荒れていて不純異性交遊やらいじめやらケンカやらで何度も補導されている札付きばかりだった。

 流石にこの女子校に後輩として進学したら、パシリにされるか、いじめの対象になるか……。仮にそうした対象にならずに済んだとしても、今の友達たちからは距離を置かれるようになるのは容易に想像がついた。

 世界が違ってしまう、という訳である。


 しかし、塾に通いはじめて居るのだけど、全然成果が出ない。

 ある時、自室のエアコンの調子が悪く、ダイニングのテーブルの上で数学の宿題をやっていた、というかプリントを前に頭を抱えていたところに、兄が帰宅してダイニングに入ると冷蔵庫を開けて麦茶を一杯飲んでから、ちらりとフロリアの手元のプリントに目をやると、「ああ、問3は円周角の定理を使うと簡単に解けるぞ」とボソリと言って、立ち去ろうとした。


「お兄ちゃん! ちょっと、中途半端に言わないで、ちゃんと教えてよ!!」


 フロリアが文句を言うと、兄は「おまえが円周角の定理について知っていることを話せ」と返し、幾つか答える中に中心角は円周角の2倍になる、という性質を述べたところ、「知ってるじゃん」といって、フロリアのシャーペンを手にとって、サラサラとプリントに答えを書き込んでいった。

 兄の説明はとても判りやすく、それまで悩んでいたのがまるで嘘のように解けていった。


 それ以来、フロリアは最初は数学、やがて理科に社会に国語に……と兄に勉強をみてもらうようになり、成績がかなり上昇した。

 兄は自分自身も高校の定期テストと時期が被っているのにも関わらず、中学の中間、期末テストの対策を時間を掛けて教えてくれて、おかげで偏差値は中学3年の前半で大いに伸びて、さらに受験の時にもかなり徹底した受験対策をしてくれた。

 母は「こんなの塾でやったら、幾らかかるか判ったものじゃない」と言っていたが、フロリアもそう思う。

 おかげで、高校はまあまあの偏差値のところに潜り込めたので、ほんとうに良かったと思うフロリアだった。

 

 ある意味、感心するのが、それだけフロリアの面倒をみるのに時間を費やし、オタク趣味も特に時間を減らしている様子が無いのに、兄の成績は全然落ちず、大学も第一志望にあっさり現役合格した。


 ある時、父と2人きりになった時、お兄ちゃんの受験を邪魔しちゃったのかも知れない、もしかしてもっと良いところにいけたのかも……という懸念を口にしたところ、父は「それは考えなくても良いと思うぞ」と言った。

 父は、兄はあまりに偏差値が高い大学に行くと、勉強に追いまくられるので、就職に困らない程度に高いところに進学するつもりで調整したのだと言った。

 だから、フロリアの面倒をみようが見まいが、どちらにしても兄が進学した大学は今と変わらないだろうと。

 

「しかもあいつは就職先も、給料は安くても安定していて残業も少ない公務員や団体職員なんかを狙っているみたいだな。学部もそれに有利な法学系のところを選んでるし」


 適当に稼いで、自分の自由になる時間と小遣いが確保できれば、社会人になってからでもオタク趣味をつづけられる、という訳である。


 そして、「あ、いまのは、母さんに言うなよ。きっと激怒するからな」と続けた。

 確かにお母さんは兄の成績にはすごく期待していて、あまり本気で勉強に打ち込んでいる風の見えない兄に歯がゆい思いをしているのはフロリアにも感じられていた。


「俺の方はまあ、学費のやすい公立に行ってくれたから文句は無いんだけどな。おまえも頼むぞ」


 最後に父はそんな事を言ってフロリアを牽制したのだった。


 セバスチャンの報告では父はまだ仕事中。そろそろ終業時間で、残業が無ければ1時間半程度で自宅に戻る。

 母は昼間の間、週に何回かパートに出ているが今日は休みだったようだ。ずっと家に居る。

 出直さないと、お母さんの顔を見るのは無理かなあ、と思いながら兄の背中を追っていくと、兄が自宅の門扉を開けたところで、母が玄関のドアを開けて外に出てきた。

 何か二言、三言、兄と話して門扉の脇の郵便受けを覗いて中身を取り出して、兄とともに自宅に消えていった。


"お母さん、ちょっと老けたかな"

 

 わずか1年のことだが、白髪が増えたような気がする。でも、その佇まいは間違いなく、母のものであった。


 ねずみ型ロボットが収集した噂話によると、どうやらフロリアの死後に母はかなり精神的に参ってしまい、環境を変えた方が良い、というカウンセラーのすすめもあって、それまでの自宅を売ってこちらに越してきたのだそうだ。

 

 母は口癖のようにフロリアにもっと勉強しろ、と言っていて、あまり愛されている気がしなかったのだが……。きっと、あの時の自分には判らなかったことがたくさんあるのだろう。


 フロリアは、そのまま歩調を変えずに、自宅の前を通り過ぎて次の角を曲がる。

 胸のドキドキが止まらない。


 次はお父さん。

 兄と同じように、時間を見計らって父の帰宅を駅の改札を出たところで待とう。

 そう考えたフロリアが踵を返して、駅に戻ろうとしたところで……。


「ご主人様。ねずみ型ロボットが少佐の反応を発見致しました」


 セバスチャンの淡々とした声が報告してきた。


いつも読んでくださってありがとうございます。



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