第393話 条件提示
「米の専売権ですか!」
世情のことに疎いように見えて、実際にはこの世界の基本的な仕組みは理解しているアドリアには、このことの意味の大きさがよくわかった。
ヴェスタ―ランド王国に米を輸出しているのはシュタイン大公国、フラール王国、カイゼル王国、チュニス連合王国など比較的南よりの国ばかりである。
もちろん自由都市連合としても輸出しているが、この連合の勢力範囲にはそれほど大規模な穀倉地帯は無いので、米類は自国内でほとんど消費してしまう。
あくまで自由都市連合の主な交易品は遥か海上輸送でもたらされた大陸外の産品と、ジューコーを始めとする傘下の各都市で作られる様々な工業製品である。
そして、複数の国に販売拠点をもつ、フライハイトブルクの大商人達がそれぞれの国で仕入れ、輸送し、販売することによる利ザヤ、これこそが自由都市連合の強さなのである。
だから、ヴェスタ―ランドで消費する米については、自由都市連合は将来有望なのは分かっていても、色々な国の商人達が自由に商売しているのを黙ってみているしかないのが現状である(もちろん、多数の国にネットワークを持つ商業ギルドは、その交易に関わり、商売の便宜を図り、安全に寄与することで多少の利益は得ているが、それは米取引だけの話ではない)。
「今後20年に渡って、ヴェスタ―ランド国内で売る米は私らが仕切るってことになるのさ。作るのはあちこちの国になるだろうけど、それを運んで売るのは私らが認めた商人だけ。この意味が判るかい?」
その専売権の又貸しを得るために商人たちはフライハイトブルクに金を払わなきゃならない。
いやいや、確かにそうなんだけど、もっと大きなことは、米を運ぶ商人たちを私らに都合の良い者だけに出来るってことなのさ、とマルセロは言った。
「もちろんどうせ大規模な交易隊を編成するんだから、米だけじゃなくてその他の交易品をたくさん持ち込ませるよ。米を扱えないでそれ以外のものしか売れない商人はずっと不利になるだろうね。
そういう商売を20年もやれば、20年後にはヴェスタ―ランド王国の貿易は自由都市連合が牛耳ってることになるのさ」
「確かにものすごい譲歩ですね。下手をすると、アダルヘルム王は将来、売国王と呼ばれることになるかも」
とアドリア。
「ああ。でもね、これは全てフロリアを取り込んで、こっちに帰ってこなかった場合の話さ。普通にフロリアを帰せば、ヴェスタ―ランドとしてはフロリアに往復の足代と依頼料を払うだけで、私らには何も譲ることは無いって訳さ。
これなら王の言うことを信じるには十分だと思わないかい」
「その約束が守られるという根拠は?」
「単なる契約魔法じゃなくて、拘束魔法の掛かった誓紙に王みずからの署名と血判を押して送ってきたよ」
マルセロは苦笑いを浮かべて、商業ギルドのアルバーノ爺さんなんか、どちらに転んでもフライハイトブルクに損はないなんて言い出してるくらいさ、と言った。
「だけど、冒険者ギルドとしちゃあ、フロリアには帰ってきて貰わないと困る。だけど、それはそれとして受けて欲しいんだよ。米の専売権云々は別としても、あの国に貸しが作れるってのは大きなことだし、それに……」
珍しく、少しマルセロは躊躇してから、こう続けた。
「もうすぐ私も引退する積りさ。ファーレンティンの爺さんじゃないけど、私もちょっと長く会長なんて職をやりすぎたからね。だから、言っていまうけど、私の抱えている予知魔法使いもね、フロリア、あんたがヴェスタ―ランド王国に行くべきだって予知してるんだよ」
マルセロが優秀な予知魔法使いを抱えているという噂は以前から流れていたのだが、それをマルセロ自身は否定することも肯定することも無かった。
アドリアもこれまでに何度も、これは予知魔法使いの予知が判断に影響を与えた案件なんだろうな、と感じることがあったが、今回はじめてそれをマルセロが直接認めたのだった。
「もちろん、断るか受けるかはお嬢ちゃんの気持ち一つさ。他の依頼と同じくね。それにさっきも言ったように、あちらの王宮で詳しい依頼内容を聞いた時点で断るのも自由だ。そういう約束になっている」
もっとも、王宮まで足を運んだらまず断る選択肢は無いだろうな、とはフロリアもアドリアも、そしてマルセロ自身も思っていたのだが。
「何時までにお返事をすれば良いのですか?」
「悪いんだけど、できれば今日中に。それまでにパーティホームに戻っても良いけど、錬金術ギルドの連中が邪魔しに来るかも知れない。だから、ここを自由に使ってもらっても良いよ。私はもうギルド本部に戻るけど、下に職員を待機させとくから、決まったら彼に言ってもらえれば良いよ」
そう言って、マルセロは戻っていった。
2人になったところで、フロリアはアドリアに「姐さん。確かにパーティホームでは錬金術ギルドの人たちが来て騒ぎを起こしたみたいです。セバスチャンがそう言っています。私の所為ですみません」と言った。
「なに、あんたの所為じゃないさ。耄碌ジジイと欲の皮の突っ張った錬金術師どもが悪いのさ。
それより、権力ボケの錬金術師達はまだ居るかい?」
「今は引き上げてるみたいです」
「それじゃあ、戻ろうかい。あ、いや、見張りが居ると困るかも。うん、ちょっと待って」
アドリアはスマホ型魔導具を出すと、ルイーザ宛に掛けた。
「あ、ルイーザ。面倒なお客があったみたいで、済まなかったね。……ああ、こっちは話を聞いたよ。それで、ちょっと話があるんだけど、フロリアを連れてそっちに戻るのはちょっとさ……。うん、こっちに来てほしいんだよ、モルガーナとソーニャを連れてね。……うん、場所は馬車を迎えに行って貰うよ……」
しばらく話した後で、通話を切ると、フロリアはここを出てはいけないよ、と言って、アドリアは部屋の外で待つギルドの職員に何事か話していたが、すぐにギルドの馬車がもう一度パーティホームに向かうこととなった。
程なくやってきた3人。
部屋に入るなり、モルガーナが「いやあ、参った参った。この馬車もあとをつけられてさ、仕方ないからちょっとばかしすっ飛ばして、まいてやったよ、姐さん」と笑う。
「あいつらはどうでも良いけど、関係ない市民に迷惑掛けてないだろうねえ」
「大丈夫だって。大したことやってないから迷惑なんか掛かってないよ、そんなに」
ケロリと怖いことを言ったかと思うと、「で、お茶菓子とか無いの?」などと言っている。
「遊びに来たんじゃないんだから、ありませんよ」
ルイーザがたしなめる。
いつも通りの騒動が一通り終わったところで、「で、ギルドの話なのだけどさ」とアドリアが切り出した。
10分後。
「ええ~~! そんなの断り一択だよ、姐さん。フィオちゃんを1人で遠くにやるなんて論外、論外」
「なんでも決めつけはいけませんよ、モルガーナ。でも、今回については私もモルガーナの意見に賛成です。
いくら予知魔法がそう促しているとは言っても、何でもかんでもそれに従えば良いというものじゃありません。モルガーナみたいに一瞬先を読むぐらいならともかく、行動を予知に頼りすぎるべきじゃないです。現に七大転生人の中には多少は予知能力があったらしい人もいたみたいですが、基本的には予知なんかに頼らず、自分の力で未来を切り開いて来たんです。
今回は以前のキーフルにシュタイン大公国の皇太子妃結婚を観に行く話とは訳が違います」
「私は、フィオちゃんの判断に任せれば良いと思います。モルガーナは1人でって言うけど、トパーズが一緒なのだから、大抵のことは大丈夫だと思います。何しろ、ヴェスタ―ランドからここまで、トパーズと2人で旅してきたんだから。
あの時よりも、フィオちゃんもすごく成長してるし、それにフィオちゃんの話だとセバスチャンだってパワーアップというか、色んなことが出来る様になってるんでしょ。
だったら、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ。
今回のことで、フィオちゃんがギルドに大きな貸しを作れることを考えたら、受けても良いんじゃないかな」
珍しく、ソーニャが意見を述べた。
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