第413話 ワイバーンとの戦闘2
ワイバーンは、先程の個体のように魔物らしく眼の前の敵に気を取られて、旋回してくるかと思いきや、そのまま町への進路を変更しなかった。
「えぇ!! やば!!」
フロリアはかなり慌てて、大鷲にワイバーン追撃を頼む
ワイバーンは重たくて大きな体躯故に、加速こそは鈍いが一旦速度にのればかなり早い。
大鷲も全力で加速していくがとても間に合いそうにない。
仕方ない。
「大鷲さん。少し降下して!」
大鷲は指示通りに降下しながら加速を続ける。
猛禽類は意外と水平飛行は早くない。
例えば、地球では早く飛ぶ鳥の代名詞のように言われるはやぶさであるが、確かに急降下の場合は時速300キロに達し、世界最速の動物の一つとして知られる。しかしながら、水平飛行の場合は時速70~90キロ程度で燕に及ばない。
この世界でも、猛禽類は不思議と似た特性を持っているのだで、大鷲も水平飛行よりも降下しながらの方が速度が乗る。
ただし、重力の手助けが見込める急降下ではないので、そこまでワイバーンに迫ることは出来なかった。
「だけど……」
フロリアは収納からドラゴンバスターを出して、先頭のワイバーンに狙いを定める。
ワイバーンは隣り合った2つの町のうち、ローレンブルクを目指している。
大鷲は少し高度を下げすぎたので、落下をやめて水平飛行に移っている。
地面から数メートル程度の高さである。幸い、平地であるのと、下を進む魔物が居なかったので問題なかったが、ゴブリンのような投擲の出来る魔物が居たら、相当に危険な場所まで降りていた。
先頭のワイバーンが町の城壁の上あたりまで到達している。魔力の高まりが離れた場所のフロリアにも感知出来る。町に向けてブレスを放つ準備である。
今度は航空機のタッチアンドゴーのように上昇を開始している大鷲の背中から、フロリアは打ち上げ気味にドラゴンバスターを撃った。
夜の雨空に轟音を伴って、一筋の閃光が走る。
一瞬でワイバーンの胴体を貫くと、そのまま町の尖塔の脇をすり抜けるように宙に消えていく。
驚異的な体力を持つ龍種だけに、胴体に大穴を開けられながらも、即死することはない。フラフラの飛行になりながらもなんとか高度を維持しようとしている。
後衛の方のワイバーンはどうやら、先頭の指示通りに動くだけであったようで、いきなりその指揮者が行動不能となると、パニックを起こしているようだった。
後方から急速接近したフロリアは、今や2頭目に追い抜かれて、どうにか浮いているだけの状態の一頭目に追いつき、操剣魔法で投げナイフを出して、トドメを加える。胴体に空いた大穴にナイフを飛び込ませて、内臓のあたりで爆発させたのだ。
「ギャアァァァ」
という甲高い断末魔の悲鳴を上げて、ワイバーンが息絶える。まだ多少の距離はあるが、フロリアは魔導書を使って、地面に落下する最中の死骸を収納する。
町としては、大量のワイバーンの出血が雨に混じって、盛大に町に降り注いだので、これをキレイに掃除するのは大仕事であろう。
きっと、町を丸ごと洗う積りでないと、血が溜まった排水溝などは生臭くて近寄ることも出来なくなる筈だった。
もう一頭のワイバーンはローレンブルクの上空を通過し、アルザーレンに向かうこともなく、混乱してフラフラと蛇行していたが、やがてやるべきことに思い至ったようで、大鷲へと舵を切った。
先頭のワイバーンは、頭脳に優れていて、もしかしてワイバーンの上位種なのではという気がするほどの相手であったが、こいつは違う。
ごく普通のワイバーンである。
もっとも、そのごく普通のワイバーンを倒すのに、通常であれば高ランクの冒険者パーティ複数か、討伐目的で編成された軍が必要になるのだったが。
そもそも、もし大鷲が居なかったら、マジックレディスであろうと、この状況で数頭のワイバーンの襲撃にはなすすべがなかったであろう。
それぐらい、空を飛ぶ敵というのは厄介な相手なのだ。
遠くでカラスくんが相手にしていたワイバーンもようやく片がついたようだった。
フロリアの眼の前の一頭で最後だ。
「さ。もうちょっと町から離れようか」
もうこのワイバーンの小さな脳髄には町のことは消し飛んでいるっぽいが、フロリア達を狙ったブレスが逸れて、町に直撃したら目も当てられない。
フロリアの意を汲んだモンブランが、遥か上空から大鷲に指示を出して、大鷲はワイバーンと大鷲と町が一直線にならないように斜め前方に進む。
「ギャアァァァ!!」
ひと声吠えたワイバーンのそのカラスのようなくちばしに魔力が溜まっていく。
よほど怒り心頭に発しているらしい。
魔力を感じられない者でも、今のこのワイバーンのくちばしのあたりにぼぅっとオーラが立ち上っているのが視認できたことだろう。
「一発に全力を込めすぎだよ」
こんな全魔力を集中したら、その一発で魔力が尽きてしまうのではないか?
アドリアの全力の雷撃も、その反作用はかなりのものだが、さすがにアドリアは十分に勝機を掴んでから放つ。
このワイバーンのように怒りに任せて、後先考えずにぶっ放したりはしない。
その一撃は、もしかして飛龍のブレスに近いのではないか、とフロリアが思うほどの魔力の奔流であった。
町への射線はずれているとは言っても、防御魔法で散らすと余波が後ろの町に及びかねない。
一瞬の判断で、フロリアはもう一度収納を試みた。
「仕舞いきれなかったら、ごめんね」
後ろの町には心の中で謝りながら、もちろん防御魔法も展開する。第二次大戦中の戦車の前面傾斜装甲のように威力が散らすために斜めに傾いた防御魔法である。
時間にすれば1秒から2秒。
ワイバーン渾身のブレスはフロリアの収納に吸い込まれて、まるで何事もなかったかのような雨の夜空だけが残る。
「次はこっちの番だよ」
大鷲はまっすぐにワイバーンに接近していく。ワイバーンの方はどんな勝算があるのか、もはや執念のみで動いているのか、その場に空中停止して次発を放とうとしている。
しかし、魔力の集中ペースが遅い。
あれだけ全魔力を込めた一発の後で、さらにまだ次発を撃とうとするその闘争心は大したものだが、もう思うように飛ぶことも出来ないのではないだろうか?
フロリアは収納から、何発も収納したブレスのうちの一発を放出する。
どうにか撃ったワイバーンのブレスと正面からぶつかり合う。
互角、と言いたいところだが、ワイバーンのブレスの方が弱く、弾かれる。
フロリアのブレスがワイバーンの頭部に直撃し、その体躯に比べると小さめの頭が炎に包まれる。
「やったぁ!!」
フロリアが快哉を上げる。
思った以上にうまくいった。
空中停止しているワイバーンの脇を、またもや大鷲がスルリと通り抜けて、今度は余裕を持って旋回。
その途中でモンブランのちょっと慌てたような気配が伝わってきて、驚いたフロリアが斜め後方を確認すると、頭部の焼け焦げたワイバーンがフラフラと飛行しながら、町へ戻っていく。
こいつは、頭の中身は魔物そのままで、指揮する個体が居ないと眼の前の敵に夢中になって、さっきまでの目標を忘れる程度の行動しか出来ない。
しかし、今はその魔物としての本能でさえも破壊されて、というかそもそももはや大鷲のことを視認も魔力感知も出来なくなっていて、ただ前方にフラフラと飛んでいるのだ。この調子で行くと町中あたりで墜落しそうである。
そして、これだけ何発もブレスを撃ったにも関わらず、まだ魔力の残滓程度は残っている。
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