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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第3章 ビルネンベルクへ
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第40話 分岐の町

 分岐の町までの往復は、取り立てて前回とは違った点は無かった。ただ、まだ寒くて氷雨が降ることが多かった2月に比べると、今回は7月に入ったところで天候も良く、道もぬかるむことも無かったので、あまり揺れないのが有り難い。

 それでも初日に2~3回、轍に嵌まるが、いずれもフロリアが5分も掛けずに土魔法で地面を均して馬車を脱出させる。

 その後は、フロリアはちょっと思いついたことがあると言って、一番前の馬車の御者席の隣に座って、前方に荒れた地面を見つけるとあらかじめ轍を均しながら進んでいくという形をとるようになった。


 ジャックはそれを見て、「とんでもない魔力だな。確かに土魔法で轍を均す魔法使いというのは以前に一度見たことがあるが、あの時のあいつでも一日に数回やるとそれで限界だったぞ」と呆れる。


 フロリアの出番はそれだけではなく、毎朝、毎夕、ふんだんに熱いお湯が使えるとか、3食出来たての柔らかいパンとスープ――それも同じものばかりではなくヴァリエーション豊か――が準備出来るとか、テントや食事用のイス・テーブルを組み立てたりバラしたりという手間抜きでそのままの形で収納できるとか、色々と細かい仕事はあった。


「こんな快適な旅に慣れたら、元に戻れない体になっちゃう」


とイルゼが前回に続いて、嘆息する。


「確かに、今回もフロリアが同行すると言われた時には、みんな飛び上がって喜んだものな」


 ジャックも頷いている。


「ま、あまり気にせずに、ノンビリと過ごすつもりで往復の旅を楽しむが良いさ。お前さんも宿の部屋に籠もりきりじゃあ、気が晴れないだろう? ビルネンベルクに戻ったときにはきっと良い塩梅になるように代官様やらギルドマスターやらが取り計らってくださってるさ」


 クリフ爺さんも気楽な調子である。

 現在の町の代官とギルドマスターはもともと、町の冒険者で功績を上げて領主である伯爵に請われて現在の地位についたという。

 クリフ爺さんも若い頃は冒険者をしていたそうで、彼らの駆け出しの頃を知っているが、その頃からシッカリした人柄で信頼出来るという。


「ま、彼らにしても、商業ギルドのイザベル婆さんにしても、もちろん欲得ずくの計算はあるさ。だけど、そうした計算抜きだと称しながら優しくしてくる奴なんぞ、却って信用できんわな。

 自分たちの得にもなることだから、きっちりとお嬢ちゃんに手出し口出ししかねないような連中は全部、言い含めて大人しくさせておくだろうさ」


「あの神父さんもですか?」


「う~む。あの爺さんだけは無理だろうなあ。だが、あいつはお嬢ちゃんを他の者に取られたら、己の手柄にならんから、他所から仲間を連れてきたりなぞはしないと思うぞ。あれ1人だけなら空騒ぎぐらいしか出来ぬ。

 後は、カイの奴か。だけど、あれはお嬢ちゃんが自分で懲らしめたという噂だぞ。これ以上の悪さも出来んだろうし、そんなに心配はいらないんじゃないのかのう」


 クリフ爺さんが気楽に話しているのを聞いていたら、フロリアはなんとなく、なんとかなりそうな気がしてきた。彼の家族の「渡り鳥亭」の面々も気にかけてくれるし……。


 その夜、皆が寝静まってから、フロリアはトパーズと話をした。


「魔法使いはとにかくしつこく狙われるのだろう? 大丈夫なのか?」


「魔法使いにも色々あるからね。今のところ、私は町のみんなからは多少の土魔法や水魔法が使えて、カイをやっつけたから攻撃魔法も使えると思われているぐらいかな。それもカイが自分がやられたのを詳しく話すわけ無いから、憶測ばっかりだと思う。収納スキルは、町に来る時の交易隊の人たちに知られているから、そこから漏れてるかも。

 でも、ポーション造りは知っている人はみんな黙っていてくれそうな人ばかりだし、亜空間はリタには教えちゃったけど、後は秘密にしていれば良いし、すごく希少価値のある魔法使いだと迄は思われてないと思うよ」


「そうか、それなら良いが」


 フロリアは自分が常に身軽な格好で行動していて、森に採取に行くときでもちょっと大きめのカバン1つだけなので、希少価値の高い収納持ちではないかと疑っている観察者も多かった。口に出さないだけで……。

 フロリアは相変わらず、自分の価値の見積もりが甘かったのだった。


 分岐の町に着いたのは予定通りの5日目の夕方。

 すぐに町に入城して、ハンスはそのまま取引先へ。「剣のきらめき」の面々は定宿にしている旅籠に行く。クリフ爺さんたちは商業ギルドの御者向けの宿に泊まるそうだし、同行者はここで別れることになっていた。

 フロリアはイルゼに誘われて、「剣のきらめき」の宿に一緒に投宿することになった。部屋はイルゼ、エマと同室ということになった。この宿は日本でいうところのゲストハウス形式で、食事は食材持ち込みで共有の炊事場で料理して勝手に食べるという形式であった。部屋も本来は相部屋なのだが、ちょうど3人部屋を確保出来たので、問題無かった。ちなみに男性組は4人部屋だったが、お客があまり多くない時期で、ジャックとパウルだけで1部屋使えたので、こちらも問題無かった。

 それで、ジャック達の部屋の方に集まって、夕食を食べる。

 

 その日の夕食と翌朝食はフロリアの収納に収めた食事(のうち、商人のハンスが出資していない分)で済ませて、その後、市場にみんなで買い出しに行く。

 フロリアはこの旅が決まってから、ビルネンベルクの冒険者ギルドには寄ることが出来なかったので、この町の支部にまず立ち寄って、宿泊費と買い物費用を引き出す。大した金額ではなかったが、やはりまだ10~11歳ぐらいに見える少女が引き出すのは注目を集める。だがイルゼとエマが同行してくれたので、変な付き纏いなどは居なかった。


 市場の品物は基本的にビルネンベルクと変わらないのだが、ビルネンベルクの周辺は作物の実りが良くないので、この町から運ばれる品物も多く、そうしたモノは輸送費の分だけこの町の方が安かった。

 ジャックとパウルは、その間、冒険者ギルドの支部に隣接した武器屋兼雑貨屋に行っていた。雑貨と言っても、売っているのは野営したり、長い距離を旅をするのに必要なもので、完全の冒険者向けの店であった。

 ジャック達は古くなった革の防具の代わりや、火打ち石を買ったりしていた。フロリアは収納に眠ったままの自作のマグネシウムの火打ち石を出そうかと思った。ニアデスヴァルトの商業ギルドのクレマンから取り返してから、ずっと忘れていた。

 だが、下手なものを出すと、また騒ぎになるかもしれないので、少し悩んだが、結局黙ってみていることにした。


 皆でお昼を食べてから、ハンスの元へ打ち合わせに行くと、ジャック達がちょっと離れた隙にフロリアに「折り入って頼みたいことがある」と言われる。

 仕入れた商品が多すぎて、馬車に載りきらないので、フロリアに預かって欲しいというものだった。

 フロリアは何も考えずにあっさりと承諾したが、後でジャックから「ハンスの旦那は最初っからお嬢ちゃんに預からせるつもりで荷を余分に買っているのだ。そうした時は断らなきゃ駄目だ。そうでないと、どんどん取り込まれて便利使いされるだけだし、そもそもそんな仕事を受けると御者の仕事を奪うことになるんだぞ。ま、今回はもう承諾したから仕方ないが……。それに、承諾する時に、預かり賃の交渉も碌にしないのも良くないな」とお説教をされる。


 凹むフロリアだが、まあハンスの旦那なら、そんなに無体なこともしないだろうから、今回は勉強だと思うんだな、と一通りお説教の後でパウルが慰めてくれた。


 出発の朝。

 フロリアが預かる予定の荷物は、量はだいたい荷馬車半分程度で、中身は日持ちのしない生鮮品ばかりであった。確かに時間停止の出来る収納を当てにした仕入れだなあ、とフロリアは呑気に感心している。

 荷馬車半分という量はフロリアの収納の容量がハンスには読み切れて居なかったからという点が大きい。

 もし容量はほぼ無限大と言っても良い、と知っていたら、ハンスは分岐の町のギルドで、己の信用ギリギリの借金をして、全て仕入れにあてたことだろう。

 収納する時に他人に見られることが無いように、とハンスは言い訳しながらフロリアを別の蔵に連れて行く。確かに幾らこれから旅立つ町であるとは言え、他人に収納持ちだと知られるのは良くないのだが、実際にはそれ以外に御者達に荷運びをやっていると知られないようにという意味合いの方が大きかった。

 こんなことをしたと知られたら、御者達の間でフロリアが疎まれるだけではなく、ハンスの株が下がるのだ。

 

 出発自体は支障なく、良い天気の下、フロリア達はビルネンベルクを目指して分岐の町を出た。

 帰路の食事は、分岐の町でハンスが提供した食材を、予めフロリア達が宿の共有の炊事場で調理して、どんどん収納に仕舞っておいた。

 これまた、他の泊まり客に知られると収納目当てでフロリアにちょっかいを掛ける人間が出てくる可能性があるので、かなり気を使って、他の客が居ない時間帯を見計らって作ったのであった。


 帰路も順調に進む。

 往路で、道を均しながら進んだためか、クリフ爺さんによるととても馬車を御しやすいらしい。


 クリフ爺さんには、領地貴族から街道整備を請け負えば儲かるかもしれんぞ、と言われる。


 翌日にはビルネンベルクに着くという日。夕方に休憩所について、野営のための準備を始めようとした時――。

 フロリアはジャックの元に行って、「尾行されています」と報告した。

いつも読んでくださってありがとうございます。



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