第402話 戦闘開始
どういう気の迷いだったのか、あとになってフロリアはとてもとてもとても後悔することになった。
マジックレディスも、あまりこのロレーン・アルザル地方という場所に居ることを知られないほうが良かろう、ということで普段とは違う服装をそれぞれ選んでいた。
年長組は戦争映画に出てくるような特殊部隊の格好で、髪の毛を束ねてメットの中に仕舞い、体にはタクティカルベストっていうそうだけどポケットが一杯着いたナイロンのベストを着込んでいて、体形を誤魔化している。
色合いも濃いグレーで男のように見える。
モルガーナは何故かくノ一の衣装を選ぶ。けっこう布面積が小さめなセクシータイプだったのだが、ルイーザに「怪我しますよ」と言われて、もうちょっとおとなしめになった。
問題はソーニャ。
裾の短い、フリフリが一杯付いたかわいい服を選ぶ。普段のソーニャの服の方向性とは随分と違う。いわゆる魔法少女っぽい服。
で、セバスチャンが出してきたのが、そのソーニャの服と同じデザインで色合いはピンクを基調にしたもの。ソーニャがブルーなので、「おそろいだね。これで決まりだ!!」とばかりにモルガーナに押し切られてしまった……。
そう言えばソーニャは休日の朝に放送される魔法少女のアニメのブルーレイを好んで見ていたと思い至った時にはもう遅かったのだった。
渋々、着てみると足がスースーする。いや、前世の女子高生のころは制服のスカートはもっと短かったのだけど、もうその頃の自分とは違う。
膝上丈のスカートって、ソファみたいな背の低い場所に座ると奥の方まで見えてしまいそうになる。
「せめて、スパッツを下に穿くとか……」
「それはシリーズの中でも3組程度しかいません。他は画面には映ること無いので」
「……ソーニャ。お兄ちゃんを思い出す……」
そんなことを言っていたら、セバスチャンが宣告した。
「皆様方。スタンピードが始まったようでございます」
感情を感じさせず、常に平坦な声で話すセバスチャンなのだが、この時は不思議と緊張しているように聞こえた。
聞いている方が緊張していたためかも知れない。
「どこ?」
「両国の暫定的な国境です。ローレンブルクからもアルザーレンからもほぼ同距離の5キロほどの場所に魔物が集結しつつあります」
「集結?」
腰を浮かせる若手組を、ルイーザが制する。
「まずは情報をしっかり確認しましょ」
「で、スタンピードのボスは?」
「ボスらしき個体は確認出来ていません。おそらく2時間ほど後には集団の数が一定数を超えてスタンピードが始まると予測できます」
「魔物の種類は?」
「ゴブリン、オーク、魔狼が中心で、オーガも少数集まりつつあります」
「まあ、定番の魔物よね」
「……スタンピードの発生って、よくわかんないことが多いもんだけどね。でも、私が知っている限りの発生パターンと違うみたいね」
「でも、この種類だったらいきなり全力を尽くさなくても抑えられそうですね。機動歩兵は予備戦力として置いておきましょうか?」
「そうだね。ともかくあまり姿を見られたくないんだから、町の前で待つんじゃなくて、結集しているところに殴り込もうか」
「それが良さそうですね」
ただし、どちらの町もそれなりに城壁は高いのだが、とにかく守備のための戦力がいない、という点を考慮してトパーズとモンブランの眷属を出して貰って、それぞれに町の城壁の外あたりに配置することにした。
撃ち漏らした魔物が町を目指した場合の抑えである。
「良し、それじゃあ、ぼちぼち蹴散らしに行くか!!」
アドリアの一言で皆、立ち上がる。
「へへっ。P90を使えるかな」
モルガーナが笑う。
***
国境を挟んでいるとは言っても別に線が引いてある訳ではない。
他の場所と同じで単なる野原に過ぎないが、ここが何度も戦争の原因となった土地である。
これが現代の地球だったら、それぞれの国境警備隊が自分の国境側に駐留して目を光らせているであろう。
しかし、この世界ではそれだけの国軍の兵士の数を確保していないということもあるし、下手に兵士を置いておくと、功績狙いの指揮官が勝手に戦いを始める可能性が高いということもあって、敢えて無人に近くなっている。
「殺風景なところだねえ」
「姐さんたちは南の国に住んでいるからそう感じるのだと思います」
そろそろ年の瀬が近くなっている時期。そうした時期にこんなに北の方に来たのだから、緑が少なく薄ら寒い雰囲気の土地にくれば、殺風景と感じるのは無理もない。
「うん? ああ、集まってきてますね」
ルイーザが前方に遠く視線を投げる。
フロリアも視線を送ると、確かに魔物がうごめいているのが見えるし、感知も出来た。
すでにトパーズもモンブランは眷属を召喚していて、その眷属たちはそれぞれの町の外に向かっている。
特にトパーズの獣達が下手に住人の目につくと、彼ら自身が魔物扱いされてしまうので、あまり近くによらないようにはしている。
「この程度なら、フィオちゃんのゴーレムも要らないでしょ。さっさとやっちまおうぜぃ!!」
モルガーナはそう言うと、スタタタタと忍者走りで魔物に向けて走る。
他のメンバーも、比較的広がりながら魔物に高速接近する。ベルクヴェルク基地で作った魔導具の靴に付与した能力によるものなのは言うまでもない。
フロリアもシルフィードを使った高速移動は使わない。
魔物の方でも、魔法使いたちの接近に気がついて、歯をむき出して威嚇する。
先頭をはしるモルガーナは収納からP90を出すと、走る速度を落としながら銃を構えて、一度に数発ずつ、数秒を開けながら撃つ。
その都度、ゴブリンやオークが倒れていく。
他のメンバーもそれぞれ散って、P90による射撃に移る。
野っ原で隠れるような場所もないのだが、そもそも隠れることもしない。ゴブリン、オーク、魔狼は飛び道具を持たないので、それで困ることもない。特に足の早い魔狼が銃撃をくぐり抜けて、マジックレディスに飛びつこうとするが、それを許すようなメンバーはもちろん1人も居ない。
近づいた分だけ、魔力弾にあたりやすくなるだけである。
トパーズはフロリアの近くに待機していて、自ら獲物に飛び込もうとはしない。ゴブリンやオーク程度では食指が動かないのか、誤ってP90で後ろから撃たれるのが嫌なのか……。
50発ごとにカートリッジを取り替える必要があるが、各自が持っている双方向収納袋から際限なく新品が供給されるので、あまり残弾を気にせず撃ち続けることが可能。
それでも、トリガーハッピー気味のモルガーナでもカートリッジを20本近く空にしてから、ようやく「そろそろナイフの出番だぜ」とP90をしまうと、お得意のナイフを両手に逆手に握ったアサシンスタイルに切り替えて、オークの群れに飛び込む。
「うん?」
フロリアは少し立ち止まると、頭を振る。
気の所為だろうか……と思い直し、再びP90を構えるが、その時にトパーズが「いや、確かに変だぞ、フロリア。セバスチャンに聞いて見ろ!」と唸る。
そして、フロリアの側から聞くまでも無く、「ご主人様。以前にご指示を頂きました魔導具の笛の発動を確認いたしました」という報告が入った。
いつも読んでくださってありがとうございます。
この章はここで終わりです。
次からは、フロリア達にとっても長く苦しい戦いが始まります。




