第384話 戦い終えて
トロールが倒れて、戦闘は終結した。
まだ、飛龍の最初のブレスによる火災が鎮火しておらず、放っておく訳には行かないが今は手をつける余裕がない。
「どうだい?」
カルメーラが他には目もくれずにフロリアの治癒魔法の状況を尋ねる。
「おふたりはなんとかなると思います。ただ、もうおふたりは……」
フロリアが地面に降りた時にはすでに事切れていた。治癒魔法は別に蘇生魔法ではない。死者を蘇らせる能力など無い。
そして、まだ生命をつなぎとめていたふたり――大盾使いのミカエルとゴーレムのメンテナンスのモラレス、という名前だと後で判った。――も、決して軽症ではなく、ミカエルは盾を持っていた筈の右腕は肘から上から消失し、腹に大きな裂傷を負って腸が飛び出し、モラレスは全身を焼かれ、眼球は潰れ、手足は不気味な方向にネジ曲がっていた。
それがフロリアの治癒魔法により、癒やされていくというよりも暴力的に無理やり治療していくという感じで治っていくのであった。
直視できないほどの強い光で魔法陣を描きけが人ふたりを包み込んで、治していくのだった。その光は森の木々を突き抜けて広がり、特に上方向に伸びた光は後で数キロ離れたところにいた別のパーティにも視認されたとのことであった。
そうして、10分ほどの治療が終わり、汗だくのフロリアは「これでなんとか……」と呟いた。
「……収納魔法や強い従魔を召喚できるのが、あんたの力だと思っていたよ。こんなこともできるんだね」
カルメーラは圧倒された様な顔で呟いた。
「カルメーラさんもこちらへ。治療します」
彼女もかなり酷い怪我をしている。これまではアドレナリンが大量に出ていたので動けたであろうが、普通ならば安静にすべき状態である。
ただ、カルメーラ自身も魔法使いであるし、こちらの治癒魔法は比較的かんたんに終わった。
その間、アドリアは「悪いけど、休ませて貰うよ」と近くの切り株に座っており、残りのメンバーとモンブランの眷属達は火災に水魔法を使って消し止めている。
これは「氷結のラウーロ」の力が多いにものを言ったがそれでも火災そのものを消し止めるのはなかなか難しく、これ以上燃え広がらないように火災の周りの木々を風魔法で切り倒して、空き地にしてしまうという荒っぽい方法を使っていた。
それが一段落ついたところで、フロリアが「姐さん、どうやら飛龍に他の冒険者パーティが近寄ってきてるみたいです。ちょっと行って回収してきます」と言った。上空を旋回していたモンブランからの報告である。
トパーズが飛龍の傍で見張ってくれているけど(さすがにトパーズの収納袋では大きすぎる獲物であった)、見張っているからこそ、下手に他のパーティが手を出したら危険である。
冒険者の死骸が増える。
「ああ、それはまずいかもね。すぐに行っておくれ」
アドリアの言葉にフロリアは再び大鷲に乗って、飛び立つ。
飛龍が墜落した現場まではあっという間。確かに上から見ると、いくつかのパーティが恐る恐る近づいてきている。
彼らもこの「怒りの山」の森の最奥部まで入れる魔法使いである。収納魔法持ちや、大容量の収納持ちが居るのかも知れないし、そうでなくとも鱗のいち枚、爪の一本も剥がして持ち帰れば、けっこうな収入である。
もちろん、フロリアはカルメーラの拡声魔法の救助要請に応えなかった連中に爪の垢ですら渡すつもりは無かった。
冒険者の流儀として、助けたくなければ、或いは自分の能力が及ばないと判断したのであれば、スルーすることは決して仁義に反することではない。
だが、スルーしたのであれば、獲物の素材に対して手を伸ばすべきではない。
大鷲で近づく際に、フロリアだけだと舐められるかも知れないので、虚偽魔法と隠蔽魔法を使って、もう一人後ろに居るように見せかけながら近づく。太陽の影に隠れるように故意に高い場所から現場に近づき、真上から頭を下にせずに飛行姿勢のまま真下にゆっくりと降下するように大鷲に頼んだので、その巨大な背中が見えにくい筈である。
それでも、一流の魔法使いがゆっくりと観察したらバレてしまうであろうが、さすがに近づいてくる連中も後ろ暗いところがあるので、すぐに諦めてみんな散っていった。
"それで無くとも、十分に高価な獲物がたくさんいるんだから、ここで無理してマジックレディスと揉めるのは損だ"
と感じたのであろう。
「フロリア。今度、首輪の収納魔法をもっと容量を増やしてくれ。こいつぐらいなら簡単に入るようにな」
トパーズが唸る。
トパーズの性格として、見張り番など退屈で仕方ないのだろう。今度、ベルクヴェルク基地と相談して、付与し直すことを約束すると、飛龍の死骸を収納する。
体の半分程がアドリアの雷撃で焼け焦げてしまっているが、後はフロリアの操剣魔法による爆破攻撃や、モンブランの眷属達の風魔法はほとんど飛龍の外皮に傷を与えていない。トパーズの最後の一撃は鱗一枚を貫いている程度で周りを傷つけていない。
只でさえ、飛龍は珍しい素材なので、かなり高くなりそうではあった。
飛龍を収納し、トパーズを影に収めて、大鷲で戻ると、魔法使い達の間でこの場所を引き上げることに決まっていた。
「フロリアも感じるだろ。どうやら飛龍とトロールがいなくなって、この森の中にポッカリと魔力の空きが出来た感じだ。もうすぐ、ここを目指して、多くの魔物が集まってくる。
こっちが万全なら、丁度よい狩り場と言えないこともないけど、さすがに数が多すぎる。危険は避ける方が良いってことになったんだ」
飛龍やトロール程ではないが、決して弱い魔物ではない。そうした魔物たちのいわば飽和攻撃にさらされるようなものである。いくら強力な魔法使い揃いとは言え、遅れをとる虞れがある。
「それで、私が先行してギルマスに報告することになった。悪いけど、また大鷲に乗せてロワールまで飛んで貰えるかい?」
アドリアの言葉に頷くフロリア。パーティ以外の魔法使いが居るのに、アドリアが大技一発で魔力が枯渇して戦闘どころか、まともに数時間歩けるような状況でないことを知らせることはない(もっとも、ラウーロもカルメーラも薄々は感づいているだろうが)。
火災はほぼ消し止めていて、もう燃え広がるようなことは無いだろうし、2頭のトロールは誰かの収納袋に収められたらしく見当たらない。
なので、アドリアを大鷲に乗せて、三度飛び立とうとしたところで「待て、フロリア」とトパーズがひょっこりと顔を出した。
「どうも、魔物の集まり方が尋常ではないな。こやつらに、私の眷属を貸してやろう。フロリアもニャン丸めを貸すがよかろう」
そう言うと、黒豹の周囲に10頭の猛獣が召喚された。いずれも虎や豹、ライオンの魔物で、只でさえ強力な魔物であるのがトパーズの眷属として力が底上げされているので、1頭1頭がSランクの魔法使いと互角に渡り合える程の実力を秘めている。
フロリアのニャン丸は、そうした戦闘力は無いものの、何と言っても人語を解するのでフロリアが居ない場所でのコミュニケーションに役立つし、探知能力もそれなりに高い。
それでようやく大鷲は飛び立ったが、戦闘現場を離れるにあたり上から見下ろすと、すでに確かに魔物が集中してきているのが感じられる。小学生の頃に理科の時間にみた、白い紙の上の磁石に砂鉄が模様を描いて集まっている形を思い出すフロリアだった。
空の上に上がった時にモンブランがフロリアの懐に飛び込んできた。他の眷属達には上空から魔法使い達を見張ってもらうように頼んだが、森の中なので木々の枝に阻まれて、平地のようにはいかないができるだけやってもらえば良い。
他に空を飛ぶ魔物は居ない(というか、少々の強さの飛行魔物はモンブランの眷属の姿を見たら逃げ出してしまう)ので、何にも邪魔されることなく、順調にロワールの門の前についた。
いきなり上空から降り立った巨大な鷲の姿に警戒を隠さない門番に、ひらりと地面に降り立ったアドリアは「ああ、すまないね。マジックレディスのアドリアだ。ちょっとギルドに急ぎの用事があったので、こうしてやってきた。驚かせて悪かった」と鷹揚に話しかける。
さすがに冒険者の町の門番だけにアドリアの名前も、最近は大鷲を使うこともあることも知っていた。
ギルド証を形だけ確認すると、すぐに敬礼して門を通してくれた。
大鷲の上では半分意識を飛ばしているような状態で、蔓草で縛っていないと心配になるような状態なのに、ひと目のあるところではシャキッとして見えるのはさすがである。
ギルドの建物に入ると、すぐに受付嬢のところにいって、「ジャン=ジャックは居るかな? すぐに会いたいんだが」と言った。
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