第395話 故国への帰還2
ヴェスタ―ランド王国の王都ヴァルターブルクの城外、徒歩で1時間程度の場所にフロリアは転移した。
魔法陣はすぐにねずみ型ロボットが収納して、フロリアの眼につかないところに隠れる。感知魔法にもあまり引っかからないようにしているが、それでもなんとなく、近くに居ることが感じられる。
いきなり王宮を訪ねることはしない。
そんなことをしても門番に追い払われる。仮に招待状なりを提示して城内に入れたとしても、冒険者の身なりをした少女が国王に会いに来たらあっという間に噂になる。
しかも、実際に王に会えるまでにはどれぐらいの時間が掛かることか。たとえ、王がすぐに自分の元に案内せよと通達を出していても、下手すれば数日ぐらいはあっという間に掛かってしまうだろう。
というわけで、フロリアが王宮を訪ねることはしない。
フロリアには、王国の法衣男爵でアダルヘルム国王の元冒険者仲間のオーギュストが経営する町道場を訪ねるようにとの指示がでていた。
オーギュストは以前にはるばるフロリアを探して、フライハイトブルクまで訪れた経験があり、面識がある。
オーギュストの道場は、冒険者志望の若者に実戦的な戦闘方法や冒険者の流儀、厄介な依頼人との付き合い方などを教えるというもので、正統的な剣術や槍術を教える道場とは違う。
なので、軍などで身を立てたい若者には用がないが、冒険者志望の若者などはたいてい貧乏でまともに謝礼も払えないことが多い。
しかも、冒険者なんて習うものじゃなくて、実戦で覚えるものだという風潮もあり、よくもまあ経営が成り立つものだと陰口を叩かれていたが、信用できるパーティメンバーを探したり、鍛冶屋や道具屋にツテが欲しい連中が集まってくるので、それなりになんとかなってしまっていた。
それに道場主が国王の冒険者時代のパーティメンバーで、現在でも親交があるという噂もあって、それも道場の生き残りには少なからず影響を与えていた。
その道場主がしばらく前に、道場を人に任せて旅に出てしまった、と思ったら、若い女性2人を連れ帰り、しかもその2人ともが道場主の子を孕んでいるとなって、大いに王都の下町で話題になった。
そうした訳で、その道場に冒険者志望と思われる若者が訪問することは別に珍しくもなんとも無かった。
ただ、まだ未成年と思しき少女で、特に戦闘が出来るとも思えない風体。そもそも武器も持っていないとなると、道場でたむろしていた少年達がざわめきたつ。
その少女の瑞々しい果実のような美しさもさりながら、武器も持たないで冒険者ということは魔法使いの可能性が高い、ということである。
魔法使い、いや魔力持ちレベルであっても、有用な技能持ちをパーティメンバーに迎えられたら、どれほどの戦力増強になることだろう。
しかも、それが可愛い少女となれば……。
受付というものがないので、多分管理係でもやっているのだろうと思しき、ちょっと年かさの男性に「オーギュスト男爵様にお会いしたいのですが」と訪ねる。
男性は慣れた様子で、「ああ、束脩は3銀銭、それと毎月5銅貨になる。細かい規則などはそちらに貼り出してあるから、読め。字が読めないなら、その辺の奴に聞け」とフロリアの目も見ずに言うのだった。
こちらの世界の、接客応対の類いというのは貴族や金持ち相手になると極端に違うのだが、庶民どうしならどこでもこんなモノ。特にこの男性が横柄という訳ではない。
いや、一応は男爵家の家中という立場になるのだろうから、庶民に―特に小娘にしか見えないフロリアに対してこの程度の応対ならむしろ良い方かも知れない。
それでも、ついこの間まで日本に行ってきたばかりのフロリアは少しばかりカチンと来る。
「うん? どうした? お前、耳が聞こえないのか?」
その場から動かないフロリアに不思議そうに顔を上げる中年男性。
「私は男爵様にお会いしたいのです。手紙も預かっております。取り次いでいただけないでしょうか?」
と、マルセロから預かってきた手紙を出す。
顔見知りなのだから、改めて紹介状とか大げさな、と思ったが、なるほどオーギュストにも簡単には会えないのだから、紹介状が必要なのだろう。
「おい、男爵様は平民の娘なぞにお会いにならない。いま、忙しいのだ。お暇ができたら道場にお顔を出されるので、その時に出直せ」
「何時、お越しになるのですか?」
「お暇が出来た時だ。私が知るか!」
と鬱陶しそうに手を振って、追い払う。
実際、以前はオーギュストはできるだけ道場に顔を出して、「面倒な爵位なんぞを貰っちまったが、俺はもともと平民だ。気後れすることなんざねえんだよ」と言いながら、若い弟子たちと汗を流したりしていた。
それが旅行に出る時に、弟子に譲ってしまったのだが、旅から戻ったらその弟子が「お師匠様。俺、道場主じゃなくて冒険者の方が良いんです」と言い出して道場が戻ってきてしまったのだ。
ちょうど若い妻2人も出来て、忙しくなったオーギュストは仕方なく、道場を屋敷(一応、王都内に男爵邸に相応しい屋敷を持っていた)の使用人の1人に普段の管理を任せて、自分は時間が許す限り、道場に出るという形にしていた。
その使用人がこの中年男で、「冒険者なんてものはお行儀の良い連中じゃねえ。他所様に迷惑を掛けない限りはあまり口うるさく言うな」というオーギュストの命令に従って、単に月謝の集金係のようにしていたのだ。
フロリアはため息をついて、「それじゃあ、お手紙だけ置いていきます。男爵にはフライハイトブルクからフロリアが来た、とだけお伝え下さいね」といって立ち去ろうとした。
ところが、中年男は別にそれを止めなかったのだが、他の若い冒険者達が黙っていない。
「ねえ、お嬢ちゃん。フライハイトブルクって、遥か南の自由都市連合だろ。どう見ても、南方の人間に見えないんだけどさ。ていうか、この辺の出身だろ」
「冒険者だろ。魔法は使える。俺等、こう見えてもけっこう手練のDランクなんだ。魔法が使えるんだったら、ちょうど後衛が居なくて困ってたんで、パーティに入らねえか? まずは試しにちょっと一緒に近場の森まで討伐に行くのはどうだい?」
「いやいや。待てよ、お前ら。男ばっかりのパーティに誘われても困るだろ、お嬢ちゃんも。うちはいま3人だけど、1人は女なんだ。お嬢ちゃんよりも少し年上だけど、良い話し相手になりそうだ。うちが良いよ」
「何いってんだ!! おめえン処のマリアンは他所に男を作って、パーティ抜けたって聞いたぞ」
「ま、まだ抜けるって決まった訳じゃねえよ。テメエんところだって、女郎屋に入り浸った挙げ句、借金で剣も装備も取り上げられるようなメンバーばかりじゃねえか。そんな処にこんなかわいいお嬢ちゃんをやれるかよ」
なんかげんなりしてきた……。何やってんだろう、オーギュストさんは。
フロリアがいい加減、大きな声を出そうとした瞬間。
「お前ら、いい加減にせぬか!!」
トパーズがフロリアの影からヌッと出てきて、周りを睨みつけた。
「ひ、ひいぃぃ」
大きな黒豹がいきなり出現したことにも驚くが、それ以上にトパーズの持つ圧倒的な迫力にひよっこ冒険者達は腰を抜かす。
「ああ、大丈夫ですよ。私の従魔です。怒らせなきゃ襲ったりしません!!」
トパーズは鼻を鳴らすと、周囲を睥睨してこう言った。
「くだらぬことで時間を取らせるな。良いな、お前ら。――それと、そこの男。オーギュストの奴めに黒豹を連れた娘が会いに来たが、自分が追い払ったと伝えろ。良いな、自分が追い払ったと正直に言うのだぞ。
私たちは急ぎの用だと言われたので、せっかく日にちを間に合わせて急いで来てやったのだ。それをお前の所為なのに"遅れた"と難癖つけられては面白くないからな。必ず正確に伝えよ」
そう言うと、トパーズはフロリアを見上げて、「さあ、さっさと行くぞ」と言った。
「うん。そうしよう」
フロリアは色を無くしている一同を尻目にさっさと道場を出ていった。
道場を出て、けっこう経ってから、そう言えば連絡先を伝えるとか、明日また来るとか言うのを忘れた、と思ったけど、今更戻るのも間抜けっぽいのでそのまま、市場に向かうことにしたのだった。
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