第416話 魔物津波4
「それはどうでしょうか。私たちでは直接、その周囲の軍……領軍か国軍か判りませんが……コンタクトを取って、討伐依頼を出すためのパイプがありません」
最近、あちら(日本)のドラマにドハマリしているソーニャが、政治ドラマっぽい言い回しをした。
「アダルヘルム国王陛下とタチアナ王太后様に頼めば、やってくれそうですが、時間的に間に合うとは思えません」
「確かに国の奴らにもおすそ分けしたいところだけど、どうせ間に合わないのなら、そのために動く時間も惜しいかな」
「私もその方が良いと思います。それよりもセバスチャンがまだ何らかの戦力を持っていないかという方が重要ではないかと」
「多分、セバスチャンにはもう奥の手は無いです」
雨雲の上の成層圏の更に上、地表から200km以上を飛ぶ人工衛星から重量物を落下させてあたり一面に大穴を開ける「神の杖」とも言うべき武器を提案されたことがあったのだが、フロリアが「それはやめて」と断っていたのだった。
実際のところ、両国ともロレーン・アルザル地方の周囲にはそれほどの大部隊を駐留させている訳ではなかったので、確かに仮に両者に救援要請をとっても間に合わなかったであろう。
それに夜が空けるや、地域内の2つの町は狼煙を使って自国に応援要請を出し、それを受けた両国軍がお昼迄には地域の境界線間際まで進出したのだった。
ただ、どちらも大部隊ではなかったので、魔物の津波を押し止めるには至らなかった。それでも、1割り程度は魔物の総数を減らしてくれたことは確かであったし、たとえ救援要請をしていても、ほぼ同じ結果に終わったことだったろう。
とにかく自分たちのちからだけでやるしか無い、と覚悟したからには、後は如何に効率的に動くか、だけである。
3人とも、自らの魔力を使った攻撃はできるだけ控えて、P90を全面的に活かした戦闘に切り替えていた。
50発を撃ち尽くしてしまっても、幾らでも新しい弾倉が双方向収納袋から供給されるのが大きい。
弾倉のリロードもすっかり上手になって、隙がなくなっていた。
明け方から午前の半ばぐらいまでの戦闘はそんな感じでダラダラと続いていた。
もちろん、本気の殺し合いなのだから、気は抜けない。若くて体力のある魔法使いたちも流石に集中力が途切れがちになってきたころ、ようやくまた年長組と交代の時間になった。
「もうすっかり晴れたみたいね」
外に出てきたアドリアは空を見上げる。
午後からは良い天気になりそうである。
アドリアとルイーザに切り替える際に、さすがにずっと戦いづめのトパーズの眷属たちも一旦、休ませることにした。
ゴーレムのリキシくんはメンテを終えて順次、戦場に戻っている。
それと、空が晴れてきたからには猛禽類の出番である。
フロリアはモンブランを呼び出すと「お願い。眷属さんたちをたくさん呼んで」と頼む。
猛禽類の上空からの急降下攻撃は町の防衛のような拠点防衛には不向きな戦法であるが、数匹~10数匹程度のあまり強くない魔物の群れを駆逐するには絶大な威力を発揮する。ましてや、このロレーン・アルザル地方はほとんど木々が生えていない、見通しのよい枯野である。
モンブランは「ホゥ」とひと声鳴くと、たちまち大量の猛禽類が出現する。
そのまま、モンブランは上空高くに舞い上がり、そこで眷属たちの指揮を取る。
フロリアと戻ってきたモルガーナとソーニャは、亜空間になだれ込むように入ると、濡れた衣服を脱ぎ散らかして、そのまま熱いシャワーを浴びる。
甘いはちみつをたっぷり塗ったトーストを食べ、温めたミルクを飲むと、そのまま半裸で寝てしまう。
変質者の群れに追いかけられて、いくら電車を乗り継ぎ、車を走らせても、撒くことが出来なくて徐々に追い詰められていく……そんな悪夢を見ていてハッと飛び起きたら、そろそろ交代の時間だった。
お昼を過ぎて、普通だったらそろそろ午後の仕事を始める時間だ。
精神的にも肉体的にもタフなモルガーナでも、流石に疲れが全部取れてないようだった。
「だけどさ……。お年寄りをいつまでも働かせとく訳にもいかないよねぇ」
「そうですね。早く交代してあげないと」
「セバスちゃん。P90、新しいのよろしく。なんか撃ちまくってたら、弾がそれるようになったっぽいんだよね」
「かしこまりました。それと、ご主人様。新しいコスチュームでございます」
「……なに、これ?」
これまでに出てきたコスチュームの発展型といった感じであるが、さらに背中の羽根が枚数が増えて、スカートの裾も短くなった気がする。
「劇場版限定コスチュームをイメージいたしました」
「……」
もうあまり何も言う気が無くなったフロリアは大人しく、そのコスチュームを着て、外に出る。
時間はお昼すぎ。
そろそろ魔物が増えはじめて、後2~3時間で最後のピークが来る筈だった。
アドリアとルイーザがそれぞれの受け持ち場所から戻ってくると、フロリアの姿を見て「似合ってるじゃないか」と笑う。
「悪いけど、ちょっとだけ寝かせて貰うよ。だけどピークが来たら、外に出て最後の戦闘には参加するからね」
「地域の境界には、それぞれの国の軍が来ています。ただ、陣容は小規模ですし、内部には入ってきませんので、まあ見物人がいる、ぐらいに思っておけば良いと思いますよ。少しは地域に侵入してくる魔物を間引いてはくれていますけど……」
そんなことを言いながら、亜空間に潜っていく。
「さて、それじゃあもうひと頑張りしようか」
3人ともセバスチャンの誘導に従って、地域内に散っていく。
もしかして、気を利かせたつもりなのかもしれないが、フロリアの受け持ちはヴェスタ―ランド王国の軍から望遠鏡の魔道具を使わなくても視認出来るぐらいの近さだった。
魔道具を使えば、スカートをなびかせながら、華麗に舞うように戦う姿がはっきりと見える。
「これはなかなか……」
双眼鏡の魔道具を持っているのは、高級士官のみだったのは、フロリアにとっては幸いだった。
天気はすっかり晴天。荒れ地の割りに水はけが良くて、地面はあちこちに多少の水たまりが残るだけでけっこう乾いてきている。
トパーズが影から顔を出す。
「私もそろそろ行こうか。それとまた、眷属共にも働かせてやろう。ちょっと嫌な感じになってきたぞ」
トパーズには予知能力はない筈だが、野生の勘とも言うべき鋭さがあって、もうすぐスタンピードのピークが来ることを把握しているようだった。
***
「あ、変なのが来たよ、セバスちゃん」
モルガーナはスマホにそう言うと、一時は仕舞っていたP90を収納から取り出す。
「あれはグレートビーでございます」
セバスチャンの答えにモルガーナの表情に緊張が走る。グレートビーは蜂の魔物で、その針の一刺しは非常に危険であった。針の先端には毒があり、オーガですらグレートビーに刺されて死ぬことがある。
そして蜂らしく空中での動きは素早く、集団で活動する。
あまり見かけない魔物なので認知度は低いが、古都キーフル近隣の人喰い森のかまいたちにも匹敵する厄介な相手である。
「グレートビー! ちょっとヤバイかも」
いつも読んでくださってありがとうございます。




