第350話 少佐との戦い11
正直、なにかの目算があって目眩ましの土煙を盛大に巻き上げるような魔法を発動した訳ではない。
ほとんど無意識のうちにそうしなければならない気がしたのだ。
そして、焼夷弾をばら撒くのと平行して、自力の火魔法であるファイヤーランスをどんどん撃ち出す。一発ごとに魔力と精神力が流れ出していくのを感じるが、これもそうしなければならない気がする。
これまで、帝国内で現在の地歩を固めるために、少佐は幾度も襲撃されたり、暗殺されかけたりしてきた。
普通であれば諦めるようなところまで追い詰められたことがあった。
しかし、そうした時でも少佐はピンチになればなるほど、頭の中は冷静に冴え渡り僅かな可能性を見出し活路を切り開いてきた。
それに比べて今回はどうだろう。いつも、最後の手・奥の手として絶対的な存在であった転移魔法がこの相手には通用しない。どこに逃げても追ってこられる。
"我ながらお粗末なものだ。転移魔法が通用しないだけで、ヤケクソになって苦し紛れで効きもしない攻撃魔法を連発するだけ……"
――自嘲の笑みすら浮かべそうになった少佐は、その時に奇妙なことに気がついた。
確かに一発ごとに魔力が少しずつ流れ出していく。
だが、それは宙に消えていくのではなく、ファイヤーランスにとどまっている。
いや、もちろん攻撃魔法で作り出した実体は魔力を帯びているものなのだが、その魔力はもう魔法使い個人の魔力ではなく、色も特長もない単なる魔力の形骸に過ぎないものだ。
"だが、わたしが撃ち出しているファイヤーランスは……"
1秒か2秒のごく短い時間。
少佐の頭脳はフル回転していた。
攻撃魔法で撃ち出した実体が自分の魔力の特長を持っているのならば。
少佐は更に激しく土煙を巻き上げると、同時にファイヤーボールを複数個撃ち出す。ただし、追跡者のロボットを狙わない。四方八方に適当に撃ち出すのだ。ファイヤーボールは空中を飛び続けることはなく、適当に地面に落ちるが、ゴム毬のように跳ねていく。
これまでもある程度は攻撃魔法をコントロール出来たものだが、こんな風に細かく繊細な動作が出来たことは無かった。しかも複数個である。
"自分の魔力が籠もっているからなのかも知れない。どちらにしても今は検証する暇は無い"
生き延びられたら、新しい攻撃魔法の特長はじっくりと調べれば良い。
それよりも、これからどうするか。
追跡者のロボットたちは確実に混乱しているようだった。
逃げる?
そう。逃げるしか無いだろう。
だが、このままロボットたちに背を向けて距離を取っていくのは悪手だ。他のファイヤーボールとの挙動の違いから、すぐに"本モノ"がどれなのかを悟られ、また追跡の手が集中してくる。
逃げる時には敵の本陣に突っ込む。
前世では別に歴史に興味など無かったが、経営者になってからはどうしても経営者仲間みたいな付き合いも出来て、そのなかに歴女上がりの同業者がいて色々と聞かされた。
その勇猛果敢で知られた武将は、天下分け目の決戦で負けた側についてしまったが、勝負が決した後に戦場を脱出するのに前進して、敵の本陣の手前を突っ切って逃げたということだった。
それによって、相手の意表を突いて対応を遅らせ、さらに追跡してくる敵には臣下が死兵となって足止めをしたのだという。
"フロリアを倒す"
もはや、一番最初のフロリアを自分の配下に収めるという目標はとっくに放棄している。今は生き延びる為にフロリアを殺すことを考えるのだ。
あのロボットたちはフロリアが死ぬか、せめて負傷をした場合、どのような挙動を取るのかは不明である。
あくまでインプットされた命令に従い、少佐を追ってくる可能性も高い。その場合は結局は少佐は逃げ切ることは出来ないであろう。
しかし、フロリアがリアルタイムで命令を出していた場合、またはフロリアに危害が及んだ場合には少佐追撃よりフロリア保護を優先する命令が与えられていた場合には、一時的にでもロボット達の追跡の手が緩む。
こうなれば、それに賭けるしか無い。
少佐は収納袋から魔力回復用のポーションを出して飲むと、また数個のダミーがそのあたりを跳ね回り、走り回るように撃ち出し、自分も適当に蛇行しながらロボットたちを避けて、その後ろに陣取るフロリアを目指す。
"それにしても、この土壇場で新しい力に目覚めるなんて。いかにも物語の主人公らしいじゃないか。主人公ならここで生き延びる筈だ"
***
「フロリア、慌てるな。お前が慌てると、あのピカピカ共に伝染するやも知れぬ」
トパーズの言葉にうなずく。
トパーズの眷属とは違い、機動歩兵達はセバスチャンというワンクッションを置いて、間接的に支配しているので、フロリアの動揺がただちに伝わることはない。
だが、確かにここで慌ててはいけない。
機動歩兵達の混乱は、標的の魔力が分散して、的を絞れなくなったことに起因する。
「なんで、的が分かれるの? セバスチャン、そんな魔導具ってある?」
「これまで、私どもではそのような効果を持つ魔導具を作成したことはございません。もちろん、グレートターリ帝国に提供しておりません。
少佐のオリジナルの魔法かと存じます。興味深い効果をもたらす魔法でございますので、後ほど同等の効果を発揮する魔導具の開発に取り組んでみたいと存じます」
戦闘の最中に呑気な感想を漏らすセバスチャンであったが、このロボットも感心しているばかりではなかった。
機動歩兵に少佐の気配を一つ残らず順番に攻撃を加えていき、ダミーの数を減らし、本体をあぶり出せという指示を出していたのだった。
十分な火力の余裕があってこその命令であるが、これは効果的であり、すぐに少佐のダミーは減っていった。
「あ、居た!!」
フロリアはいきなり目の前に現れた少佐に驚きの声を上げる。
ずっと土煙に隠れて接近していた訳ではなく、フロリアに対して隠蔽魔法と虚偽魔法を撒き散らしながら、接近していたのだ。
まだ20メートル以上は距離があったが、少佐は風魔法に背を押させて、人間離れした跳躍力で一気に差を詰めて、至近距離から攻撃魔法を叩き込むつもりであった。
いくら、フロリアが強固な防御魔法を展開できるとしても、その内側から攻撃すれば良いのだ。
ここまで魔法戦の経験はそれなりにあるフロリアであったが、接近戦や格闘戦はほぼ無経験。迫る少佐に対して有効な手段を取ることも出来ない。せめてグロックでも撃てば良いのだが……。
だが、フロリアは為すすべもなく、少佐にされるがままであった訳ではない。
少佐の牙が届く前に、トパーズの黒く精悍な影が伸び、フロリアの前に立ちふさがる。そして風魔法のエアカッターを放ち、少佐がよろけたために一瞬の間が発生して、奇襲攻撃は失敗した。
トパーズは、少佐が接近してくるのをフロリアよりも早く察知して、しかし警告を発するだけの余裕がなく、自らを盾にしたのだ。
トパーズがフロリアよりも早く察知出来たのは、魔力感知でも視認や匂いによるものでは無かった。
ただ、少佐からの"殺気"を感じ取ったのだった。
少佐が新しい力をいきなり実戦で使うのではなく、習熟する時間があれば……、あるいはトパーズという唯一無二と言っても過言ではない天才的な戦闘力の持ち主がいなければ、フロリアの第二の人生はここで終わっていたかも知れない。
フロリアはグロックもどきの魔導具で、よろけた少佐に数発の魔力弾を撃ち込む。
ビシビシと音がして、とっさに少佐が張った防御魔法が破れ、少佐の脇腹と太ももに魔力弾が命中する。
さすがに思わず膝をつく少佐。
残った方の手を地面についてどうにか完全に転ぶのを避ける少佐だが、片膝をついたまま立ち上がることも出来ない。
「勝負ありですね」
フロリアはそう言うと、グロックの銃口を慎重に少佐の眉間のあたりに狙いを定めたまま、二三歩近寄る。
深く考えての行動ではない。無意識のうちになにかに引っ張られるように近づいたのだ。とは言え、危険なほど近づいた訳では無いし、フロリアと少佐の間にはトパーズが立ちはだかっていて、これ以上フロリアが一歩でも近づこうとすれば遮るであろう。
フロリアは少佐がまだ転移魔法を使える余力があるとは思ってもいなかったし、まさかこれだけの距離がある自分がそれに巻き込まれることなど完全に想定外であった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
この章はこれで終わりです。
次の話は、これまでの話の続きなのですが、けっこう毛色が違ってきます。




