第353話 フロリアの場合2
選んだ方角は正しかったらしい。
フロリアは、渋谷のタワーレコードの前に居た。
たしか、友達と連れ立ってCDを買いに来たことがある。今は店は閉店しているが、店の前の神宮通りはこの時間帯でも割りと人通りが多い。
そうなるとフロリアの現在の格好(アメコミ・ヒーローっぽい雰囲気の戦闘服に各種装備付き。もっとも装備やバイザー付きヘルメットは今は収納に仕舞っているのだが)はこの場所では"浮いて"いる。
"代々木公園にいる間に亜空間の中で着替えればよかった……"
フロリアの手持ちの服はいずれも異世界の風俗に合わせたものなのだが、中にはこの世界で着ていても、比較的違和感が低いものもあったのに。
しかし、ここまで来てしまうとフロリアは格好は元より、その容姿がひと目を惹くので亜空間に潜り込める隙がない。
一旦、戻ってどこかひと目の無いところで亜空間に潜るか。
それも面倒だし、あまり時間が掛かるとトパーズが心配である。早く合流するためにも亜空間に潜っている時間は減らしたい。
それで、この格好のままスクランブル交差点を目指す。
「ううっ。恥ずかしい」
ますます注目を集める度合いが酷くなるような気がする。もちろん、先程から隠蔽魔法と虚偽魔法で自分の姿が他人の注意を惹きにくいように偽装しているのだが、どうも魔法の効きが悪いような気がしてならない。
「もしもし」
声を掛けられた。
これまでだってあちこちの町で、市場に行くと地回りやら人さらいやらナンパ目的の連中とか、色々と声を掛けられたり、いきなり絡まれたりとあった。
その都度、あしらったり、それが出来なければ最悪、胡椒爆弾を鼻先に炸裂させたりしてきた。
今回も同じようにやれば良い。現代日本に戻ったからと言って遠慮する必要も無いだろう。
と思い振り返ると、警官が2名居た。
「君、日本語わかる。どこから来たの?」
げ、補導された。
確かに今のフロリアは13歳の少女。彼らの眼には西洋人に見えるだろうし、西洋人は比較的年齢が高く見える傾向があるのだが、それを割り引いてもフロリアの容姿はまだ子供っぽい。
というか、前世のフロリアでもまだ女子高生なのだから、夜中に繁華街をウロウロしていたら、補導されかねない。
どうしよう。悪意を持ってこちらに接している訳でもない警察官相手に暴れるのも気が引けるし、それにこれが原因でずっと跡を追われるようになったら面倒。
あ、そうだ……。
「ニ、ニホンゴ……ワカ…ラナイ」
言葉が分からないふりで切り抜けよう。
警察官達は別に困った風も無く、「ああ、迷子だね。それじゃあ、交番に行こうか。いろんな国の言葉を話せる警官もいるからね」と言い出す。さすがに渋谷の駅前あたりを巡回している警察官はこの程度のことで慌てないみたいである。
「そろそろコ◯ナが収まってくると、こういう外国人も増えてきたな」
などと呑気に話している。
仕方ない。フロリアは後ろを向くといきなり走り出す。
「きみ、待ちなさい!!」
警察官は追ってくるが、ベルクヴェルク基地謹製のシューズの機能を使えば、普通の少女よりもずっと早く走れるし、けっこうな人混みがあるとは言え、森の木々の間をすり抜けて走るのになれているフロリアにはそれほどの障害にはならない。
まあ、適当に動くので、木々を避けるのよりも気を使うのだが……。
「いいぞ、逃げろ逃げろ」
酔った大学生らしき集団がフロリアを応援し、警察官をはやし立てる。
もちろんフロリアは特に応援など無くても、警察官ぐらいまくのに苦労はしない。
あっという間に引き離して、JRのガードをくぐって、都道の歩道橋を驚くべき勢いで超えると向かいのビルの並んでいる隙間に潜り込んで、警察官の眼をかわす。
警察官達は無線で応援を要請していたのだが、ひと目が無くなればこちらのものである。さらに角をいくつか曲がってから、風魔法を使って低めのビルの屋上に登ると、ビルからビルへと飛び移っていき、完全に警察官達をまいてしまった。
そして、少佐に感づかれるのをある程度覚悟の上で、10階建てほどの高いビルの屋上から出来るだけの威力で探知魔法を使った。
これでトパーズがいれば、すぐに引っかかる筈であるし、トパーズの方でもフロリアの魔力の流れを感知してくれるだろう。
しばらく、そのビルの上で探知魔法を使ってから、別のビルへ。
そして、一旦地面まで降りると片道3車線の広い道を渡って、向かい側のビルに登って探知魔法……。
これを数回繰り返して、はっきりわかったことは、どうやらこの近辺にはトパーズも少佐も居ない、ということであった。
そろそろ疲労感を覚えてきたので、亜空間で休むことにした。トパーズが近場にいないのならこの空間とは隔絶する亜空間に入っても、行き違いになることは避けられる。一応、居ない間の監視役として蔓草を使いたいので、土と草が生えている場所が欲しく、最初に気がついた代々木公園までわざわざ戻ることにした。
行ったり来たり、面倒ではあるが、渋谷で探知魔法を使っていたら、人間の数が多いのはもちろん、ドブネズミの類いが多いのに気がついて、うっかり亜空間に入り込まれたら大変だと思った。
あのネズミは、ベルクヴェルク基地謹製のロボットとは違って、不潔極まりないだろうし……。
そう言えば警察官達はコ◯ナが収まってきたって言ってたっけ。自分が死んだときには感染拡大してから2年目で、いろんな行事が中止になるし、考えてみれば詰まらない高校生活であった。あのSNSソフトで友達とは繋がれたから、あまり疎外感はなかったけれど……。
"今"は自分が死んだ後の時間軸らしいが、いったい何時なのだろう。
――ようやく亜空間に戻り、まず最初にこれまで着ていた、体にピッタリの戦闘服を脱ぎ捨てる。
いくら異世界の服装がこちらの世界に合わないとは言っても、もっと違和感を持たれない服はいくらでもあるのに、さすがにこの服のままで夜の繁華街をウロウロするのは迂闊だった……。
とりあえず戦闘服は脱ぎ捨てて、ザッと風呂に入る。こんな時でもブラウニーは亜空間内でいつも通りに家事をして、フロリア達を待っていてくれる。
疲れていて、ゆっくりと浸かりたいのだが、トパーズを探さなきゃという気も急いていて、どこか落ち着けない。
結局、すぐに風呂を出ると収納内の服をさらって、"今"の東京でも比較的目立たない服を探す。
「うん……これかな」
水兵服に似せてあるという意味でのセーラー服。上半身は日本の女子高生が着ている制服でも通用しそうだが、下半身が半ズボン。
「ま、おしゃれに見えるといえばおしゃれっぽいし」
そう言えば、この服でリゾート地ポートフィーナで夜会に出たのだったっけ。
さほど前のことでも無いのに、もう懐かしい。
――視界の隅になにかが動いたような気がしてそちらを見ると、ネズミがいた。
いつの間に、亜空間に入り込んだ?
フロリアが思わず悲鳴を上げて、その灰色で良く太った体を切り刻むつもりで魔剣を収納から取り出し、攻撃に入ろうとした。
「ま、待って。待って下さい、ご主人さま」
「あ、え? あんた、ロボットなの?」
「はい」
「危ないところだった。一体どこで潜り込んだの? この亜空間の中には基本的に居ないようにとセバスチャンに言っておいた筈なのに」
「いまさっき、参りました。私はベルクヴェルク基地より、転移魔法陣によってこの場所に参ったのです」
いつも読んでくださってありがとうございます。




