第36話 余波
森の奥で、ひと目を気にしながら薬草の採取を終える。このあたりは、孤児院グループも下町グループも居ないが、大人の冒険者パーティが何組か入っている。
薬草採取は見習い冒険者向けの仕事という印象が強いが、このビルネンベルク周辺のように魔物の縄張りに近いところで採取を行う場合などは大人向けの仕事でもあるのだ。
そんなところに長時間居て、カイに続いて、さらなるトラブルに巻き込まれては堪らない。
フロリアは早々に引き上げると、町に戻る。
門番はデレクから代わっておらず、フロリアを見ると「おいおい、お嬢ちゃん。大丈夫だったか?」と声をかける。聞くと、フロリアが出たあと、カイが門を出ていったので心配していたのだという。
それでギルドに注進したら、ギルマスと「剣のきらめき」のジャックとパウル、そして他のパーティからも2~3人出て、フロリア達を追ったのだという。その後追い組はすぐに戻ってきて、「成果なし」だと言っていたが、さらにカイが戻ってきたのは良いが変な歩き方をしていて、目に怯えがあったという。さらに先程、ギルドから使いが来て、フロリアが戻ったら冒険者ギルドの窓口に来い、と伝言されたという。
「何をしでかしたんだ、お嬢ちゃん?」
「さあ?」
にっこり笑って小首をかしげる。またギルマスが怒りそうだが、カイが騒いだ時のために状況は説明して味方にしておかなくてはならない。
ギルドに入ると、すぐにギルマスの執務室に通され、ギルマスだけではなく、ジャックも居た。
ジャックは怖い表情で「何をやったのか、詳しく話せ」と言う。
「カイさんに跡を付けられたので、用事があるなら、はっきりと言って下さいと話したが、自分の下働きになれ、って命令されて、断ったら攻撃されたんです」
「下働きか」
ジャックは嫌そうな顔をした。たしかにパーティによっては、未成年や経験の浅い冒険者を見習いとして使う場合がある。
だが、この場合のカイの言っている下働きとは、奴隷同様の扱いをするという意味であることは言うまでもない。
その後は、オークみたいなギルマスのガリオンと、もうちょっと細いけどやっぱり強面タイプのジャックに代わる代わる質問攻めにされる。
「で、攻撃されたっていうのは、魔法で、と言うことだな」
「はい。最初は脅しぐらいの感じでしたが、だんだん本気になってきていました」
「お前はどうしていた?」
「逃げたり、防御魔法を使ったりしてました」
「カイの姿を遠目からだが、見た限りじゃあ、怪我なんかして無さそうだったな。俺たちが近寄ったら、すぐに逃げるように立ち去ったから、詳しくは見てないが……」
「魔力が尽きちゃったんで、ヘタってたんだと思います」
「つまり、お前はカイよりもずっと魔力量が大きいってことか?」
「ええと、カイさん、調子が悪かったんじゃないですか」
「……使い魔はどうした。確か、あいつは鳥の使い魔を持っていた筈だが」
「そう言えば、途中で鳶のような鳥が落ちてきました。殺気に中てられたんじゃないでしょうか?」
「落ちてきた? ……本当だろうな」
フロリアはヒヤリと首をすくめる。ガリオンにはトパーズの存在は知られているが、ジャックは知らないのだ。
それからも数十分に渡って、たっぷりとお説教されて、ようやく解放された。
最後にガリオンはニヤリと笑うと、これであの野郎も少しは大人しくなるだろうと言った。
「お嬢ちゃんは、カイが誣告するのを心配してたみてえだが、そんなみっともない目にあったんだったら、もう何もできねえだろうなあ。代官の前で黒白をはっきりつけようとなると、真偽の水晶の出番だ。自分が年端もいかない娘につきまとった挙げ句に叩きのめされたってことを皆に知られちまう。冒険者としちゃあ、致命的だからな」
***
ガリオンやジャックの見通しでは、どうやらカイからの付き纏いはこれで止まりそう。
「どうなるかと思ったけど、思い切ってやって良かった」
「そうだろ、フロリア。お前は怖がり過ぎなのだ。この調子で絡んでくる奴は全部、叩きのめして、強さが知れ渡れば、平和に暮らせるようになるぞ」
「ならないと思う。動物の世界じゃないんだから。お師匠様は、知られれば知られるほど、次々に違った付き纏いが出てくるって、言っていたよ。
だからなるべく、穏便に済ませるようにしないと、いつかは気に入った町があっても暮らせなくなって、最後にはどの町でも暮らせなくなるって」
「ふん。そういうものか」
「今回は、森の奥に行ったことについては、軽く"気をつけろ。己を過信するな"って言われただけだったし、もうちょっと頻繁に行こうかな」
フロリアが戦闘能力もそれなりにあることが分かって、ギルマス達の過保護モードが切り替わったのも良い。
森の奥に行ってはいけないというルールは、見習い冒険者の安全を担保するためのもので、例えば孤児院グループや下町グループのように護衛・見張りの犬を連れて大人数であるなら認められているといったように、力を証明すれば認められるのだ。
森の奥で野営するのは、亜空間の説明無しでは認めて貰えないだろうが……。
呑気にそんなことをトパーズと話していたフロリアだが、確かに翌日には違った付き纏いが発生したのだった。
フロリアが、食堂に朝食を取りに降りると、黒い服をきた老人が待ち受けていて、この少女の顔を見るなり、大声で「魔法使いは義務を果たさなければならない。さあ、これから私と教会にいって悔い改めるのです!!」と怒鳴った(老人は少し耳が遠く、声がデカかった)。
そして、フロリアの手を無理やり掴もうとする。
「いや!」
驚いたフロリアは、身を翻して逃げる。
「おい! 何やってんだ、爺さん!」
朝食を採っていた「野獣の牙」の3人がすぐに立ち上がって、遮ろうとする。
他の客たちも騒いで、リタも「何してるんですか!」と怒鳴って、フロリアを自分の背後に隠そうとする。
電撃を使えばこの老人ぐらいは一瞬で倒せるが、ここで使うとさすがに周りに迷惑である(使わなくとも、すでに迷惑を掛けているが)。
「トパーズも出ちゃ駄目よ」
と小声で、黒豹を制止しておく。
リタの父さん!、父さん! という声に厨房からマクシムが包丁を持ったまま飛び出してくる。
「あんた、確か教会の神父だな! この宿で何のようだ?」
「控えろ、異端の者共が! 私はこの娘がアリステア様の神隷でありながら、己の義務を放擲しているのを正そうとしておるだけだ! さあ、娘。悔い改めて、私と一緒に教会に来い」
「嫌です」
「おい、ここは俺の宿で、その娘は俺の宿の客だ! お前さんにわたすわけにゃいかねえなあ」
いつも読んでくださってありがとうございます。
 




