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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第21章 嵐の前の
423/477

第423話 帰路

 マジックレディスは基本的にフロリアと共にヴェスタ―ランド王国に行ったことにはなっていない。

 既に数日に渡り、本拠地のフライハイトブルクを留守にしているが、それは冒険者にとってはよくあることなので問題ないが、そろそろ戻った方が良いのは間違い無い。

 

「ま、こんな風にアリバイ作りしたところで、妖怪ババアのマルセロがごまかせるとは思えないけどね」


 そんなことを言いながら、アドリア達はベルクヴェルク基地経由で先に戻っていった。


「あんたは適当に日数を調整して戻っておいで。何だったら、キーフルあたりに出没して目撃者でも作っておいたら良いかも知れないよ」


というアドバイスを残して。


 フロリアを細かく観察する者がいたら、もしかしたら大鷲以外の遠距離を素早く移動する手段を持っているのでは、と気がつくかも知れない。

 だが、それが伝説的な転移魔法を使ったもので、ましてや古代文明の叡智を今に伝えるベルクヴェルク基地を経由しているなど誰にも想像すら出来ないだろう。

 

 それでも、この帰路については、フロリアは普通に大鷲を使って移動しているのだと思わせるような旅程を取った方が良い。

 どうせ、ロレーン・アルザル地方で大暴れしたのがフロリアだということは、バレずには済まないだろうから。


 それで、フロリアはアドリア達を見送った後に、まずは1人でアオモリのレソト村近くに転移した。

 フロリアがアシュレイと共に数年間を過ごした森の家を訪れるためである。レソト村には寄らなかった。以前にオーギュストに聞いたところではもはや廃村に近いような状態になっているとのことで、知り合いもいないであろう。寄っても仕方ない。

 森の家のあった場所は、もう火事の痕跡も残っておらず、ただ小さな花畑が家の前庭のあった場所に残っているだけだった。

 その花畑も、小さくて可憐な花を咲かすにはまだ時季が早く、今は寒風に身を寄せるように、蕾もついていない草がまばらに生えているだけであった。


「確か、ここだったよね」


 フロリアは師匠を埋めた場所の前に跪くと、しばらくの間、祈りを捧げた。


 あれから色んなことがあり、信頼できる仲間も得たし、話しても信じて貰えないかも知れないが、前世を生きた日本に戻ることも出来るようになった。

 それでも、トパーズと師匠とフロリアと……2人と1頭で過ごした日々のことがなんとも甘酸っぱく懐かしく思い出されるのだった。


***


 その後、まずは4日めぐらいにキーフルに出現し、さらに4日めにフライハイトブルクに帰れば良かろう、という予定を立てた。

 通常の旅程だと急いでも1ヶ月は掛かるところであるが、フロリアは大鷲の眷属を持っているということは知られているので、1ヶ月も掛ける必要はない。

 これで、とりあえず4日間は自由に動ける余裕が出来た。

 なのでまた日本に行くことにした。


「勝手に来ちゃって、後でモルガーナにずるいって言われるかな」

 

 だけど、フロリアにしてみれば、別にモルガーナ達と一緒に過ごすのが鬱陶しいという訳ではないのだが、時々1人になりたいときもあるのだ。

 1人とは言え、トパーズが一緒なのだが。


 今回、モルガーナはじめ、いつもの面々とは別れて1人で日本に来る目的は、密かに元の家族の姿を見ておきたいという思いからだった。

 散々悩んだ挙げ句、自分が相手の前に姿を見せることは今更出来ないと思い、会わずにいることを決断したのだが、セバスチャンに頼んでねずみ型ロボットによる動向調査はしてもらっていた。

 その報告を時々、聞いているうちに実際にこの目で家族の姿を見たくなったのだった。

 特に、今回のデスマーチとも言うべき、長時間に渡る戦闘を経て、冒険者という生業をしている自分はいつ何があるか判らない、という思いが強くなったのだった。

 今の自分は滅多なことでは負けることは無いだろうが、どれほどの安全策を講じていても、思いもよらぬ事故で頓死する可能性はゼロではない。

 

 元の家族が住んでいる町は、前世のフロリアが暮らした、懐かしい町ではなかった。その町で彼女がトラックに跳ねられて即死してから、家族は別の町に引っ越していたのだった。

 父親の仕事の都合があるので、やはり東京郊外のベッドタウンであって、町の景色はそれほど変わることはないのだが、残された家族にとってはあの町にいると思い出したくも無いことを思い出すのだろう。


 フロリアは、現代日本人のミドルティーンの少女の一般的な服装に身を包み、髪は魔法で黒髪に染め、瞳も黒く見えるカラコンを使っていた。顔立ちは西洋的なので、こればかりはまさか整形する訳にもいかなかったが、隠蔽魔法と虚偽魔法で顔立ちを認識しにくくする効果を掛けていた。

 肩をすくめたり、ややオーバーなアクションをしたりといった、ちょっとした仕草や癖なども、なるべくやらないように注意する。

 要するに以前の自分と同じように振る舞うだけなのだが、体感時間で10数年もの間、そうした動作が普通であった世界に生きてきたので、無意識のうちにでてしまいそうだった。

 まあ、それでも一番自我の確立する時期を、同じ転生人のアシュレイと2人だけで暮らして来たのが良かったようで、他の異世界人たちに比べたらずっと自然に馴染んでいるのであった。


「これならば、現地人の日本人と見分けがつく者はおりますまい」


 セバスチャンもそう言っていた。


「魔法使いでなければ、ね」


 つい忘れてしまいそうになるが、こちらの世界にはあの少佐がいる筈なのだ。

 

「遠くから姿を眺めるだけでよろしいのですか?」


 セバスチャンが再度、フロリアに尋ねる。


「うん。それで良いの」


「それでしたら、ねずみ型ロボットが随時、お姿を撮影したデータをお渡ししておりますが」


「わかってる。この目で見たいだけだから」


 フロリアにとっては馴染みのない私鉄の駅を降りると、家族の新しい家に向かう。前の自宅の最寄り駅とどことなく似ているような気がする。

 まあ、同じ東京郊外なのだからそれは別に不思議はない。

 駅から10数分歩けば新しい自宅だ。

 一度、自宅前まで行ってみる。家の佇まいもどこか、前の家に似ている気がする。

 

 分かっていたことだが、完全に住宅街の中に自宅はあるので、近くにフロリアが待機できるような場所は無い。

 普段なら適当に人目につかない場所で亜空間に潜り込み、ねずみ型ロボットに見張りをしてもらい、セバスチャン経由で動きがあれば知らせて貰うのだが、こっち(日本)に来ていると、セバスチャンの念話もどきが届かないものでその手が使えない。

 だったら、少しすき間を空けて、亜空間を完全に閉じないようにすればよいのだが、フロリアはもう少し町を見てみたかった。

 

 それで今度はぶらぶらと歩きながら、駅に戻る。

 平日の昼間でも、流石に駅前はそれなりに人がいて、閑散とした住宅街とは違う。とは言え、ちょっと顔立ちに個性のある少女が無名の人の波に溶け込めるほどには、大勢の人が行き来している訳ではない。

 駅前のスーパーに買い物に来た人たち。学校帰りの高校生ぐらいの一団。この駅は近くの都立高校の最寄り駅にもなっていて、時間帯によっては割りと多くの学生が集まるようであった。

 フロリアは駅ビルに入っている図書館を覗き、100円ショップを見て回ったりした後で、ハンバーガーのチェーン店に入ってシェイクを注文する。

 電子マネーで支払うと、窓際の席に行って座り、窓の向こうを忙しく行き来する人達を眺める。駅の改札が目に入る位置を確保したのは、お兄ちゃんがもうすぐこの駅に戻ってくるという情報をセバスチャンから得たためだ。

 

 兄は大学の授業が早く終わり、どうやらバイトも無いらしく、どこにも寄らないでまっすぐに自宅に戻ってくる途中だった。

 あと数分後に到着する電車に乗っていて、この駅で降りたら、眼の前の改札を抜けて自宅に向かうはずだった。


「おい、フロリア。あまり緊張するな。こちらまで伝染して来るぞ」


 影からトパーズが苦笑をにじませたような口調で話しかけてくるが、今は軽口で答える気にもなれなかった。


 見た目はあまり変わっていないのは、セバスチャンの用意した画像データを見ているので判っている。


いつも読んでくださってありがとうございます。



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