第373話 オーガ退治
死んだ、とフロリアは思った。
首がちぎれて頭部が宙を飛んでも、おかしくはないような一撃に見えた。
実際には槍使いの足が滑って、全然からだの踏ん張りが利かなかったのが幸いして、打撃の衝撃がほとんど倒れ込む側頭部を滑るように上に逃げ、槍使いは即死を免れていた。
とは言え、傍目に見ている分には致命傷を受けたとしか思えない状況であり、槍使いはそのまま地に倒れて戦闘不能となった。
どちらにしてもこのままならば槍使いは死亡するであろう。
「きゃあああ!!」
剣士の女性が絶叫を上げる。この一瞬で剣士もパニックを起こして戦力にならなくなってしまった。
大盾使いはオーガウォリアーの攻撃を受けるのに精一杯で、パニック状況に陥った剣士のフォローをする余裕がない。
しかし、弓使いの女性の方は比較的冷静で、倒れた槍使いに追撃を入れようとするオーガに至近距離から矢を放つと同時に「冒険者の方!! 助けてください!」と怒鳴る。
「あいよ!!」
モルガーナは離れた場所から、エアカッターを放ちながら、オーガに突進する。トパーズはオーガウォリアーに向かう。
ソーニャは故意に少しだけモルガーナから遅れて、その後を追う。
モルガーナはナイフを両手に握るアサシンスタイルで、エアカッターの攻撃を受けて顔を斬られたオーガに飛びかかる。しなやかに動いて、オーガの武器の一撃を避けながら、ナイフでオーガの脇腹を斬る。
普通なら短いナイフではオーガの硬い皮膚と分厚い脂肪を斬り裂いて内蔵にダメージを与えられない。
しかし、モルガーナはナイフを振る軌道に合わせて、エアカッターも放っていて、それは直接オーガの内蔵に届くのであった。
モルガーナはオーガの脇を切り裂きならすり抜けて、オーガウォリアーに向かう。
それに一瞬遅れて到着したソーニャは、冒険者達に「けが人をつれて離れて!」と怒鳴りながら、収納から出した短槍をオーガの喉元に突き立てていた。
5メートルのオーガだが、腹を斬られた衝撃で膝をついていたので、短槍でも十分に届くのだ。
ソーニャの短槍は穂先の素材にはコバルト配合の特殊な合金でいくつかの魔法効果付与がなされている上に、使用者であるソーニャの魔力を乗せる事もできる。
今回は、その攻撃的な魔力をオーガの喉元から流し込む。オーガはビクッと大きく一回震えると、そのままドウぅっとばかりに倒れたのだった。
トパーズはオーガウォリアーに一直線に飛びかかったかと思うと、その脇をすり抜ける。ほんのコンマ何秒か遅れて、オーガウォリアーの武器をもった右腕の肘から上の部分が落ちる。
そこにオーガ経由であったモルガーナが飛びつき、顔面を破壊する。
眼が見えなくなって、残った左腕を前に突き出すように伸ばしたところに、今度は急転回したトパーズが後ろからオーガウォリアーの首筋を狙って爪を振るう。
トパーズの風魔法をはらんだ一閃は、太いオーガウォリアーの首を刎ね、その巨大な頭部はゴロリと地に落ちて、噴水のように盛大に血飛沫を撒き散らせながら、オーガウォリアーの体も倒れたのだった。
この間、10秒にも満たない。
彼女たちにとっての新武器であるグロッグ型魔導具は、他人の前では使わないことはあらかじめ申し合わせが出来ている。
冒険者パーティの弓使いの女性はその間にも、倒れた槍使いを引きずって、戦闘域から離れると、出血部分を抑えて血を止めようとしている。
大盾使いは自分に対するオーガウォリアーのプレッシャーがなくなった瞬間、振り向くと後ろで突っ立ったまま絶叫している剣士を抱えて、やはり戦闘域から逃げる。
「ポーション、出して!!」
弓使いが荷物持ちの少年にそう叫ぶと、少年は慌てて背中の荷物を下ろすや、数秒でポーションを探し出して、弓使いの元へ走る。
「初級か!! 他には!?」
「これだけです」
弓使いは舌打ちすると、それでも初級ポーションを槍使いに飲ませようとするが、すでに槍使いは人事不省に陥っていて、ポーションを飲める状態ではない。
いや、飲めたところで、この怪我に初級では……。
「代わりましょう。私、治癒魔法が使えます」
フロリアが駆け寄って、弓使いにそう言うと、彼女に槍使いの上半身を抱かせたまま、削げた側頭部に手を当てて治癒魔法を発動させた。
槍使いの頭部全体が淡い光で包まれてキラキラと光の粒が舞い上がり、特に怪我をした部分が一段と白く発光した。
「どうだい? 状況は?」
特に魔導具の靴を使うこと無く、普通に歩いて追いついてきたアドリア達が尋ねる。
「魔物は倒しました。いま、フィオちゃんがけが人を治療してるところです」
ソーニャが状況説明をしていると、「……もう済みましたよ」とフロリアが言って、治癒魔法を解除し、光が淡のように消えていく。
「だ、大丈夫なのかい? 生きているの?」
剣士の女性がフロリアに食い気味に聞く。
「ええ、助かりました。頭だからしばらく気を失ってますけど、すぐに意識は戻ります。今日はもう、このまま帰った方が良いですけど……」
光が消えてみると、確かに削げた側頭部の皮ももげた耳も元通りになっている。
「年取ったら、ここから禿げてくるかも知れないけど、それは仕方ないですね」
フロリアが付け加える。
剣士はペタリと地面にへたり込むと、再び声を上げて泣き始める。
ただ、今度は今までのようなパニック状態に陥った絶叫ではなく、安心して緊張が解れて幼児のように泣き出したものである。
「世話になった。危ないところを助けられた」
大盾使いは分厚い兜を外すとマジックレディス一同に顔を見せてから深々と頭を下げた。
「俺は、Bランクパーティの「双頭の牙」のハクスだ。その槍使いがリーダーのドゥカという。普段ならオーガに負けることは無いんだが、3頭とは言え、上位種が率いる群れはやはり普段の相手とは違った……」
「やっぱり、普段はオーガも単独で出るの?」
こうしたときには物怖じしないモルガーナが気安く応える。
「ああ。俺たちは長い間、この森を狩り場にしてるんだが、こんなふうに魔物が強くなってきているのは最近のことだ。いや、もちろん前から他の狩り場よりも強い魔物が多かったのは事実だが……」
「ふうん。私達もそんな噂を聞いてやってきたんだけど、ホントだったんだね」
「そうか。道理で見かけない顔だと思った。そちらのおふたり(とアドリアとルイーザを見ながら)も魔法使いみたいだな。確かにこの森じゃあ、女性だけなら魔法使いじゃなきゃとてもじゃないが、稼ぎ場にできるものじゃない」
そう言いながら、やっと気がついたようで、「女性だけの魔法使いパーティってもしかして、マジックレディスなのか?」と叫ぶ。
「ああ、そうだよ。あんた達は運が良かったね。うちの若いのじゃなきゃ、なかなかこうもうまく行くものじゃないさ」
とアドリア。
「ああ、全くだ」
その後、しばらくして槍使いのドゥカも目覚めてきて、治癒部分に異変が無いことを確認したら、彼らはもう町に戻ることにしたのだった。
その前に、取り決めとして最初に倒したオーガは彼らのもの。2頭めのオーガとオーガウォリアーは7対3でマジックレディスが多めに売却報酬を受取ることとなった。
「双頭の牙」はそれなりに稼いでいるパーティで小さめとはいえ収納袋を持っていたので、持ち帰りに支障はなかった。この部分はギルマスと約束した報酬の上乗せは出ないだろうが仕方ない(後で知ることだが、収納袋を持っているのに荷運びを雇っているのは、収納袋の容量が小さいこともあるが、荷運びの少年はリーダーのかつての仲間の遺児で一人前になるまで面倒を見ているのだった)。
そして、救援した分とフロリアの治癒魔法の分は別途、ギルドの規定の代金を支払うマジックレディスの口座に振り込む旨、この場で契約魔法を付与した契約用紙(彼らが持っていた)に記して、アドリアにわたしたのであった。
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