第376話 トロールと女魔法使い
「奥の手が来るよ!」
アドリアの警告が終わらないうちに、トロールは腕を振って岩を飛ばす。魔法で錬成した岩なので、硬く重い。なまじっかな防御魔法では一発で破られる。
その岩をガンガン投げて魔法使い達を叩き潰そうとする。もちろん、マジックレディスとトパーズは防御魔法を張りつつも、直撃を避けて森の中を高速で移動するが、岩は木々をへし折り、藪を貫き、地面を抉っていく。
トロールは魔法の使い方が荒っぽいだけで、魔力量は多く、一気にこれだけの岩を錬成しても別に苦しそうな表情すら見せない。
皆が鬱陶しく動き回る中、離れた位置で見物しているフロリアはじっと佇んだまま。それに気がついたトロールはフロリアに岩を投げつける。
「ひどいなあ……。私は何もしてないじゃない」
飛んでくる岩をフロリアは収納魔法で仕舞う。もちろん、防御魔法も自分の前面に展開しているが、そこまで岩が届かない。
自分が投げた岩が消失したのを見たトロールは、フロリアが何をしたのかは判らないのだが、判らないなりに自分が虚仮にされたと感じたようで、フロリアに攻撃を集中しだす。
掌中に数個の岩を錬成して一度に投げてくる。そんな雑な投げ方をすればコントロール出来ずにどこかに飛んでいきそうなものだが、これも魔法のちからなのか、その数個の岩はフロリアを目掛けて飛んでくる。
あまり散らばらないショットガンの銃撃を受けたようなもので、その一つひとつが並の防御魔法ならば突破できるだけの破壊力を秘めていることを考えれば、けっこうな脅威である。
しかし、フロリアの手前でその岩はすぅっと消滅。
数が増えても同じことであった。
トロールは地面に両拳を突いたかと思ったら、グイッと体を前に押し出すようにジャンプ。一跳びで20メートル近くを飛んで、フロリアを直接踏み潰そうとしてきた。
フロリアはベルクヴェルク基地謹製のシューズの反発力で数メートル後ろに避ける。
トロールは追撃で今度は拳を振り回して、フロリアを殴り潰しに掛かるが、
「相手を間違えてますよ」
珍しくソーニャの冷静な声がしたかと思ったら、地面のフロリアを追っているために丸まったトロールの背中を駆け上がって、頭の上で軽くジャンプして、空中回転。
前転したため、ちょうどトロールの顔面の前にソーニャの上半身が頭を下に現れた。その瞬間、ソーニャは手に持った短槍を突き出す。
長さ1.5メートルほどの短槍の先端がトロールの眼に突き立てられたと思ったら、吸い込まれるように1メートル以上も奥に突っ込まれ、短槍から手を離したソーニャはそのままくるくると3回転ぐらいしながら着地する。
まるで体操選手である。
いくら頑強で皮膚が分厚いトロールであろうと、眼球に短槍を奥深くまで突き立てられれば、一瞬で脳が破壊される。
ほんの少しの間をおいて、トロールは地響きをたてて倒れたのであった。
「すげえ、ソーニャ、すげえ」
モルガーナは大喜びである。
普段はモルガーナのバックアップが多く、自らが先頭になって攻撃することが少ないソーニャであるが、今の攻撃を見るだけでも判る通り、戦闘力が低いわけでは無い。マジックレディスに加わるに相応しい実力は持っているのだった。
「ふむ。あの娘もなかなかのものだな。魔法抜きでも、若い頃のアドやオーギュストと良い勝負をするやも知れぬ」
トパーズも珍しく褒める。かつてフロリアの師のアシュレイが加わっていた冒険者パーティの腕利きの名前を上げる。
「それよりも……、例の魔導具を仕舞いな。見られたくない奴が来る」
戦闘中も抜かり無く周囲を探知していたアドリアが低いが鋭い声で注意を促す。
確かにゆっくり歩いても数分程度で接触するほどの近さに複数の気配。
魔法使いが1人とあと数名……。
「フィオ。それを仕舞っておいてください」
というルイーザの指示で、フロリアはトロールの死骸を収納に収めた。
そして、気配が近づいて来る方を皆で眺めて待っていたら、先方(の魔法使い)もこちらの警戒に気がついたようであった。
木の陰から現れたそのパーティは女1人、男4人の編成で、どうやら女が魔法使いのようだった。男は3人は冒険者っぽいが、1人だけ普通のおじさんっぽいのも居る。
その女は、アドリアと同じぐらいの年齢で、アドリアと同じように派手で原色の衣装を纏っている。森の中ではそぐわないような格好である。
すごく美人だが、化粧が濃く、それにすごく嫌な気配がする。
ニヤニヤ笑いながら、男たちをその場に待たせて、アドリアに近づいてくる。
「あら、アドリア。随分と大物仕留めたみたいじゃない」
「まあね、カルメーラ。珍しいところであったもんだ」
「良い金になるって噂を聞いてね。何しろ、今をときめくマジックレディス様とは違って、稼がなきゃならないもんでね」
「……それじゃあ、さっさと自分の獲物を探しに行ったらどうなんだい。おんなじ場所に居たって獲物は譲らないよ」
「そう、邪険にしなくたって良いなじゃない。そっちの可愛い娘が噂の大鷲の娘かい。
――あたしはSランク冒険者のカルメーラっていうのさ。なんて名前だったっけね?」
「フロリアです」
「ああ、そうだったね。こっちもフライハイトブルクを本拠にしてるんだけど、会ったことは無かったね。
ギルドにもあんまり出入りしてないみたいだけど、偶には他のパーティと交流ってもんをしても良いんじゃないかい?」
「フィオちゃんは十分にいろんな魔法使いと付き合ってるさ。大きなお世話だ!」
モルガーナがフロリアの前に出ると、そう怒鳴る。
カルメーラは平然とその怒りを受け流して、
「お前さんの言っているのは、アドリアの仲間内の話だろ。私の眼から見ると、金になりそうな女の子を自分たちだけで囲い込んでいるだけって感じだけどね。それで、もうちょっと大きくなったら、ギルドのマルセロあたりに売り飛ばすのかい?」
アドリアが珍しく低い声で応じた。
「あんたは魔物討伐に来たのか、喧嘩をしに来たのか知らないけど、喧嘩したいっていうのなら相手をしてあげるよ」
カルメーラは鼻を鳴らして、「おや、手下が見てる前じゃあ、威勢が良いこと」と言った。
そしてフロリアに向けて
「確かにお偉いマルセロなんぞがバックについてるアドリアの下に居りゃあ居心地は良いかも知れないけどさ、そんなところでのんべんだらりとしていたら、せっかくの才能が鈍っちまうよ、あんた。
それに気がついたときには、両の手足を絡め取られて、テメエじゃあ指一本だって好きに動かせなくなるのさ。
冒険者になったからには、テメエ1人の才覚で世渡りしてナンボ何じゃないのかね。
手遅れにならないうちにこっちに来なよ。せいぜい、可愛がってやるからさ。
何時だってフライハイトブルクで待ってるよ」
そう言うと、カルメーラはくるりと後ろを向いて、「おい、お前ら。よそを探すよ」と言って立ち去っていったのだった。
アドリア達はある程度の距離になるまで、カルメーラ達が消えた方角を睨んでいた。
「へ、あのオバハンだって、偉そうに言う割にゃあ、モンテッキ家あたりの飼い犬になってる癖に」
「モンテッキ?」
「ああ、覚えてるだろ。クラーケンを討伐する時に、さんざん邪魔をしたお坊っちゃまの実家だよ。モンテッキはマルセロと仲が悪いから、あいつは私らに何かとちょっかい掛けて来るんだよ」
「どちらかと言うと順序が逆ですね。元々、アドリアとは若い頃から馬が合わなくて、それでギルドに所属する冒険者なのに、アドリアをかわいがっているマルセロとは政治的ライバルのモンテッキみたいな名家派閥に近づいたのですよ」
物知りのルイーザが教えてくれた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
残念ですが、書きためてある分を使い切ってしまいました。
これからは週に2回のペースの投稿に切り替えます。
ただ、私生活でちょっと忙しくなっているもので、どこまで週2回を維持できるか……。
ただ投稿ペースは遅くなっても、なんとか続けていきたいと思ってます。




