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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第18章 魔境で
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第369話 増える魔物

 翌日。

 マジックレディス一行は休日ということにして、アドリアとルイーザは冒険者ギルドに出かけて行った。

 少佐がフライハイトブルク郊外で襲撃事件を起こした件で、事情聴取があるのだろう、と半ば覚悟していたフロリアであったが、アドリアが「あれならこちらは知らぬことで通したから問題ない」と答えた。


 モルガーナとソーニャは同じ冒険者仲間が多くいる場所で襲撃者の従魔と戦闘になったので、関係ないとは言えなかったが、それだってたまたま居合わせたから戦ったという形になっていたし、フロリアが少佐と戦った場所はそもそも目撃者らしい者は居なかった。 多くの猛禽類や猫科の猛獣達の姿も見られていたので、追求されるとフロリアがあの場所に居なかったとは言えないのだが、ギルドでは何らかの思惑があるのか、その件は追求しなかった。

 フロリアと少佐の戦闘については、どこかの貴族らしき一行が馬車で通りかかって少し関わったのだが、彼らは自分たちがそこにいたことをあまり知られたくないらしく、すぐに立ち去ってそれきりになっていたのだった。

 だが、目撃者はいなくとも戦闘の跡は残り、敵の魔法使いの死骸が転がっている、という状況である。それにも関わらず、事情聴取も無いとは……。


「ギルドはギルドで、この大陸で一番の諜報機関を持っているから、何があったのか独自に調べていて、何らかの情報は持っているだろうけど、こちらに対して問い合わせてこないのなら、放っておけば良いのさ。

 私達みたいな個人じゃ、持っている情報の量も質も全然敵わないからね、下手にこちらからヤブを突くような真似はしないで、向こうから聞かれたら答えれば十分」


 そうアドリアは言って、フロリアの呼び出しが無い限りはこちらから出向く必要はない、という判断であった。


 アドリアとルイーザは、その件とは別に魔物の討伐に遠征する件でギルドに出向いたのだ。


 フライハイトブルクから大河モルドル河を遡行して、フラール王国とカイゼル王国の間を抜けて(大河が両国の国境線になっている)いくとシュタイン大公国の首都キーフルに到着する。

 そのキーフルから中原各国に交易品が陸路水路で運ばれていくので、このフライハイトブルク~キーフルの水運は大陸の大動脈とも言える航路であった。

 そのフラール王国とカイゼル王国は両国の建国以来の潜在的な敵国であって、フライハイトブルクとしては"冷たい戦争"が"実際の戦争"に発展してしまうと、大河の水運に多大な影響が出るため、常に細心の注意を払って両国の関係を注視しているのだ。


 そもそも、この2つの国は以前はブルグント王国という一つの統一国家であった。

 当時のブルグント王国は比較的肥沃な平原を持ち、多くの人口を抱えた強国であったのだが、一夜にして滅んだ、という表現をされるほど、あっという間に滅亡したのだった。

 その原因は大黒龍と呼ばれる地龍の一種に首都を襲撃されたことによる。時おり人間の活動域に姿を見せる亜龍種とは違って、大黒龍は非常に強大であり、分厚い鱗で守られた体躯には攻撃魔法が通用せず、火魔法系のブレスを吐く能力を備えていて、まともにやって人間がどうにかできる相手ではなかった。

 通常、大黒龍のような翼を持たない地龍の類は人間が立ち入らない荒れ地や高山の麓の地中深くなどに住んでいて、人と関わり合うことが無い。だから、その絶対的な力の割りには、これまでは意外と人間側の被害が少ないのだった。


 しかし、この大黒龍と名付けられた龍は、いきなり当時の大都会であったブルグントの王都近くに出現。なぜこんな場所に現れたのか、後世の魔物研究家たちは様々な仮説を出したが、未だ定説らしい定説は無い。

 大黒龍移動速度自体はゆっくりしていたので、王都防衛のための軍隊と腕に覚えのある魔法使いが大勢集結して、大黒龍に立ち向かったが、鱗ひとつ傷つけることすら叶わずに、軍は全滅、魔法使いたちもあえなく蹴散らされて、首都は陥落。

 ブルグントの最後の王は、避難を進める家臣たちの進言を退け、敢えて王都と王都の民と運命を共にした(この王城陥落の悲劇は、旅芝居の催し物の定番の一つ)。


 そして、大黒龍はモルドル河を目指して北進。

 河に到達した場合、そこで進路を変えて河の流れに沿って下るか、上るか、のルートを取ることが予測された。

 どちらにしても当時すでにモルドル河の川運で成立していたフライハイトブルクも深刻な影響を受けることが懸念されたのだが、すでにめぼしい魔法使いはブルグント王国王都防衛戦に投入したあとで、その生き残りの魔法使いとさらに冒険者ギルドで追加依頼をかけて募集した冒険者達、そして進路に当たる領地の領軍という僅かな戦力で大黒龍の討伐を試みたがやはりその進路を阻むことは出来なかった。


 そして、ほとんど壊滅状態になり、わずかに生き残った魔法使いが見たのが、当時群を抜いて優れた魔力を持つと言われた魔法使いの冒険者・田中こういちろうが単身、大黒龍に立ち向かう姿であった。

 彼はすでに有名な冒険者であったので、本来なら王都防衛戦に参加するはずだったのだが、ヴェスタ―ランド王国のさらに北東にあるスラビア王国に遠征に出ていて、到着が遅れたのだった。

 彼は、自らの身と引き換えに大黒龍の討伐に成功した。


 フロリアが一言セバスチャンに聞いていれば、実はこのとき、田中こういちろうは大黒龍を討伐したのではなく、ベルクヴェルク基地から提供された魔導具によって封印しただけだったことを知ったであろうが、彼女の迂闊さ故、いまだその事実をフロリアは知らなかった。


 この功績により田中こういちろうは、史上初のSランク冒険者を遺贈された。というよりも、それまで冒険者ランクはAランクが頂点だったのだが、彼を称えるためにSランクを新設したのだった。

 その後、大きな功績を挙げた冒険者はSランクに認定されるようになり、アドリアもSランクである。しかし、冒険者界隈では今でも「雷撃の」などの二つ名なしで、単純に「Sランク」と言えば田中こういちろうを指す。


 そして、滅亡したブルグント王国の領地にはフラール王国、カイゼル王国の2つの国が成立した。この2つの国はそれぞれ自分こそがブルグント王国の正統な後継者であることを主張していて、幾度も戦火を交え、現在ではモルドル河を国境線に対峙している。

 今のところ、小康状態を保っているのは、川運が生命線であるフライハイトブルクを始めとする自由都市連合と、川上のシュタイン大公国のプレッシャーによるもので、結構危うい平和なのであった。

 特にどちらかの国が不況や飢饉になったり、主君の代替わりで権力闘争が起こって不安定になると、国内の不満の目をそらすために小競り合いを始める、という傾向がある。

 その時にいつも焦点となるのが、現在は一応モルドル河の南東岸にあってフラール王国の領地になっている旧ブルグント王国の首都と大黒龍が討伐されたとされる(実際は封印)小山とその周辺の地域である。


 首都は現在では「ブルグントの嘆きの丘」と呼ばれ、小山は「ブルグントの怒りの山」と呼ばれる。

「嘆きの丘」は言うまでもなく民族の聖地であり正統性の証である。

「怒りの山」周辺は深い森になっているのだが、そこには強い魔物の影が濃く、危険ではあるが腕のある冒険者にとっては非常に割の良い稼ぎ場になっている。魔物は強ければ強いほど、その素材は貴重で高価に取引される傾向があるのだ。

 だから、「怒りの山」周辺を領有しているということは、その魔物の取引にかかる税金や、金回りがよく金離れも良い高ランク冒険者とそれを目当てにした様々な商売人などから集める税金が期待でき、いわば金の卵を生むガチョウを所有しているようなものなのである。


「ところがね。その強い魔物が最近、増え方がちょっと洒落にならないレベルになっているらしいのさ」


とアドリアが言った。


 いくら素材の供給元とは言え、あまりに魔物が多くなると危険であるのは言うまでもない。スタンピードの原因は未だ不明な部分が多いとは言え、魔物が適正数を超えて増えすぎると溢れ出す、というは有力な原因であろうと言われている。


「あそこの魔物は、ヤバいのが多いからね。確かに溢れたら大変だ」とモルガーナ。


「そこで、現地のギルドマスターがフライハイトブルクの本部に相談してきてね。私らみたいなのをいくつか派遣してほしいんだと。森の奥の方まで入って間引きして欲しいらしい」


「ふうん。それじゃあ、特に魔物の種類を限定しての討伐依頼じゃないんだね」


「そもそもが依頼じゃないのさ。あそこは政治的に色々と面倒なのは知っているだろ。冒険者ギルドは国際組織だけど、国境を超えて他国に依頼を頼むとなると、自国に仁義を通さなきゃならない。けどさ……」


「ああ、フラール王国に仁義を通すと、カイゼル王国がいちゃもんをつけてくるのか」


「そういうことさ。カイゼル王国にも冒険者ギルドの支部はあるからね。あまり刺激したくはない。なので、私らが美味しい儲け口があるってことで勝手にやってきたという形式を取りたいのさ」


「面倒くさいね、姐さん。でも、それじゃあ依頼料は貰えないのじゃない?」


「ああ。依頼じゃないからね。その代わり、あちらのギルドマスターには魔物の素材買い取りの代金に色を付けて貰う約束を取り付けてあるそうだ。マルセロ婆さんも無理にとは言わなかったのだけど、どうするね」

                                         そういう話が前夜にあり、引き受けることにしたのだ。

 他国への遠征となれば、当然何日もの移動時間が掛かる。今やマジックレディスは転移魔法で一瞬で移動できるので、対外的に移動に費やしていると思われるだけの日数を他のことに使えるのだ。

 例えば、ベルクヴェルク基地とそこから提供される様々なものに馴れて使いこなすための時間に。

いつも読んでくださってありがとうございます。



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