第382話 飛龍戦
「飛龍だね。フロリア、慎重に近づいて」
アドリアがフロリアの後ろから声をかける。大鷲の上である。
「はい。大丈夫です」
救助要請の風魔法による拡声を聞いて、普段ならばアドリアはただちに救助に走り出すところであるが、この時はほんの一瞬だけ躊躇した。
ここで放っておけば、あのめんどくさいカルメーラと永久に縁切りできるかも知れない。
「ばかか、私は」
アドリアはすぐに首を横にふると、「助けに行くよ!! フロリア、手伝ってちょうだい!」と叫んだ。
何時ものアドリアに戻っている。
アドリアの指示に、すぐにモンブランと大鷲を召喚する。
モルガーナは自分が乗りたそうな表情をしたが、何も言わなかった。
大物狩りには自分よりもアドリアの雷撃の方がよほど効果的なのを知っているからであった。
アドリアは残る仲間にできるだけ早く後を追うように言い残すと、そのまま飛び立った。
接近すると、飛龍は一段と大きく禍々しく見える。
「姐さん。下にも……」
フロリアの言葉に下を見ると、森の中の一角が大きく破壊されて見通しが良くなっていた。
カルメーラの誇る戦闘用ゴーレムが3体とも破壊されて地面に散らばり、「赤いバラ」のメンバーも倒れているのが視認できた。
そして、それよりもアドリアの目をひいたのが、
「トロール!!」
トロールが2頭、暴れている。
カルメーラはどうにかまだ立っていて、トロールに攻撃魔法を加えているが、倒せるようには見えない。
一度に、飛龍、トロール2頭を相手にしたのか。魔法使いは自分1人だというのに! 馬鹿め、なぜ逃げない?
アドリアは怒鳴りたくなった。
「姐さん、気をつけて!」
フロリアが叫ぶと同時に、大鷲が急旋回する。大鷲の軌道に飛龍が飛び込んできたので避けたのだ。
「チッ! 手早くけりを付けるよ!」
時間を掛ければ、不利になる。できれば飛龍がブレスを吐く前に一気に片付けたい。
「はい!」
フロリアが答えると同時に、大鷲の後方上空に居たモンブランが眷属を召喚する。
多数の猛禽類。
ただ、呼び出したのは通常の猛禽類ではなく、体内に魔石を持った、いわゆる猛禽類の魔物ばかりである。
大鷲のように人が乗れる程の大型のものは居ないが、通常の猛禽類よりもふた周りほども大きく、精悍というよりも凶暴さを滲ませたような顔つきの鷹や鷲の仲間が、大空に浮かんだ魔法陣から次々に飛び出してくる。
"半分は飛龍の気を散らして! 残りはトロールをお願い"
念話でモンブランに頼む。
「ホゥ!」
モンブランが一声鳴くと、フロリアの指示通りに猛禽類の魔物は二手に分かれて、それぞれの仕事を始める。
飛龍を担当する猛禽類達はその周囲を猛スピードで飛び回る。ただ、実際に攻撃を加える事はしない。飛龍の分厚く固い鱗は流石に、この猛禽類達の鋭い爪でも風魔法でも斬り裂くことは出来ないのだ。むしろ、うっかり触れると飛龍の全身に張り巡らされた魔力に感電したように弾かれてしまうのだった。
「良い感じに、気が散ってるね。できるだけの速度であいつの脇をすり抜けて頂戴!」
最接近した一瞬に得意の雷撃魔法を撃ち込むのだ。
大鷲はまるでアドリアの言葉が理解出来たかのように、一声鳴くと急上昇する。空の高いところで反転して、飛龍から見ると太陽の光の中から飛び降りてくるような角度で急降下。
飛龍は膨れ上がる魔力の塊に気がついたか、太陽を見上げる。瞬膜が下りて、光を遮り大鷲の姿を捉えるが、そのときにはすでに飛龍のすぐ近くまで接近していた。
通常、猛禽類は獲物を捉える時には急降下してその手前で急ブレーキ。脚の爪で獲物を掴んでそのまままた急上昇するのだが、この時の大鷲は速度を落とさずに飛龍の脇をクロスするようにすり抜けるコースを選んだ。
その交差する一瞬。
アドリアの最大の極め技である、雷撃が炸裂した。
バリバリという雷の音に、目も眩む光にあたりが満ちるが、大鷲は下方を向いているので無事であり、そのまま森の木の枝に触れそうなぐらいまで急降下して、飛行機のタッチアンドゴーのように少しの距離を水平に飛んで、すぐに上昇した。
「どうだい、フロリア。代わりに見ておくれ」
アドリアはそう言うと、スルスルと伸びてくる蔓草に身を委ねる。上昇や降下をしている最中にはポーションを出して飲むという動作は難しい。前のフロリアの小さな背中にしがみついているしか無い。
斜め後ろ上方を見るまでもなく、離れた場所から全体を俯瞰しているモンブランの視覚情報が入ってくる。
「姐さん。飛龍の体は燃えてますが、まだ落ちません。あ、こちらに向かってくるようです」
「なんてまあ、頑丈なヤツだ。やっぱり龍種は違うな」
以前の水龍のように、口の中に雷撃を撃ち込めれば(半分ぐらいは外の水面に散ったのだが、半分は水龍の体内に飛び込んだ)、内蔵を直接焼いて、一撃で止めをさせたのかも知れなかったが、今回はそう上手くは行かなかった。
飛龍の頭が大鷲を向いたかと思うと、カッと口が開かれ、次の瞬間にはブレスが発射された。
とっさにフロリアは防御魔法を展開するが、その必要もなく大鷲はブレスを避ける。
大鷲単体では避けきれなかったかも知れないが、モンブランが指示を出していたのである。さすがに聖獣だけあって魔力の流れに対して非常に敏感であって、距離があっても確実にブレスの気配を感じ取っていたのだった。
急旋回した大鷲に振り落とされないように、しがみつくフロリア。アドリアの方は蔓草のおかげで振り回されつつも落ちることはない。
「目が回るねえ。フロリア、後は頼むよ」
「はい」
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