第403話 魔法の笛
ここから新章に突入します。
「雨が降りそう」
フロリアは空を見上げて言った。
アシュレイとアオモリの中で2人きりで暮らしていた頃には、空気の匂いや空の色で天気が変わる予兆を敏感に感じ取ったものだけど、久しぶりに故郷の国に帰ってきたら、その感覚も戻ってきたのかも知れない。
いや、ここはアオモリからは随分と離れて居るのだけれど。
***
――スタンピードの笛。
それは、かつてビルネンベルクの町でオーガキング率いるオーガの群れを主戦力とするスタンピードを巻き起こした原因である。
当時、そのスタンピードを単身、蹴散らしたフロリアは笛の存在を知らなかったが、後にセバスチャンに聞かされて、これこそグレートターリ帝国の創始者であるスランマン大帝ゆかりの魔導具であると知った。
スランマン大帝は七大転生人の1人に数えられることもある転生人の中では大物である。
セバスチャン率いる古代文明の遺物であるベルクヴェルク基地のあるじである資格を得たのは、基地を作ったガリレオ・ガリレイ以来、フロリアが2人めであるが、たとえ基地の主人たる資格を得られなかったとしても、転生人が何らかの事業をこの世界で行う際にはセバスチャンの裁量である程度の手助けをする権限が与えられていた。
セバスチャンにとって、良い悪いという判断基準は無い。有るのは、ガリレオ・ガリレイの指示に合致するかどうか、である。
ゴンドワナ大陸の東方の野蛮の地とも言われる土地に大帝国を築き上げようとするスランマン大帝の野望(ある意味、壮挙であるが)は、セバスチャンが援助を与えるには十分であった。
スランマン大帝の覇業を支えた幾つかの魔導具こそがそれである。魔導具のうち、あるものは未だにアリスラン大宮殿の宝物庫に眠り、あるものは帝国の錬金術師達によって劣化コピーを作られ、またあるものは行方不明になっていた。
魔物を刺激し、スタンピードを巻き起こす魔法の笛は、スランマン大帝の死後、長らく行方不明になっていた。
行方不明の間、笛がどのような経緯を辿って、その場所にたどり着いたのか誰も知らない。
その笛がふたたび歴史に登場したのが、ビルネンベルクのスタンピード誘発事件である。しかし、あまりに効果がありすぎたことに気がついた笛の使用者は、事件の首謀者であったエドヴァルド・ハイネの粛清を恐れ逐電したのだった。笛を持ったまま。
そして、再び姿を消した笛をフロリアはセバスチャンに命じて、ずっと捜索させていたのだった。
とは言え、起動させない限り、単なる笛にしか見えない。この広い世界の中の一本の笛を探し出すことなど、流石のセバスチャンにも不可能であった。
笛が起動した際の魔力波は、広範囲から魔物を集める都合上、相当に広範囲に流れる。したがって、ベルクヴェルク基地が張り巡らした魔力の監視網に引っかかる可能性は高く、そうすれば笛の現在位置も判明するのであった。
ただし、それは新たなスタンピードの発生を意味するのであるが。
「スタンピードの笛? それじゃあ、このスタンピードは?」
「はい。現在の魔物の集中は数時間前に笛が使われた影響が出たものと思われます。そして、つい先程、新たに笛の起動を確認致しました」
つまり、現在撃滅しつつある魔物の群れでおしまいではないということだった。
「大変!!」
フロリアはマジックレディスに意見を求めることにした。
出し惜しみをしても仕方ないので、久々に収納袋から、ずんぐりむっくりのゴーレム、リキシくんを5体出すと、とりあえず魔物の殲滅を命じた。機動性に難のあるリキシくんだが、長時間の駆動は可能である。
操縦者無しで複数のゴーレムが自律的に動いている様を見せたくはなかったのだが、仕方ない。なお、アシュレイと合同で苦労して作ったゴーレム達をセバスチャンらによる改造を受けさせるのは良しとしなかったフロリアだが、人工人格のブラッシュアップは認めたので、現在のこの世界のレベルからすると考えられないほどの自律行動が可能になっている。
リキシくんに戦線の維持をさせている間にマジックレディスに集まって貰い、野外での臨時の作戦会議を行う。
フロリアの魔法の笛の説明に「そんな魔導具なんかがこの世に出回っていたのか?」「そう言えば、確かにセバスチャンは料理の鋼人の麹菌とかを提供したって言ってたけど、そんな魔導具なんかも渡してたんだ」「数時間ごとに使われたら、やばくね。このスタンピード、いつまでも終わらなくなるんじゃ……」「そう云うことになるますね」「よおおし、私が取り返して来てあげるよ。セバスちゃん、どのあたりに笛使いは居るの?」等々の意見が出される。
5分後。
モルガーナの提案が採用されて、モルガーナ、ソーニャは笛奪還任務を帯びて、戦場を離脱することを、アドリアが決断した。
「任せといてね、フィオちゃん」
「最悪でも笛は破壊します」
2人はセバスチャンの誘導に従い、元気よく走り去っていった。
「さ、これでこっちの戦力は減ったってことになるよ。気合を入れて行くよ」
「はい!!」
アドリアの檄に応えるルイーザとフロリアであった。
***
進路を邪魔する魔物のみを討伐しながら、モルガーナとソーニャはセバスチャンから明示された場所を目指して走る。
雨はひどくなっていって、徐々に視界を奪っていく。
「ちょっと面倒になってきたな」
「でも、道案内が居るのはありがたいですよ」
「それは確かに。
雨の分、探知魔法の誤差が大きくなってるから、気をつけなきゃ」
探知魔法の精度が落ちることで、目標の魔法使い以外のものを目標と誤認するのはまだ良い。目標の魔法使いを見逃してしまうことで逃がしてしまったり、最悪の場合不意打ちを食らったりするのが怖い。
まあ、その辺はセバスチャンがサポートしてくれると思うんだけど……。
「そろそろ笛が起動された場所でございます」
フロリアが居ないので、セバスチャンとはスマホ(型の魔道具)経由で情報のやり取りとなる。
「うん。誰も居ないよ。どれぐらい前に発信したのさ?」
「15分ほど前でございます」
「魔法使いとなると、結構な距離を移動出来るな。人工衛星とかいうやつで今の場所って分かんない?」
「あいにく、夜間で視認性能が落ちている上に厚い雲に覆われておりまして……」
「あ、そうだっけ。ねずみくんたちは?」
「展開させておりますが、今のところ発見出来ておりません」
「困ったな。どうしよう、ソーニャ」
「こちらでは? かすかに魔法の痕跡があるように思います」
「うん。……そうかな。特に感じないけど……。あっ! あった、あった! こいつらか!」
「追っかけましょう」
「よし来た。相手にも気取られるの覚悟で、P90を出したまま追うよ!」
ただでさえまばらな灌木が白っちゃけた地面にパラパラと生えているだけの、見るからに貧しい、殺風景な土地である。
そこで冷たい雨が降り続き、夜間で周囲もよく見えない。
そうした状況での追撃戦は思ったよりもモルガーナ達の体力を奪う。
「ちょっとマズイな。ソーニャ、着替えた方が良さそうだよ」
「ええ。流石にちょっと寒いです」
北の生まれであるソーニャですらもここの気候は少々、厳しいようだった。
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