第399話 王太后の話
「はい。以前にこの国に住んでいた頃にお名前は聞いたことがあります」
ヴェスタ―ランド王国では、タチアナが故国に帰ってからも、その予知能力で何度も王国の危機を救い、国民を守ったということで未だ敬愛されているのだった。
「それに、つい最近もフライハイトブルクで、ギルド連合会会長のマルセロさんからお名前を伺いました」
「ああ。アドに頼んだ件ね。あまりにあやふやな依頼だから、私の名前ぐらいは出さないと断られると思ったのよ」
「それでは、私に指名依頼を出したのはやはり王太后様なのですね」
「ええ。形式的にはアドにお願いしたんですけどね。私の兄のミハエル(ミハエル5世・現スラビア国王)に頼んでも良かったんですけど、あの人とあなたとでは接点が何も無いですからね。
その点、アドなら昔なじみのお弟子さんということで繋がりならあるでしょ。だからアドを通したの。
それに、今回の件は両国に絡んでくる話になりそうだから。ね」
王太后の言葉になんと答えて良いのか判らなくなる。
ヴェスタ―ランド王国、スラビア王国は昔は幾度か干戈を交えることもあったのだが、この数十年は冷戦状態ではあるものの、一触即発ということはない。
さらに言えば、このタチアナ王太后の存在である。
タチアナがヴェスタ―ランドに嫁いだのは、言うまでもなく政略結婚であったが、その結果は両国にとって実りの多いもので、少なくとも彼女が存命のうちは両国が戦うことは無いだろうと言われている。――と、以前ビルネンベルクに住んでいた時に、商人のハンスさんに言われたことがある。ハンスさんはいずれはスラビア王国にまで取引先を広げ、名産品の雪狐の毛皮などを仕入れたいと思っていると語っていた。
だから、タチアナに「どうしたら2つの国が本格的な争いになるようなことが起きると思うかしら?」と問われた時、フロリアは社会科の授業を受けているような気分になりながら「王太后様がお元気な限りは両国は相争うことはない、と聞いております」と答えた。
タチアナは上品に笑うと、「ええ、そのように思ってくれる民は多いですね。ありがたいことですよ」と言った。
「でもね。そんなに簡単なことでも無いんですよ。戦争というのは本当にくだらない理由で発生することだってあるの。
……あなたは、ロレーン・アルザル地方って知っているかしら?」
フロリアは頬を赤らめて「すみません。初めて聞きました」と答える。
「まあまあ」
タチアナはコロコロと笑うと「考えようによっては、庶民はもう知らないということは、それだけ平和が守られているということになるのかしらね。でも、お嬢ちゃん。あなたのように将来はSランク冒険者として国を股にかけて大きな仕事をするのであれば、知っておいた方が良くってよ。たとえ、遠くの自由都市連合で暮らすのにしてもね」と言った。
そして、タチアナはこの地域のことをフロリアに教えてくれた。
このロレーン・アルザル地方は、スラビア王国とヴェスタ―ランド王国の国境沿いの北側の小さな地域を指す。
この地域は比較的豊かな鉱山が昔から存在していて、非魔法金属の鉄鉱石を多く産出し、魔法金属では両国のある地域では非常に珍しいコバルトの産地になっている。
アリステア神聖帝国が近隣諸国からひどく嫌われているにもかかわらず、国交をと切らせる訳にいかないのは、この帝国が鉱山都市アルジェントビルを抱えているからである。 その事実からも判る通り、魔法金属は極めて希少で重要で、国運を左右しかねないものなのである。
それを少ないとは言え産出し、さらに鉄についても有用性は言うまでもない。
特殊な用途以外の日用品(ナベカマの類い)からちょっとした工業製品、例えば井戸の滑車や軸受、馬車の車軸受け、建物を建てる時の釘やネジ、農具、そして剣や兜、鎧などの武具に至るまで鉄の用途も果てしなく広い。
従って、ロレーン・アルザル地方の重要度は非常に高いのである。
そして、得てしてこういう重要度の高い地域というのは国境近くにあることが多い。
この地方は現在、ロレーンがヴェスタ―ランド、アルザルがスラビアの支配下にあるが、元々は一つの地域であって、両国が完全な領有権を主張している。
これが両国が幾度か干戈を交えることになった主原因であり、今は痛み分けという訳ではないのだが、こうして一つの地域を2つに分けて占有している。
「そもそも、私がこの国にお嫁に来たのって、何度かの戦争でお互いに国力が疲弊したので、なんとか今の形で地域を分割して統治するのを根付いてくれたからなの。
ま、いつまたこの地方で騒動が起こるか判らないから、それが全面戦争にならないようなストッパーの役目って言うわけね」
「幸いにも、いまの分割統治がうまくいっていて、私が国に戻ってからもここが不安定になることはなくて、どうにかこのまま落ち着いてくれると思っていたの。
でもね……」
「なにか、あったのですか?」
「これからあるのよ。多分、もう今日の夜とか明日ぐらいに」
「……それが私とどういう関係が?」
「多分、起こるのはスタンピード。ロレーン・アルザル地方のヴェスタ―ランド王国側の都市のローレンブルクが危険ね。
でもスタンピードの規模にもよるけど、すぐ近くのアルザル地方のアルザーレンも危ないわ」
「そこまで判っているのなら、すぐに防備を固めるとか、スタンピードの発生源をあらかじめ叩くとか……」
「ええ。普通ならそうするべきなのですよ。だけど、この地方には両国の条約で軍の立ち入りは禁止しているの。
治安維持に最低限必要な衛士はそれぞれ町に詰めて居るけど、それだけ。
鉱山や鉱物の輸送なんかも安全確保は冒険者のしごとになっているぐらいで、とにかく軍は動かせないし、冒険者の討伐隊も大規模なものなんかは作れないのよ。そもそも冒険者の質もそんなに高くないという話だし」
「それは……」
それで値打ちのある鉱物資源がおおく算出するのなら、盗賊の良い稼ぎ場になりそうなものであるが、意外にも盗賊は少ないのだという。
「だって、コバルトはごく稀にしか産出しないから……。鉄鉱石みたいなものは確かに重要だけど、製鉄出来なければただの重たくて処分にこまる岩の塊というだけ。そして製鉄出来るところなんて限られているんだから、盗品を持ち込むのは出来ない。
となると、盗賊にとっても美味しい獲物じゃないの」
なるほど。それで冒険者も稼げる能力のある者は他に行ってしまうだろう。
そして、そういう状況でありながら、スタンピードで町が壊滅したら、どちらの町であっても大打撃である。
「困ったことに両国には、それぞれ根強く戦争推進派がいるのよ。最近は平和が続いているから、特に軍系の役職に就いてきた法衣貴族なんかは出世の糸口が欲しくて戦争を待望しているわ。
アルザーレンもローレンブルクも万が一にでも、壊滅するようなことがあれば、それが戦争の発火点にならないとも限らないわ」
タチアナは息を吐くと
「長々とゴメンナサイね。これであなたをわざわざ呼び寄せた理由が判ると思うけど、なんとかスタンピードを止めてほしいの。
まだあなたが未成年だということは判っていますし、こんなことを個人に頼むなんて随分と虫の良い話だとも思います。
でも、他に手を思いつかないのですよ。
あなたなら、ビルネンベルクの実績だけではない、モルドル河の水龍も、クラーケンも、そして怒りの山の近くの飛龍も討伐した経験がある。
あ、大物狩りはもちろん、マジックレディスの有名な雷撃のアドリアのしごとになっているのは知っているわ。
でも、あなたが果たした役割も小さくはないのでは無いかしら」
そして、タチアナは黙った。
数分後。
「条件があります。方法は私に任せて下さい。王国の方の見張りや助力もいりません。そしてどんな方法を使ってスタンピードを止めたのか、後で報告することもありませんがそれを了承して下さい。もちろん、戦争の火種になりかねないような真似はしないことは約束します。
それから、止めたのが私だと世間に知られることはできるだけ避けたいです。全く秘密ということは出来ないかも知れませんが、国の方で箝口令を敷いて頂ければかなり違うとおもうのです」
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