第348話 少佐との戦い9
その冷徹な狩人たちは、まったく無駄のない、そして一切の躊躇を感じさせない速度で、急速に少佐に迫ってくる。
既に発見されたことは間違いなく、どこかに隠れてやり過ごせる相手でも無い。
逃げるか、迎え撃つか?
相手は多分3人一組(人っぽく無い気配だから3人と決めつけるのは危険であるが)で、4チームが接近してくる。遠くに他のチームも居るようだが、これらも程なく追ってくるだろう。
優れた魔法使いであれば、対峙した敵の魔法使いの強さはなんとなく感じられるものであった。それは別に少佐に限ったことではなく、マジックレディスのメンバーやフロリアでも似たような能力はあるものだった。
しかしこの相手は強さの検討がつかない。
戦って見れば判るのだが、それでこちらの手に負えないほど強かった場合、もう逃げ切ることは不可能になる。
ここは安全策を取って、最初から逃げるしか無かった。
もう、魔法の痕跡を残すことを心配しても意味がない。
少佐は風魔法をクッションに前方に全力でジャンプする。高く跳ぶと、ちょうどよい標的になるだけだし、飛距離も稼げなくなる。灌木に体が引っかからないギリギリの高さ。 その高さで前方に逃げながら、少し視界が高くなったことで、後ろを振り向き、身体強化魔法で遠目に敵の姿を確認した。
「ロ、ロボット!?」
少佐は前世の日本に生まれ育った記憶があるので、すぐに機動歩兵達の姿を視認して、そう感じた。
明らかにこの世界のゴーレムとは違う、無駄のない細身のデザインで金属製のボディをしている。
道理で意志が感じられない訳である。
フロリアが自分と同じく転生人であることはわかっていた。だが、これは……。
もしかして、あの娘は前世の日本から色々と持ち込んでくる能力があるのか?
いや、そもそも自分が知っている日本には、あんなロボットはまだ実用化されてはいなかった。
少佐側から機動歩兵が視認出来たということは、機動歩兵側でも少佐を確認したということである。
機動歩兵達は銃を構えると射撃を開始した。
無属性の魔力弾。
「今は、驚いている場合じゃない」
少佐は素早く自分の背後に防御魔法を張るが、それが一瞬で破壊されていくのを感じる。
こんなに距離があるのに……。
風魔法で、無理やり自分の体を下向きに押し込める。とっさに軌道を変えるにはこうするしか無かった。
魔力弾が体のすぐ上を通過していき、その風切り音まで聞こえてくる。
灌木の枝が体にあたり、さらに地面に激突しそうになるが、今度は地面と自分の間に空気のクッションを作って、衝撃を和らげる。
それでも、どうにか銃撃が直撃することは避けられた。
少佐は体の痛みを無視して、立ち上がると頭を低くして走り始める。やはり、身体強化魔法を駆使していて、普通の人間が走る速度よりもずっと早い。
「だけど、やっぱり引き離せないね」
ロボット達の方はどれぐらいの重量なのか不明であるが、森の中を軽快に駆けてくる。横に広がった灌木や、枝が横たわって進路を塞いでいるところは、飛び越えている。
その都度、上半身ぐらいは灌木の上に出てくる。
少佐は後ろを振り向かずに走っているが、気配を感じる魔法がフロリアのものよりもずっと高性能で、ロボットと地面との位置関係まで把握出来るのだ。
「どのぐらい頑丈なのか、見てやる」
少佐はファイヤーボールを放つ。斜め上方に。
そのファイヤーボールが数メートル上方で滞留する。下を駆け抜ける少佐の動きとは関係なく。
そして、ロボット達がまたジャンプするタイミングを見計らって、いきなりなにかに撃ち出されたかのように、相当な速度を持ってロボット目掛けて直進する。
単なるファイヤーボールとは言え、これほど複雑で精密な動きを可能にしているのは少佐ならでは、である。
フロリアの操剣魔法も複雑怪奇な動きではあるが、あれは剣そのものが魔剣であり、自動操縦的な機能が最初から盛り込まれている。
単なる炎の塊とは意味が違うのである。
ファイヤーボールは一番少佐の近くまで迫っていたロボットのボディに直撃するかと思われたが、素早く空中で軌道制御して避けたのだった。
だが、左腕の前腕部に当たる。
ファイヤーボールが命中したロボットは特に姿勢を崩すことなく、そのまま着地した。
しかし、着地してすぐに前進することなく、一旦停止。3体で一組のユニットも停止して、数秒程度は動かなくなった。
その3体のロボットの気配が少し変わったが、相変わらず異質な気配なので、少佐にはロボット達が躊躇しているのか、恐怖なのか、逆に闘志を燃やしているのか、それともそもそもそうした感情ではなく、ダメージを解析しているだけなのか、伝わってくることは無かった。
3体一組のユニットは前1,後ろ2の三角形を組んで移動していたのだが、前腕部にファイヤーボールが直撃した個体はそれまで前に位置していたのが、後ろになって別の個体が前衛へ。
ユニットを組み変えると、再び少佐へ向けて進行を開始した。
「予想はしたけど、こんなのじゃ止まらないか」
まったく効果が無いわけでは無さそうではあるが……。
一つのユニットが左側から大回りしている。そのユニットは距離を取った分、地面を走ることはせずに灌木の上を飛んで居る。
先程、少佐が行ったように風魔法を応用しているのだろう。
撃ち落としたいがこの距離では攻撃魔法の威力が保てないし、それに簡単に避けられるであろう。
だが何とか足止めしないと、あのユニットは前方から私の進路を塞ぐつもりであろう。
そう判断した少佐は、腰に縛り付けた袋から魔導具を一つ取り出した。
それは広範囲にわたり幻惑魔法を展開する魔導具である。
初代スランマン大帝があたり一面砂漠に近い荒野で隠れる場所も山も河も無い、ただひたすらだだっ広いだけ、という上手い戦術や布陣の妙を発揮しようの無い地形で、圧倒的な大軍を相手に、大勝利を収めた際に使用した魔導具である。
いくつもの歴史的な勝利を収めた大帝の勲 しの中でも特に有名なもので、名将と呼ばれた将軍が率いる大軍に圧倒的に不利な状況で勝利したものである。
その大軍は魔法的な状態異常に対する防御は十分に施された精鋭であり、スランマン大帝の軍をあと一歩というところまで追い詰めたものの日没により進軍を停止して、その場に滞陣。
その夜、四方から膨大なスランマン大帝軍の奇襲、魔物の群れによるスタンピード、アンデッドの大群による襲撃などが一度に発生し、追跡軍は混乱を極め壊滅。
翌朝、陽の光の元で確認したところ、大軍はほとんど同士討ちで壊滅したことが判明し、将軍以下幕僚達は自死して主君に詫びた、という逸話がある
「ロボットに幻覚が効くかどうか怪しいけどね」
帝国の宝物庫に収められた魔導具を、見た目だけはそっくりな偽物と入れ替えて持ち去り、収納袋に隠し持っていたものである。効果が怪しくとも、ここで使わねば、もう二度と使われないまま、ロボットの攻撃を受けて破壊されるか、フロリアの手に落ちるか、である。それにロボットに効果がなくとも、フロリアには効くかも知れない。
ダメ元で少佐は魔導具に魔力を込めて、最大出力で起動させた。
***
「なに? この変な感覚?」
「さあな。どうやら幻覚らしいが、けっこう強力ではあるな」
フロリアの問いとも独り言とも知れない言葉に対する、トパーズの返答もあやふやであった。
「おそらくは、以前にスランマン大帝と名乗る転生人に供給した魔導具のようでございます」
「……こんなのもわたしてたの?」
「広範囲に渡って魔法の威力を効果的に伝える魔導具でございます。これは特に幻覚魔法を広げるのに合わせて作られています」
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