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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第17章 現代
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第364話 少佐の場合7

 女流経営者怜子のマンションに潜伏して数日。

 少佐はすっかり寛いで過ごしていて、魂の洗濯をしているような気分であった。

 女官に傅かれて生活するのも悪くないが、現代文明の成果に囲まれて安楽に過ごすのも悪くない。唯一、片腕になって間もないので、無意識に物を掴むのに無い方の腕を伸ばそうとしたりするのが、意外とストレスを感じさせるのだった。


 怜子の方も、不思議と少佐を受け入れてごく自然に自宅での時間を過ごしていた。怜子は結局、少佐のことをジャナンと呼ぶようになっていた。

 彼女が幼い頃に、あちらの両親につけられた名前で、その両親に引き離されてからは誰も少佐のことをジャナンとは呼んで居なかったし、少佐もそう呼ばせなかった。

 後宮では生まれた土地の名を冠してアナトリア妃と呼ばれたり、皇帝からは帝国の歴史に登場する伝説的な美女アナスターシャになぞらえてターシャと呼ばれたりしたものだが、そうした名前は少佐にとって忌々しさを孕んで思い出されるものになっていた。


 ただ、ずっとマンションに閉じこもっていた訳ではない。

 この最新の防犯システムに守られたマンションでは、出入りの際に証拠を残してしまう。人間の目であれば隠蔽魔法でいくらでも誤魔化す自信がある少佐だが、防犯カメラの映像に残るのは面白くない。

 そこで、怜子が休みの時に、一緒に地下駐車場まで降りて車の後部座席の下に潜り込んで上からブランケットを掛けて誤魔化すという方法で外に出ることにしたのだった。

 そして、マンションから十分に離れたら、怜子と別れて東京湾の埋立地まで行って、夜中まで待ってから魔法を試してみるのだった。この世界でも魔法自体は有効なことは、トパーズとの実戦で判っているが、どの程度の威力があるのか、消耗度は、持続時間は、などいざというときのために調べておきたかったのだ。

 

 翌日。昼間は怜子から貰った電子マネーと現金で町中で遊ぶと、怜子が帰宅する時間をスマホで連絡しあって、マンションの近くで車を停めてもらい、後部座席に潜り込む……という方法でマンションへの出入りを実現したのだった。


 そうした暮らしが一ヶ月ほども続いて、どうやらあの黒豹もフロリアも襲撃してくることはなさそうだと思えるようになってきた。そうなれば、ここで強い魔法を使っても、そうそう感知されないだろう。非常口から飛び降りて、風魔法を使って他の建物に飛び移り、移動するという方法を使えば、怜子の手を煩わせることが無くなる……そう、思って、怜子に話そうとしたある日。


「なぜ、そんなに浮かない顔をしている」


 怜子が酷く蒼い顔をしているのに気がついて、少佐はそう尋ねた。

 最初、怜子は何でも無いとごまかそうとしたが、すぐに自分自身を騙せる訳もないと観念して事情を話した。


 怜子の会社は、資金の提供元はアメリカの投資家であった。現在のアメリカを支える大企業のいくつか、ウェブ上の検索サイトから出発して現在では多くの事業を手掛け、世界中の大部分のスマホのOSを開発している企業、本の通販から始まり、現在でも圧倒的に世界一のネット通販サイトを運営しながらクラウドサービスなどにも力を入れている会社……。そうした多くのIT企業の立ち上げに協力し、資金援助して、見返りに多額の資金を築いてきたという、いわゆるエンジェル投資家が怜子の会社のスポンサーであった。

 彼は怜子の実力を信じて、金は出すが口は出さない方針で、短期間で怜子の会社が開発したSNSソフトは大成功を収め、日本のみならずアジア域でデファクトスタンダードになっているほどであった。

 ところが、株式上場してしばらく経ったある日。

 あまり良くない噂のある某企業のCEOから面会の申し出があり、間に入った大手都市銀行の頭取の顔を潰す訳にも行かず、面会してみるとその某企業からの資金援助の申し出であった。

 そのCEOは、偶にテレビで見かけるが中途半端にハゲ散らかした、嫌な目つきの男だった。

 

 その会社のことは少佐もよく覚えていた。同じIT系の会社で、新興市場に上場したばかりの怜子の会社よりはずっと規模が大きかったのだが、その拡大方法というのが自社でなにかを開発するのではなく、将来有望な企業を次々に買収して膨れ上がっていく、という手法を取っていた。買収された側の中には、特に資金は不要、というところもあったのだが何故か唯々諾々と条件を飲んで買収されたり、資金を入れて実質的な経営権を奪われたりしていったのだった。

 そして何故そんなふうに次々に将来有望なスタートアップ企業が乗っ取られるのかというと、若手経営者間の付き合いで耳にした噂なのでどこまで本当か分からないのだが、その某企業は関西の非合法組織と繋がっていて、付き合いを断ると脅しから入って、最終的には経営者の本人や妻子に危害が及ぶのだという。

 

 そんな筋の良くない企業でも、大きくなれば都市銀行の頭取を動かせるほどの力を得ることになるのだ。いや、その頭取自身が弱みでも握られているのだろうが……。


「ともあれ、すぐシスコに連絡はしたわ」


 サンフランシスコ在住の、怜子の会社のスポンサーにはすでに相談してある。彼は本当に目利きの良さで有望な投資先を育てて現在の地位を確立したのだが、以前に良い感じに育った某企業に横から奪われた経験があり、すぐに動くことを約束した。というよりも、その以前の経験により、すでに米国政府に影響力のある上院議員を通して、日本政府にプレッシャーを掛けていたほどなのだが、そのプレッシャーの効きが悪いようなのだ。


「あの会社、最近じゃC国のマネーがかなり入ってきていて、それを日本の政治家にばら撒いているみたい」


 そうなるとサンフランシスコからの牽制はあまり効果が見込め無い、ということになる。


「せっかく、上り調子だって言うのに、こんなくだらないことで悩まなきゃならないなんて悔しい」


 怜子は歯噛みしていた。大学院も自分よりも遥かに実力で劣る男たちの嫉妬で業績を奪われて追い出され、今回は画期的なソフトを作り上げ商業的にも成功を収めつつあるというのに、理不尽な力で奪われそうになっている。


 その夜。

 怜子は普段はほとんど飲まないアルコールを飲んで、そのままリビングのソファで寝てしまった。

 その怜子に毛布を掛けた少佐は、メモに「しばらく、旅に出ます。某企業のことは心配しないで、ノラリクラリと引き伸ばししていて」と書くと、怜子に借りているスマホをはじめ、調べられて怜子に繋がりそうなものは全てテーブルの上に置いた。

 そして、玄関を出て非常口を向かうのだった。


 10日後。その某企業のナンバー2、金庫番と噂される男が、行方不明になった。

 その企業の危なっかしい資金の流れの全てを知る男、表に出ているCEOよりも本当に某企業を支配しているのはそのCFO(最高財務責任者)の方ではないか、と噂されていた男である。彼は病的な女好きで知られて、毎晩のように違った女を港区のとあるタワマンの一室に呼んで弄ぶのが趣味で、その女性を調達するのが専門の"裏の"秘書がいると言われるほどであった。

 ところが数日前から、そのCFOが「しばらく、女を用意しなくとも良い」と言い出したかと思ったら、今朝になって連絡が取れなくなったのだった。


 そして数日後の夕方。某企業との裏のつながりを噂されていた、関西のとある非合法組織の組事務所で大規模なガス爆発事故が発生した。

 もちろん、対立する他の非合法組織の関与が疑われたのだが、それよりも世間の耳目を集めたのは、金庫の奥に隠してあったはずの、某企業とその非合法組織との裏の関係性を示す証拠書類が爆発のショックで金庫ごと外の道路に放り出され、金庫が壊れて中身が散乱してしまったことだった。

 

 "たまたま"それを拾ったのが有名なユーチューバーでネットに公開され、1時間後には削除されたのだったが、動画自体はあちこちに拡散されて……。


 その非合法な繋がりの連絡役であり、キーマンでもあるCFOが緊急記者会見を開いたのが翌日。弁護士とボディガードに付き添われたCFOは、熱病に掛かったかのように眼がギラギラと輝き、落ち着きの無い態度ではあったが、受け答えはしっかりとしていて、これまでの某企業の悪辣な経営手法、非合法組織やC国のスパイ機関との関係、政治家との癒着を余すところなく白状したのだった。


 禿頭のCEOは慌てて、否定の記者会見を開いたが、一切記者の質問を許さず一方的に企業側の弁明をまくしたてるというもので、却って疑惑は深まったという印象を視聴者に与えた。

 この一連の事件で、某企業は株価が連日、ストップ安。

 そればかりか、他の一流企業と言われる企業にも弱みを掴んで食い込んでいたのが取りざたされ、そうした企業も株価に影響が出て、東証株価指数は大幅下落をした。

 某企業からの資金が流れていた政治家が驚くほどの数になっていた。それが与野党を問わずに、目についた議員に献金して取り込んでいたため、その全ての疑惑を追求すると、与野党ともに困ったことになる……というので、それぞれの党の中で献金額が多かったり繋がりが深かったりした議員を詰め腹を切らせて手打ちということになった。

 それでも30名近くの国会議員が失職することになったのだが……。


 こうした一連の騒ぎのため、怜子の会社の買収騒ぎなどどこかに吹き飛んでしまい、……そもそも最初に話を持ってきた大手都市銀行の頭取も特捜の捜査を受けることになりそうだ、という噂で怜子どころでは無くなってしまっていた。


「あの娘がやったのだろうけど……」


 少佐の話が本当であれば、前世では大帝国を数年で裏から乗っ取って、ちょっとした失敗さえ無ければ、その帝国の軍事力を駆使して、一つの大陸の多くの国々を征服して征服王朝を築き上げるところだったのだという。

 さすがに話半分に聞いていたのだが、今回の鮮やかな手際をみるとあながち大げさではなかったのかも知れないと怜子は思った。


 一連の事件が下火になっても少佐は、怜子のマンションには戻らなかった。その時には日本におけるC国のスパイ機関のトップの懐に飛び込んで、事実上その支配者になっていたのである。


いつも読んでくださってありがとうございます。



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