第415話 魔物津波3
外に出て間もなく、セバスチャンから通信が入った。ねずみ型ロボット経由ではなくスマホ型魔道具を使ってのことだ。
何事かと思ったら、ヴェスタ―ランド王国の国境沿いに数名の王国の仮面官が来ている、余裕があるようならばフロリアに面会を求めている、とのことであった。
「仮面官さん」
「はい。ヴェスタ―ランド王国の王室直属の国家的な事件等を調査する調査官でございます。特徴的な仮面を被っていることから仮面官という通称で呼ばれています」
そう言えば、以前にフライハイトブルクでオーギュストから聞いたことがある。ビルネンベルクで謂れのない罪を着せられたフロリアを調査して無実を証明したのが仮面官だったそうだ。
「ルイーザ様と接触され、フロリア様への伝言を頼まれておられました。もうすぐ、ルイーザ様が戻られたら、詳しいことが判明するものと思われます」
その言葉から程なく、ルイーザ、そして別方向からほぼ同時ぐらいにアドリアがフロリアの元へとやってきた。
ルイーザによると、仮面官はこの近くを巡回していたところ、国王から緊急連絡を受けて状況確認に来たとのことで、無理は言わないが状況を教えて頂ければありがたい、とのことであった。
「よっぽど、国王様はフィオに気を使っているみたいですね。普通、王家直属の官吏なんて者は居丈高で傲慢なものですのに、すごく低姿勢でしたよ」
ルイーザが笑いをこらえて教えてくれた。地域の境界線より入ってこないのは、スラビア王国を刺激するのを避けたいからと見える。
「流石に国王様も気になっているんだろう。今は比較的、魔物の少ない時間帯だし、ちょっと話ぐらいはしてやっても良いと思うよ」
「わかりました。それより、気になるのが魔道具の笛を使った連中です。1人、生き延びているのを引き渡したらどうか、と思うんですが」
アドリアは少し考えてから、「確かに陰謀の匂いがプンプンするからね。下手に私たちで尋問なんかして余計な情報を得ると、この国の政争とかに巻き込まれるかもしれない。さっさと手を引くのは賢明かもね」と言った。
「私も良いと思いますよ。ただ、捕らえたのはモルガーナですから、引き渡すのなら断ってからじゃないと」
ルイーザの助言に従い、モルガーナにスマホで連絡を取ると、一旦捕らえた獲物のことはもう頭になかったらしく、「どうでも良いよ。できれば、そいつの捕縛代金がほしいところだけど」との返事。
それでフロリアは、笛使いを引き渡すことにした。
アドリアとルイーザには亜空間に入ってもらい、数時間の休憩を取ってもらう。
フロリアはセバスチャンに頼んで、機動歩兵に捕虜を自分の居場所まで運んで貰う。その間も近くの魔物を討伐していくを忘れない。
10分ほどで捕虜が到着すると、今度はトッシンを呼び出して、自分と捕虜を仮面官の待つ場所まで運ばせる。
トッシンもほんとうはあまり見せたくはないのだが、機動歩兵を見られるよりはマシだ。
仮面官はその名の通り、表情はもちろん顔立ちも年齢も判らなくなるような仮面をつけており、服装は王国の紋章を刺繍した立派なものを着ている。その背後には2名の王国騎士が護衛についていて、こちらもきらびやかな軍装である。
かなり小降りになってきたとは言っても、雨の日に屋外でながく過ごすにはもったいないような立派な衣装である。
これも、王国民や調査される貴族などにアピールするためには必要なのだろう。
仮面官はフロリアを見ると、「冒険者フロリア殿をお見受け致す。それがしはアダルヘルム王の勅許を得た王室直属の調査官である。名乗らぬ無礼をお許しいただこう」と重々しい口調で言った。
フロリアは庶民流に頭を下げる。
堂々たる態度だが、傲慢さは感じさせない。確かに他国の冒険者の小娘に対して、かなり丁寧な物言いではある。
彼らにとっては見たこともないであろう巨大なゴーレムについても特に気にした様子は見せない(しかし、その実、詳細に観察しているだろう)。
フロリアは、これまでのスタンピードの状況。特に夜半にワイバーン4頭が襲来したことを話し、このスタンピードは人為的に引き起こされたものだと言って、先程から転がしておいた捕虜を引き渡した。
スタンピードを巻き起こす魔道具の笛を使っていたことを説明すると、仮面官が、その捕虜をじっと見つめていたようだった。表情が判らないだけに無機質さを感じさせた仮面官だったが、この時にはじめて、やっぱりこの人も人間らしい感情があるのだと思わせるのだった。
「この捕虜を我々の方で尋問したいと存じます。引き渡して頂いてよろしいか?」
「かまいません。ただ、仲間がこの人を殺さないで捕まえるのにけっこう苦労しています。その分を報奨を後で支払いたいのですが」
「承知しております。この者が持っている情報によって多少、金額が上下致しますが、間違いなく別途の報奨金が出るように、陛下に進言致しましょう」
そして、おそらくスタンピードは午後一杯ぐらいまでは続くものと思われる、とフロリアが言うと、仮面官は「夜が明けて、2つの町から狼煙なりが上がれば、両国の警備兵が地域の境界線近くまで迫ってくることになるでしょう」と言った。
ただし、両国ともこの地域内に軍・警備が展開したら戦争の火種になることはよく理解しているので、立ち入ることはない、ご苦労だが町を守るために尽力されることを期待する……仮面官はそう言うと頭を下げて、立ち去っていった。
こうして少し時間を食ってしまったが、魔物退治に神経を集中出来る様になった。
そろそろ夜明け前の白明が空を染め、雨も小降りになっている。もうすぐやむであろう。
セバスチャンの指示に従って、魔物狩りをしていたら、トパーズが走ってやってきた。トパーズは自由気ままに狩りに参加して、暴れまわっていたが、そろそろ飽きてきたみたいだった(疲れは感じさせないあたり、流石は聖獣である)。
トパーズは「しばらく、私は影にはいっている」と言って、フロリアの影に潜り込む。
モンブランもどこかの木陰に隠れていたのが、フロリアの気配を感づいて近寄って来る。
「さっきはありがとう。大鷲さんにもよろしく言ってね」
その後は、また東京23区の倍程度の広さの土地を走り回ることになった。
ただ、魔物の数自体は減っているので、真夜中の頃のように忙しくはない。
フロリアのゴーレムのリキシくん達も今は撤収して、ベルクヴェルク基地で整備と魔晶石の交換をしている。
機動歩兵は半数が基地に引っ込んでいて、残り半数が3対1組で地域内を走り回っている。
カラスくんはワイバーン討伐後にやはり基地に戻っている。
現在の主戦力は機動歩兵であり、地域内に侵入してくる魔物のうち、7割ほど機動歩兵が片付けている。
ちょっと楽になってきたかな。
そんなことを考えていたら、セバスチャンから連絡が入った。
「最後の笛の発動の分の魔物が移動を開始しています」
「それじゃあ、また忙しくなるんだ。あとどれぐらいで来るの」
「昼過ぎから徐々に増え始め、午後4時ぐらいがピークになるものと思われます」
「え? めちゃくちゃ遅くない」
「はい。近場の魔物はこれまでの笛の波動でおびき寄せられております。最後にかなり遠くからの魔物に対応しなければなりません」
「う~~ん」
さすがに気力・体力面で底をつきかかった頃にピークがやってくるのは辛い。
「あ、そうだ!」
フロリアは思いついたことの是非を問いたいと思い、アドリアはもう寝てしまったのかと聞くと、アドリアもルイーザも既に就寝済みとのこと。
ならば、フロリアはモルガーナとソーニャに連絡をして、国境を接する両国に魔物討伐を依頼できないだろうか、と相談した。
両国ともロレーン・アルザル地方に立ち入ることが出来ないだけで、その周囲の自国領土なら軍を展開しても構うまい。遠くからやってくる魔物をある程度、討伐してくれれば、この地域内までたどり着く魔物の数は激減するはずだ。
それを諮ったのだ。
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