第38話 旅
ギルドマスターのガリオンとすっかり話し込んでしまった。
結局、当分様子見ということになった。少し、どこかに引っ込んでいた方が良いかもしれないとも話した。
「せめて、お前さんが成人していて、きっちりとパーティを組んでいたらなあ。ま、あの神父なんぞに連れて行かれることなんぞ無いだろうが、お前さんの取り込みを狙う連中が、ドタバタの隙間を狙ってくるだろうな」
これまで「剣のきらめき」や「野獣の牙」あたりに"虫除け"をさせていたのだが、それすら、"ギルマスお気に入りのパーティを贔屓して、未成年の魔法使いを囲い込んでる"という批判の対象になりかねないのだという。
――ギルマスの部屋を出て、階下に降りると、商業ギルドから職員が出張っていて、この後、そちらにも来て貰いたいという伝言を持ってきていた。
エッカルト達は、しばらく待っていたが、長引きそうだと言われ、町の外に魔物の討伐に行ったそうだ。
商業ギルドも町の大門をくぐってすぐの大広場にほど近い場所で、冒険者ギルドからもさして遠くはない。
5分も掛からないだろうか。
ソフィーに礼を言って、商業ギルドに向かう。その短い間だけでも、フロリアを見てヒソヒソと噂をする人々……。
いかに魔法使いが注目される存在であることか。
フロリアは、ずっとアシュレイと一緒に森の中に暮らし、たまにレソト村に行く程度、ニアデスヴァルトに行ったのも数えるほど。ニアデスヴァルトでは魔法使いであることは慎重に隠していたので、魔法使いという存在がどれほど人々に注目されるのか、その理解が薄かったことを改めて思い知らされた。
アシュレイからは、聞き飽きるほどに言われていたが、実際に自らの身で体験すると全然違うと、フロリアは思った。
商業ギルドでもすぐにギルドマスターの部屋に通されて、イザベルから事情聴取。
フロリアの説明を聞いたイザベルは、
「まあ、うちの若いもんに調べさせた通りだね。ったく、そのカイって魔法使いも困ったことをしでかしてくれたもんだ。だが、あんたもあんただよ。迂闊にそんなのと戦うからだ。上手な喧嘩ってのは、戦わないで勝つことなんだよ」
と話す。
「どっちにしても、いずれはあんたが魔法使いだってことは皆にバレてただろうとは思うよ。もともと、秘密を知る者が多すぎるからね。そうなりゃあ、どちらにしてもあの爺さん神父はあんたに絡んで来ただろうから、いずれは似たようなことになっただろうね。
これからはあんたがどんな魔法が使えるのか探ってくる奴らがたくさん居るだろうけど、出来るだけ教えちゃ駄目だよ。ポーションが作れる薬師だってことはハンス以外にゃ漏らして無いぐらいだから大丈夫だとはおもうけどね。
あと、しつこく近寄ってくる奴がいたら、私に言いな。相手が貴族絡みだったりすると厄介だけど、出来るだけのことはやろうじゃないかい」
それから、やはりわかっているとは思うけど、と前置きして、神父から飲み物や食べ物を勧められても絶対に飲み食いしちゃいけない、と釘を刺された。
「あの国の連中は、魔法使いにはエンセオジェンとかいう魔法薬を呑ませて、言うことを聞かせるって手口を使うからね。この国の人間にそんなことしたら、もちろん犯罪なんだけど、アイツラは自分らの教えが第一で、この国の法律なんざ大して気にも留めてないから、何を仕出かすかわかったもんじゃないんだよ」
前世でもエンセオジェンという名の薬物は有るのだが、こちらの世界のエンセオジェンとは同じなのは名前だけでまったく別物であった。どちらにしても、前世ではごく普通の女子高生であったフロリアは幻覚剤の名前なんか聞いたことすら無かったのだが。
そんなことを話していると、ドアをノックする音がして、職員が「ハンスさんが来て、ギルマスに面会を求めています」とのことであったので、部屋に通される。
ハンスはフロリアの顔を見るなり、「おお、フロリアさん! 今朝の噂を聞いて、驚いて飛んできたのです。とうとう、こうなってしまいましたか……」
そして、明後日に分岐の町に出発する予定があるので、一緒にいかないか、と言い出した。今回は、他の商人と合同ではなく、ハンスの商会単独で荷馬車が3台。分岐の町の取引先で、全ての荷をさばいて、この町で売るための荷を仕入れて、そのまま戻ってくるという。だいたい片道5日で、分岐の町で2日間。順調に行けば、12日間の旅で、護衛に「剣のきらめき」を頼んでいるのだという。
「そりゃあ、良い。しばらく、町を離れている間に、少しは逆上せている連中の頭も冷えることだろうよ。こっちも、町の代官と相談して、あんたが静かに暮らせるように考えてみるさ」
フロリアは、少し考えてから承諾した。
実は森の中に隠れて日にちを稼ぐことを考えていて、その方がフロリア自身は快適で気楽なのだが、そろそろ他の町もじっくり見てみたいという気がする。
交易隊でのフロリアの立場は、荷担ぎということにした。フロリアの年齢で護衛依頼は受けられないからで、報酬はかなり安くなるが仕方ない。今回はハンス、御者2名(馬車は3台だが1台は前回同様にハンスが御者をつとめる)、「剣のきらめき」、分岐の町に行く用事のあるビルネンベルクの市民2名が同行するとのことであった。「剣のきらめき」にはハンスとこれから打ち合わせなので、その時に話すということだった。
それで宿に戻って、リタ達に朝のことを今一度、礼を言って、分岐の町まで往復するので、明日までで一旦、宿泊を切り上げると伝える。
「あ、またお爺ちゃんが一緒だね」
とのことであった。
階下に居るとまた他の泊まり客から声を掛けられるので(実際、こちらをチラチラ見て声をかけるチャンスを伺っている)、フロリアはすぐに2階の自室に籠もる。
旅に出るとは言っても、もともと必要なモノは亜空間と収納スキルにたっぷりと収まっているので、あまり準備するものも無い。食料も普通は日持ちのする硬いパンを買っておいたりするものだそうだが、今回はハンスが食事を持つと提案していた。ただし、フロリアの収納にその食事を保管させて欲しいとのことだった。フロリアとしても収納を使わなかった場合は硬いパンばかりになるので異存はない。
亜空間のブラウニーに最低12日間はここで寝泊まり出来ないと伝えると、ふくれっ面をされて、それをなだめるのに一苦労させられる。寝泊まりは出来ないけど、時々顔を出すから、と言って納得させたのだった(トイレは亜空間を使わないと、野原ですることになる)。
その後、宿の自室でトパーズとニャン丸と遊んでいたら、階下でドタバタと激しい物音がした。元来、食堂では泊まり客だけではなく町の住人も食事やお酒を楽しむことが出来る(だから、老神父も入り込めたのだ)ので、それほど静かということはないのだけれど、それとは違った雰囲気である。
「何だろう?」
探知魔法を掛けてみるが、細かい状況は判らない。直接的な敵意や殺意は無いが、凄く興奮している人がいる。
「見てきますにゃ?」
「そうね。お願い」
ニャン丸が影に溶け込むように消えると、部屋のドアが閉まったまま、僅かな隙間から滑るようにニャン丸の気配が出ていく。
やっぱり斥候としてはニャン丸はとても優秀。
しばらくして戻ってくると、「エッカルトにゃんが顔に怪我をしてるにゃ。にゃかまに手当されてるにゃ。にゃ、にゃ」とのことだ。
「どうして、怪我したの?」
「誰かと喧嘩したと言ってるにゃ。にゃんかよく判らにゃいにゃあ」
やっぱりあんまり優秀では無かった。
どちらにしても、私には関わりの無いことである。冒険者という生き物はそれだけあらっぽい人が多いということだ。
その晩と翌日一日は大変であった。
老神父がまた朝食の時間にやってきて、フロリアに会わせろと騒いだのだが、その他にも夜の間に「渡り鳥亭」の泊まり客(他の町から来ていた商人など)が奇貨居くべしと接近を試みたり、町の大商会の使いという人が来てしつこくフロリアに同行を求めたり、自分だけで魔法を独占するのはずるい、と騒ぐおばさん達数名が来たり(あのおばさん達はいったい何だったのだろうか)。
神隷のもたらす恩恵はすべて教皇皇帝陛下に帰属する、という正統アリステア教の教えは論外としても、大陸のその他の国々で一般的な西方アリステア教の方にも、「魔法使いが得た力=女神の恩寵は、一般人にも広く享受されるのが良いこと」という部分がある。
西方アリステア教の総本山は自由都市連合の盟主である交易都市フライハイトブルクにあるぐらいなので、教えのこの部分の意味は「魔法使いの振るう魔法の効果・成果によって、人々の暮らしが向上するのは良いことだ」という、至極当たり前の教えとも言えないほどの文言で、もちろん魔法使いが無料奉仕をすることなど求めていない。
しかし、それを曲解して、魔法使いは人々に尽くさなければならない、と主張する人々が少なからず存在するのだ。
そして、この場合の恩恵を受ける「人々」とは自分たち自身のことだけを指しているのだった。
その次の日は出発で、早朝からハンスの商会の裏庭に集合して、大門が開くと同時に町を出る。
既に「剣のきらめき」のメンバーは来ていて、「よお、フロリア。ずいぶんと面倒に巻き込まれたもんだな」とリーダーのジャックは笑う。
「お世話をおかけしてすみません。今回はよろしくお願いします」
「なあに、こっちもお嬢ちゃんがいれば、荷馬車が轍に嵌った時に助かるからな。お互い様さ」
「お嬢ちゃん。また一緒だな」
クリフ爺さんも気軽に挨拶をしてくれる。
全員が揃い、荷馬車の準備も終わったところでハンスが軽く挨拶する。
「今回の交易隊は分岐の町までの往復です。旅程は12日間になります。片道5日間で先方で2日間滞在します。今の時期なら雨も少ないですし、慣れた道なので、順調に行けると思いますが、気を抜かずにしっかりと行きましょう。
また、今回はフロリアさんに同行して貰います。前回、分岐の町から戻る時にご一緒したので、その時にも一緒だった人は顔なじみだと思います」
いつも読んでくださってありがとうございます。




