第359話 フロリアの場合5
自宅に行くには、渋谷からフロリアの実家までは山手線で別のターミナル駅まで行って、そこで私鉄に乗り換え郊外に向かうのであった。
フロリアは自分が電車で自宅に向かう最中も、セバスチャンにねずみ型ロボットにトパーズの捜索を継続するように命じてある。
セバスチャンはすごく張り切っていて、ベルクヴェルク基地でねずみの大増産をして、どんどん東京にばら撒いている。それが放射状に探索の輪を広げていて、数日もあれば東京とその近郊のかなりの部分を網羅しそうだった。
その他にも、フロリアが図書館という場所に行って調べ物をしているのを知って、このような素晴らしい場所があるとは思いも寄りませんでした、夜中に警備にバレないようにねずみを使って様々な資料の閲覧をしたいのですが……と許可を求めてきた。
フロリアはトパーズ捜索に支障が出ないこと、この世界の人に見つかって迷惑を掛けないことを条件に許可した。
これまで感情が感じられなかったセバスチャンなのだが、ここへ来て、随分と興奮しているように思えてきたのだった。
考えてみれば、いくらロボットでも一万年近くも閉ざされたベルクヴェルク基地の中で過ごしてきて、急に自分たちの造物主、そして現在の主人の生まれ故郷(そして、自分たちとはまったく別の進歩を遂げてきた文明)を調べるチャンスが巡ってきたとなったら、このぐらいは興奮するのかも知れないとフロリアは思った。
電車の中のフロリアは肩掛けカバンの中にねずみ型ロボットを一匹入れている。セバスチャンとの通信役でもあるし、情報収集役でもあるし、万が一の時のための護衛役でもある(それほど戦闘力があるわけではないが)。
今日のフロリアはやはりこの世界の人間の目からすると、南欧あたりの民族衣装っぽい格好で、カバンもそれに合わせたクラフト感あふれる手作りの雑材作りのものであった。
やっぱり目立つなあ。只でさえ白人風の見た目だし……。
セバスチャンにはこの世界の高校生ぐらいの女性の服装のデータ収集も命じてあるので、資料が貯まればベルクヴェルク基地の工房でフロリアの体格に合わせた服を作ってくれる筈であるが、今日の活動には間に合わない。
都心なのだからいくらでも服屋はあるのだが、いかんせん、拾い集めたお金は全部で2千円足らず。
電車賃も馬鹿にならないし、洋服はもちろん、その他の無駄遣いだって出来ないのだ。スタバもマックもお預けで、昼食も収納に持参したものを食べる予定である。あちらの世界では普通に買える食事よりも上等なので不満は無かったが、こうして懐かしい看板を見ると、お店に入れないのが情けない気分になる。
なので、せめて自販機で缶ジュースを買ったのだった。
自宅の最寄り駅へは急行が停まる駅で乗り換えて2駅先だった。都下の駅としては小さめで、駅前はやっと最近になって古くからの個人商店などが立ち退いて、広めのロータリーを整備していたところだった。
1年経つと、その整備も進んでいて、かなり面目が新しくなっていた。フロリアはその駅から徒歩10数分の30坪の建売一戸建てを目指す。道は駅前は新しくなりつつあったが、そこから離れると見覚えのある懐かしい風景であった。
特に変化を感じるようなところはない。
そして、自宅へ。
かなり緊張していて、何と言って自宅のチャイムを押そうかと思っていたのだが、なんだか庭の様子が違う。
理由は一目瞭然だった。お母さんは花が好きで鉢植えの花を近くのホームセンターで買ってきては植えていたのに、それが全部撤去されて、一面に砂利が敷かれていた。
不思議に思ったフロリアは、しかし表札を見て、その理由を思い知った。知らない名字の表札であった。
「嘘……」
唖然とその場に立ちすくんだフロリアであったが、こんなところでじっとしてもいると、目立つ。
すぐにお隣のおばさんが玄関から出てきて、こちらをじっと見ていることに気がついた。割りと仲良くしていたおばさんだ。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
挨拶したフロリアに、かなり警戒した様子ではあったが、挨拶を返してくれた。
ごめんなさい、おばさん。
心の中で誤りながら、フロリアは混沌魔法でおばさんの心を少しだけいじった。
「このうちに住んでいた◯◯さんを訪ねて来たんですけど、どこかに引っ越したんですか?」
普通であれば、怪しげな少女がそんなことを言い出したら、まともには答えて貰えないだろう。しかし、おばさんは特に不審に感じることが無くなってしまい、「ああ、引っ越したんだよ」と教えてくれた。
その家の持ち主だった一家は1年前に高校生だった娘さんを事故で亡くし、思い出が残る家は辛くてたまらない、という理由で引っ越したのだという。
「明るい娘さんだったからね。ご両親やお兄さんのショックもおおきかったんだろうねえ」
「そ、そうですか。……あの、引越し先は判らないですか?」
「それは聞いてないね。ご主人の仕事の関係があるから、都内に通勤できるところだってことだったけど、あまり詳しく聞くのも憚られてね」
「……ありがとうございます」
フロリアは礼を言うと、そのまま自宅を後にした。
おばさんはしばらく玄関前にいたが、なんで自分は家から出てきたのだったっけ、と思いながら、玄関先のゴミを拾うと、自宅に引っ込んだのだった。
***
明治神宮に帰って、亜空間に入ったフロリアはテントに籠もり、しばらく出てこなかった。
お父さんたちが引っ越して仕舞っていたというのは、想定外であった。あの家はフロリアが中学に上がるタイミングで買ったもので確か35年ローンだと言っていた筈だった。初めて自分の部屋を貰ったのが嬉しくて、壁紙は変えられなかったけど、カーテンや布団カバー、枕カバーなんかをパステル調のピンク色に統一して貰って、可愛い部屋にコーデしたのだった。
それから、お父さんにお願いして、小さなチェストも白に引き手や縁がピンク色のチェストを買ってもらい……。
もうあの部屋はどこにも無いのだろうな。
ショックを受けたまま、戻ってきてしまった。中学の時の友達の家にも行ってみようかと思ったのだったが、何だか急に怖くなってしまい足が竦んだのだった。それに友達では、それも中学の時の友達では、引越し先を知っているとも思えなかった。
高校の時の友達は電車の路線が違っていたり、けっこう離れたところに住んでいたので、懐具合が寂しい時に行くと帰りの電車賃が足りなくなるかも知れなかった。
セバスチャンが何も報告しないところを見ると、トパーズの手がかりも無いのだろう。そうなると、よほど遠くに飛ばされたのか、それともここでも元の世界でも無い、まるっきり別の世界に飛ばされてしまったのだろうか。
この亜空間内にはセバスチャンも居るし、妖精も居るし、送還出来ないと困るので召喚はしていないがニャン丸やモンブランもいる。元の世界に戻れば、マジックレディスの仲間たちだって迎えてくれるだろう。
それなのに、トパーズがいない、そしてせっかく日本に戻ったのに家族とも会えない、それがこれほど心細く不安になるなんて思いもよらなかった。
トパーズを探す手立ては今のところ、セバスチャンにやってもらっているローラー作戦ぐらいしか思い浮かばない。
でも家族は、親戚に聞けば引越し先が判るかも知れない。お父さんの出身地の石川県に親しくしてきたおじさんが住んでいる。
金沢から福井に向かって、北陸本線で30分ほど乗ったところにある小さな駅の近くにおじさん一家は住んでいる。
そこまでどうやって行けば良いのか。いや、行く方法はある。魔法を使えば、夜に徒歩移動でも数日程度で行けるだろうけど、自分が出現したこの場所を離れるのはトパーズを諦めるのと一緒、という気がして……。
悩んでいてもお腹は空く。テントを出て、夕食を食べながら、セバスチャンに相談したら、「それでしたら、ねずみ型ロボットを派遣しましょう」と言い出した。収納に転移魔法陣を入れたロボットを石川県の目的地周辺まで行かせるのだ。フロリアは転移で石川県に行って、叔父宅で必要な事柄だけ聞き取りしてすぐに戻れば良い。フロリアが東京を離れるのは一時間にも満たないのではないか、とセバスチャンは言った。
「そうだね。でもどうやって行くの。ねずみの足じゃ、さすがに遠いよ」
セバスチャンはねずみに電車の車体のしたにでも潜り込ませて移動すれば良いと答えた。渋谷駅や新宿駅を精査しているねずみ達からの報告で、日本を網羅する電車網についての知見を得たセバスチャンはかなり興味がありそうだった。うまく北陸新幹線に乗れたら、東京から2時間半で金沢に着く。それから長距離バスや長距離トラックに便乗するのも良いかも知れない。複数のルートで目指せば、いずれかのねずみが辿り着くであろう。
トパーズ捜索だとせいぜい範囲を広げても東京近辺。思わぬ新世界探検で知識欲に燃えたセバスチャンにとってはチャンス到来とも言えるのだった。
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