第381話 孤高の魔法使い2
まだ子どもだな、というのが第一印象であった。
この世界の住人はけっこう成長が早い。成人は15歳であるが、庶民ならたいていは10歳ぐらいから働き始め、面構えも大人っぽくなっていくものである。
ましてや、フロリアという少女はマジックレディスに出会うまでは遠くから旅をしてきたと聞く。それなりに大人っぽい雰囲気を予想していたのだが、その予想は外れてフロリアはまだ子どもじみた雰囲気が漂っていた。
だが、子どもっぽい顔立ちなのだが、同時に非常に整っていて奇妙な魅力がある。
いや、俺は少女趣味など無いぞ、とラウーロは首を振る。
他人が干渉してこない限り、他人に関わらない、というのがラウーロの信条であったが、気がつくと余計なことを言っていた。
"アドリアの良いように使われているんじゃないだろうな"
ラウーロからしてみるとアドリアは同じ魔法使いでありながら、自分の生き方とはまるで違う方向を向いているように思う。
だがこれまでの行動を見ていると、まだ独り立ちしてない魔法使いの少女達を食い物にするような扱いは無い。むしろ、世話をして一人前になったら独立させてやっている。
それが分かっていながら、自分でも無意識にこんなことを言ってしまっていた。
アドリアが悪く取っていたら、喧嘩になったかも知れないような言葉である。
いかん、危険地帯で何を考えているのだ。
ラウーロは首を振って、意識を周囲に集中する。少し先にトカゲ系の魔物の気配がある。
……ラウーロは狩りを終えるのは日暮れの4時間前と決めていた。今の時期であれば、午後2時には引き上げることになる。
しかし、それは野営をする場合で、彼の目から見てある程度安全に野営できるところまで徒歩で4時間近くも掛かるから……ということなのである。
今日で5日目になるラウーロの収納袋はそろそろ容量いっぱいになってきている。
普段ならこの程度でいっぱいになるようなことは無いのだが、今回の討伐では小物やあまり高価ではない魔物は捨てているというのに、これだけの成果がある。
やはりちょっと異常だな、と思う。
この「怒りの山」の周辺は、歴史上最大級の厄災とも言える大黒龍の魔力の残滓が残っているらしい。他の地域に比べて、魔物の影が濃いには以前からであったが、今回はこれまでとは全く違う。
これが変事の前触れでなければ良いのだが、と思う。
いや、そうしたことはギルドの運営に任せておけばよいのだ。
ラウーロの仕事は飽くまで効率よく稼ぐことだ。
トカゲ系の魔物はサラマンダーであったが、ラウーロの敵ではなかった。
炎の攻撃をかいくぐり、氷結魔法一発で片を付ける。
「さて、と……」
サラマンダーを収納すると、帰路につこうとした。
「!!」
いきなり膨れ上がる魔力。それと同時にドォンという地響きが伝わってくる。
距離はかなり遠い。普段の探知魔法の索敵範囲よりもかなり先出あったのだが、巨大な魔力が出現したことで範囲云々に関係なく探知出来たのだ。
地響きの後で木々の隙間から土煙が上がっているのが見えた。何者かが魔物を攻撃した、と考えて良さそうであった。
続けて数発。遠くに轟音が響く。
「派手にやっているものだ」
どれほどの魔物が出たのか、気にならないことは無かったが、あれほどの攻撃力を持っているならば、程なく討伐できるであろう。
他の冒険者パーティが戦闘している獲物を横から掻っ攫うのは一番トラブルになることが多い。
帰ろう。
やや戦闘現場を迂回するような形になる。その分遠回りになるが、仕方ない。
それで1分程進んだところで、金属を盛大に擦ったときのような金切り声が響き渡る。人間の声ではない。もっと巨大な何かが絞り出す悲鳴とも怒りの声ともつかない激しい咆哮だった。
そして、やはり木々の間から空に舞い上がる、忌まわしい姿。
「ワイバーン!! いや、飛龍か!?」
かなり遠い。3キロ、いやもっとあるか。ワイバーンならば、まだ駆け出しの頃に見たことがある。あの時は大きな町の高い壁に守られた中に居たのだが、そんなことは関係なく上空を舞う姿に恐怖しつつも魅せられたものであった。
だが、いま遠目に見ているあの姿は、あの時のワイバーンとは違う。距離にして3キロほども離れていると思うが、それでもワイバーンよりも一回り大きく、より禍々しいのがわかる。
宙に舞い上がった飛龍は地面に向けてブレスを放つ。ファイヤーボールの数百倍の火球が放たれ、数キロ離れたラウーロのところまで熱が届くような気がする。
「誰だ? あんなのと戦っているのは?」
酷い不運である。基本的に空を舞う相手というものは、只でさえ地面に貼り付いて戦うしかない人間にとっては難敵である。
ましてや、強力な攻撃魔法も通さない分厚い皮膚に、ブレスによる攻撃も可能な飛龍ともなると、パーティに強力な魔法使いが居ない限りは、いや居たとしても難しい相手である。
まともな頭をした冒険者であれば即座に逃げるのが当然であるが、下手に相手を怒らせてしまったら、簡単に逃げ切れる相手でもない。
そんなのに出会ってしまうのは不運としか言いようがない。
だが、どこかで羨ましいとも思うラウーロだった。いや、自分が出会わなくてよかったのだ。
いくらでも、さすがにソロで倒せる相手ではない。
もちろん、冒険者の流儀の問題もある。助けを求められない限りは、戦闘している冒険者の邪魔をしてはいけない。飛龍に鏖殺されるにせよ、逃げ延びるにせよ、それは当事者が決断すべきことだ。
しかし、この最奥部まで来ているパーティは、ラウーロが知る限り、いずれも強力な魔法使いが中心になっている。
ならば、その魔法使いと協力すれば、飛龍が相手であっても或いは……。
「馬鹿な。この俺がポリシーを曲げて、トラブルを自ら招き寄せるのか?」
踵を返して、飛龍がどこぞのパーティと戦っている間にこの場を離れようとしたラウーロであったが、しかし、このチャンスを逃せば、二度と飛龍と戦えることはないだろうという思いも芽生えていた。
その時、風魔法によるものだろう、「救助を求む。誰か手伝って!!」という悲鳴に近い言葉が流れてきた。
数キロに及ぶ範囲に言葉を届けるなど、戦場で将軍が自軍に号令し、敵を叱咤する時にお付きの風魔法使いに声を増幅して届けるという使い方ぐらいしか聞いたことがない。
「いまのは、確かカルメーラだったな」
いくら人付き合いの悪いラウーロでも、フライハイトブルクの有名な女魔法使いの声ぐらいは知っていた。助けを求められたのなら話は別だ。
ラウーロは現場に向けて、走り出した。
フロリアのように妖精のシルフィードの力を借りて空中を駆けるような力はないし、そもそもそういう発想をしたこともないラウーロであったが、身体強化魔法で割合に疎林になっている森の中を駆け抜ける速度は一流の魔法使いと呼ぶに相応しいものであった。
ラウーロは条件の良い平地であれば、1キロを1分半程度で走れる。これは1000走の男子の世界記録よりもずっと早いのだが、さすがに身体強化魔法と比べるのは不公平であろう。
森の中で条件が悪くとも、さほど速度を落とさずに走るラウーロだが、その視界の端を大きな影が横切る。
飛龍がこちらに来たのかと思いきや、巨大な鳥が一直線に飛龍に向かっているのだった。
「あれが、さっきの娘の従魔か」
少し速度を落として、上を見上げる。強化された視覚に、大きな鳥――大鷲の背に人間が2人乗っているのが見えた。
おそらくはアドリアとフロリアであろう。
なるほど、とラウーロは思った。
あれならば、確かに飛龍と戦えるかも知れぬ。だが、勝てるとは思えなかった。
――ラウーロは速度を上げた。
いつも読んでくださってありがとうございます。




