第377話 お昼休み
念のためカルメーラ達の気配が完全に消える迄待ってから、亜空間に入った。
カルメーラをリーダーとする逆ハーレムパーティは「赤いバラ」というそうだ。確かにピッタリの名前だと思う。
男3人はいずれも非魔法使いであるが、それぞれの分野では一流の腕と才覚を持つ冒険者だったのだが、よそのパーティから引き抜かれて「赤いバラ」に加入したのだそうだ。 そして最後の1人は戦闘要員ではなく、カルメーラの使うゴーレムのメンテナンス要員なのだそうだ。
「あいつら、4人共あのオバハンのこれなんだぜ」
モルガーナがちょっとばかり下品な表情を浮かべて言った。"これ"の意味が、少し考えなければ判らなかったフロリアは数秒経ってから赤くなり、モルガーナはルイーザに叱られていた。
そういう噂話は止めておけ、と。
実際、マジックレディスの方もこの手の噂話のやり玉に上がることが多いので、ルイーザあたりはとてもそうした会話を嫌っている。
「しかし、あの女はマルセロに因果を含められてやってきた訳じゃないだろうから、この辺りの魔物の異常発生はかなりの噂になっているようだね」
「そう言えば、ラウーロも来てるってことだったし、フライハイトブルクの腕っこきが全員集合してるんじゃないの?」
「ああ、なるべくならラウーロにもあまり会いたくは無いかな」
「どちらにしても、他の冒険者が居ない時間帯に暴れれば、かち合うことは無いだろうし、気にしすぎることは無いさ」
フロリアがもうちょっと物事を気に病む性格であったら、自分が着実にフライハイトブルクの支配構造に取り込まれているのではないか、と案じたであろうが生来の呑気さのお陰で別に気にもならなかった。
実際、いざとなればベルクヴェルク基地経由でどこにでも移住できるというのは大変なアドバンスであったので、気にする必要も無かったのだが。
「あ、ベルクヴェルク基地といえば、なんか送って来ていますね」
複数出し入れ口のある収納袋に、いつの間にやら何か入っている。出して見ると、日本産のバッテリ、ブルーレイプレイヤー、モニタ、ケーブル類にブルーレイディスクだった。ディスクのパッケージはお兄ちゃんが好きそうなアニメの絵柄だった。
「セバスチャン、何を考えているんだろう?」
不思議に思ったが、とりあえずはお腹が空いた。
手や顔を洗ってから、ブラウニーと一緒に用意したお昼を食べる。
野菜や肉がゴロゴロ入った具だくさんのスープに柔らかいパンの昼食だった。
これが並の冒険者パーティだと、干し肉の一欠片でも浮いていれば上等の薄いスープにコチコチの硬いパンを浸して柔らかくしてどうにか平らげる、という寂しいものである。それに比べると、同じスープとパンでも大変な違いである。
旺盛な食欲でそれらを平らげると、早速モルガーナが気になっていた、不思議なダンボールが何なのか、と騒ぎ出す。
「これは日本で普通に売ってるテレビとかプレイヤーです。ここではテレビ番組は見られないので、プレイヤーでブルーレイを見ろってことなんでしょうけど……」
「テレビ? ブルーレイ? 何それ?」
フロリアはうまく説明できる気がしなかったので、とりあえずダンボールから出して接続することにした。
バッテリは、屋外でキャンプする時なんかに使うようなポータブル電源。それにテレビとプレイヤーを接続して、プレイヤーとテレビを接続する。
マニュアルと首っ引きでどうにか接続出来た。お兄ちゃんが居たら、こういうのは得意なのに……。
どうにか動くようになったので、ブルーレイをプレイヤーに入れる。なんで、セバスチャンはこんなものを送ってきたのだろう? そう思いながら再生すると、
「あ、ああああ!! 板に絵が映ってる!? ていうか、絵が動いてる!! なんで! 絵が動くの!?」
モルガーナが絶叫する。
モルガーナだけではなく、他のメンバーも目を丸くしている。
「あの、これはアニメって言って……」
フロリアは説明しようとするが、そもそも自分自身でもよく分かっていないので、アニメはおろか紙芝居すら見たことがないメンバーにうまく説明出来ない。
どうにか、日本の技術で動く、テレビでみる演劇みたいなものだ、と理解して貰うのが精一杯だった。
「演劇? それじゃあ、文豪の川端漱石の作品というのは……」
ルイーザが何かに思い当たったように呟く。その通り。その如何にも盗作臭いペンネームの転生人の作品は殆ど、現代日本で知られた様々な媒体の娯楽作品を翻案したものなのだ。
「つまりは、あの素晴らしい名作の数々の元になった作品がこれから見られるのですね!」
ルイーザの理解はちょっと違うような気もするが、どう修正したら良いのかフロリアには判らなかった。
ともあれ、セバスチャンが寄越したブルーレイを見てみようということになって再生スタート。
作品は、ゲームの世界を舞台にしたもので、そのゲームは銃撃戦が展開されるのだが、そこに飛び込んだ可愛らしい女性主人公が暴れまわるというものだった。
3話ぐらいまで見て、マジックレディスの皆から一斉に質問の雨がフロリアに降り注ぐ。そもそも、ゲームという概念が無い世界なのだ。
まずはそこから説明しなくてはならないのだが、フロリア自身、前世でろくにゲームをしたことなど無かった。ましてや未だSFの世界の話であるVRゲームについて説明しろと言われても……。
結局、マジックレディスのみんなは、魔法で意識のみ別の世界の別の人物の体に入っているような状態、と理解したようだった。
魔法使いの中には、従魔と意識同調が進み過ぎて従魔と半ば融合してしまうような召喚術師も居るし、そもそも召喚術や転移魔法は別世界に移動するという概念に近いものがある。そのお陰で、どうにかだいたい近しい形で理解出来たようだった。
「それにしてもこのちっちゃい娘、強いねえ。ピンク色の戦闘服がどんな意味があるのか判らないけど、それ以上にあのピンク色の魔導具が凄い。あれ、グロックと同じ様な攻撃道具だよね」
PDWという言葉はおろかサブマシンガンという言葉も知らないフロリアにはなかなか説明しづらかったが、まあグロックの親玉みたいなもので、画面で展開されているように、もっと大量の弾丸を撃てるのだ、と説明した。
いずれ、セバスチャンを呼び出して、詳しいことは説明してもらおう。それに、敢えてこの作品のブルーレイディスクを送ってきた意味も含めて。
「あ、もうこんな時間。外はそろそろ夕方近いじゃない」
モルガーナが叫ぶ。確かに2時すぐぐらいには狩猟を再開するつもりが、気がつくと4時近かった。
遊びや面白いものに目がないマジックレディスであるが、働かないと金が稼げない、ということに対しては敏感であり、短い時間になってしまったが、討伐という仕事をサボってそのアニメを見続けようという者は居なかった。
精度が落ちるのは覚悟の上で、かなり遠くまで探知魔法の範囲を広げて見たが、すでに他の冒険者パーティはいなくなっていた。外縁部近くまで戻って野営するとなると、もう今の時間にこの最奥部周辺にいる訳も無いのだ。
それで、何の気兼ねもなく、大物狩りに集中出来た。
人型魔物ではオーガの上位種を数頭。その他、蛇・トカゲ系の魔物を10数頭狩った。
フロリアは相変わらずの蚊帳の外だが、トパーズがフロリアの分まで稼いでいる。それにしてもずっと見物も飽きてきたので、少しだけ討伐に参加する。魔力弾でオーガの顔面を撃ち抜くのだ。
射撃には慣れているだけあって、1発で魔力弾は眼球から頭蓋骨の中に飛び込む。オーガの頭脳をぐちゃぐちゃに破壊する。
「お、さすが、フィオちゃん。慣れてるね」
「ええ。魔力弾なら慣れさえすれば、気配で当てられるから」
無駄弾を使うこともなくなるのだ。
「でも、私はさっきのピンク色の銃が良いな。めちゃくちゃ撃ちまくるほうが楽しそう。あれ、ホントにある銃なの? セバスちゃんに頼んで、おんなじの貰えないかな?」
もうモルガーナの中では完全にセバスチャンはセバスちゃんで定着してしまっている。
いつも読んでくださってありがとうございます。




