第421話 王との会見1
タチアナ王太后が口添えしてくれたおかげで、どうにかアド、いやアダルヘルム王には申し訳ができたが、すぐに王太后様は立ち去ったため、その後でさんざんアドには嫌味を言われた。
そりゃあさ、確かに俺の家臣どもの対応がひどかったのは認めるけど、そもそも国家運営に大きな影響を与えかねないような大事に、ただの役職なしの法衣貴族、それも貴族になりたての俺を一枚噛ませるアドのほうが悪いんじゃねえか。
……そう思うオーギュストだった。
しかし、今更途中で抜け出すことができずに、翌日も王宮に出仕する羽目になったところ、前日にアダルヘルム王が現地近くにいた仮面官に状況確認に急行させていたのだが、その仮面官から急報が入ってきた。
今回のスタンピードの首謀者らしき一味の一人を、フロリアが捕縛して引き渡しを受けたとのこと。
さらにスタンピードはその日の夕方、日暮れ近くまで続き、途中でワイバーンや長虫の襲撃まであったものの、2つの町は事実上無傷で切り抜けたという。
「アシュレイさんだったら、おんなじことできたのかな?」
「いや、あの人でもさすがに無理だったろうな。いくらなんでもワイバーン複数ってのがやべえよ」
そんなことを話して、夜更けに屋敷に戻り、翌日も早朝から王宮へ。役付きだって、こんなに王宮に日参しないぞ、と思いながら、その日は王都の衛士が動いたことの後始末などに忙殺された。俺がフロリア捜索の命令を出した訳じゃないのに、なんで俺が……と言ったのだが、皆に無視された。
スタンピードは無事に切り抜けたので、万々歳という訳にはいかない。けっこうな後始末があって、どうやら俺も手伝わされそうな塩梅だった。
よろよろになって、夕方に屋敷に戻ると、客間が賑やかだった。来客? だが、ぽっと出の貴族の俺に、そんな客なんてないハズだし、カーヤもロッテも臨月なのに、応対しているみたいだし何事だろう。
不審に思ったオーギュストが応接間を覗いてみたら、フロリアとトパーズ、そしてマジックレディスの面々が居た。
「おい、オーギュスト。遅いじゃないか。待ちくたびれたぞ」
トパーズが牙をむき出して笑う。
「しかし、お主が一度に番を2人も孕ますとはな。きっとマルガレーテがあの世で驚いておるぞ」
「……。そ、それはともかく、スタンピードを止めてくれたようだな。礼を言うぞ」
「なかなか楽しかったぞ。良い運動であった。お前はずいぶん弛んだ腹をしておるではないか。運動不足ではないのか?」
「でも、カーヤとロッテとはしっかり運動してんじゃん」
モルガーナが下品な冗談を言って、ルイーザにはたかれる。
「ともあれ、明日の朝にでも俺と一緒に王宮に行ってくれるか、フロリア」
オーギュストはどうにか口にしたのだった。
***
翌朝。
夜中のうちに、家宰を王宮に走らせて打ち合わせをして、王宮ではなく、数日前にマルガレーテ王太后と会った王家所有の森の四阿に赴くことになった。
ロレーン・アルザル地方で大雨が降った夜に、この王都でもかなりの降雨があったそうだが、もうその痕跡は残っていなかった。
オーギュストに同行するのはフロリアとトパーズだけであった。
他のマジックレディスメンバーをどうするか、皆で相談したのだが、あくまでフロリアだけの仕事ということにしたのだった。
おそらく、アダルヘルム王も薄々気がつくと思うけどね、まあこうして取り繕っておけば王様もヤブをつつくような真似はしないだろうさ、というアドリアの意見に従ったのだ。
あの場所に他のメンバーもいるとなると、どうしてもあの短時間にフライハイトブルクからロレーン・アルザル地方に移動した方法を説明しなくてはならなくなる。
それで、オーギュストにも黙っていて貰うように話をつけて、一同はオーギュストの屋敷でカーヤとロッテと共にお留守番である。
ただし、くれぐれもルイーザからは「王には何も約束しないようにね」と釘を刺されたのだった。
フロリアとオーギュスト、トパーズが四阿に向かう道筋、そして四阿の周囲には要所要所に騎士が護衛に立っていた。
もっとも、実はこの騎士たちは本物ではなく、王家直属の暗部のハンゾーやウルリヒ、ジャン、そして女騎士はデリダが扮したものであった。
あくまでフロリアの今回の仕事は内密に行ったもので、軍も騎士も動かす訳にはいかないので王家直属の暗部や仮面官、そして腹心のオーギュストを使ったのだった。
ただ、ハンゾーたちの心中はなんとも複雑なものであった。以前にフロリアを探し出せなかったことで、暗部は大いに誇りを傷つけられていたのだ。
すでに四阿には、重々しい雰囲気の衣服をつけた壮年の男性が待っていた。
フロリアの顔を見るなり、「余がアダルヘルムである。此度はご苦労であった」と言った。
フロリアは慌てて庶民の礼で挨拶をすると「フロリアでございます、国王陛下」と返した。
庶民の礼なのは、以前からルイーザに貴族などと会う機会があったときには変に取り繕った礼儀をしても生まれながらの貴族の令嬢の優雅さに敵うわけもない。それならば、、たとえ庶民出身でもあくまで己の腕一本で生きている冒険者なのだとアピールしたほうがよい、との教えがあったからである。
「アド。えらく仰々しいではないか。なんか悪いものでも食ったのか?」
フロリアと一緒に四阿に入ってきたトパーズが遠慮もなく、そういった。その途端に、アダルヘルム王は破顔して、「まあ、そう言うな、トパーズ。冒険者あがりとしちゃあ、お嬢さんのほうが俺の現役時代よりもはるかに格上だからな。それなりに緊張してんだよ」と返す。
「まあ、お嬢さんも他人行儀になることはない。そっちにお掛けなさい」
とベンチを指し示す。
「フロリア。お師匠の古い仲間だと思えば良いよ」
オーギュストもそう言うと、自分が先にベンチに腰掛け、隣をフロリアに座るようにいう。
こうして、貴族(王)と庶民ではなく対等な関係の者同士としての会話が始まった。
アダルヘルム王が本物の騎士を連れて来なかったのは、こうしてフロリアと対等に話したかったから、という面もある。
国王直属の近衛騎士ともなると出自は貴族家、それも中位以上の爵位持ちの家の子息、場合によっては当主そのものであったり跡継ぎであったりする。
そうした騎士は己の出自に対して病的なまでの誇りを抱いている場合がある。国王自身の命令であれば、その場でフロリアに対し不遜であるとして斬り掛かったりはしないだろうが、あとで何をしでかすか知れたものではない。
暗部は必要に応じて、行商人にもなれば宿屋の亭主にも冒険者にもなるので、変な自尊心はなく、フロリアに危害を加える危険はない、と国王は思っていた。
国王との会見は、まずはトパーズとオーギュストとアダルヘルム王と、昔の思い出話から始まる。
フロリアの知らないアシュレイの行動に、意外感を覚えながら、いつの間にかずいぶんとリラックスして聞いていた。
途中で女騎士(に扮した暗部のデリダ)がお茶を持ってきて、より和やかな雰囲気となった。
話が一段落ついたところで、アダルヘルム王は「それじゃあ、そろそろ仕事の話をするかな」と言った。
別に厳しい口調に変わったりした訳ではないのだが、フロリアは少しだけ周囲の気温が下がったような気がした。
「君が仮面官に引き渡した魔法使いだが、どうやら我が国の貴族の命令で動いていたようだ」
「そりゃ、ホントかよ、アド。いくらボンクラ共だって、あそこに下手な手出しをしたら戦争になりかねないってわかっているだろうに」
とオーギュスト。
「ああ。誰もがわかっていると思っていたよ。我が国だけではなく、スラビア王国の貴族の方もな」
その貴族というのが、かつてロレーン・アルザル地方に権益を持っていた家でな、それを取り返すことが目的だったのだろうな」
「へ? あそこはもう200年ぐらい王国の直轄地だろうが。権益ってことは、あの家なんだろうけど、いったいいつの話なんだよ」
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