第339話 防御側との戦闘2
幾重にも薄衣を身に纏い、丁寧な化粧と印象的な装身具の女性。女官と一言で言っても、本当に下働きしかしない者から、后妃の身の回りの世話のみを行う者まで、多くの階層に分かれていて、特に后妃の世話係ともなると、その后妃が皇帝に呼び出された際に同行して、皇帝の目に留まる可能性まであるのだ。この女官はかなりの地位にあるのだった。 そうした女官が、右手に扇子を構えると、ゆったりと踊りだした。
特に伴奏もなく、ゆったりと舞い踊る様はシュールと言えばシュールだが、なんとも表現し難い優美さもあった。
前世の女子高生時代からして、ゲージツ的なものには興味の薄いフロリアでもなんとなく見惚れてしまっていたのだが、獣のトパーズには関係無かった。
「ふん」
トパーズが腕を振ると見えない空気の刃が宙を舞い、女官は一瞬の後に血飛沫を上げて倒れたのだった。
「フロリア様。細い針の攻撃です」
セバスチャンの言葉にあわてて、前面の防御魔法を厚くするフロリア。その防御壁に見えないほど細い針がプスプスと数十本刺さる。
女官がトパーズのエアカッターに斬り裂かれる一瞬前に撃ち出した針の攻撃であった。細い針であっても、1本ごとにオークも一瞬で殺せるほどの毒が塗ってあったのだ。
「今度は人数を増やしてくるか」
女官が倒れた後ろから、今度は5名の宦官と女官のチームが現れる。
後宮内の回廊の少し広くなった場所で散開してそれぞれ攻撃魔法を放ってくる。
やはり服装的にも接近戦を挑む魔法使いは居無さそうに見える。
同じ攻撃魔法でも、それぞれに違う魔法を使ってきていて、特に女官どうしの1人が水魔法で、もうひとりが雷魔法を使ってくるペアが普通ならば厄介な相手であったろう。
フロリアは、トパーズに飛び込まないように言うと、相手のすぐ近くに取り出し口を設定して収納魔法でこぶし大程度の石塊を取り出して、彼らにぶつける。
それぞれに防御魔法を張っていたが、その内側に突如出現した、ある程度の質量と運動エネルギーを持った物体が直撃したので、たまらない。
あっという間に、彼らは倒れてのたうち回る。
倒れたところで防御魔法は破れるので、トパーズがエアカッターを撃って止めをさしていく。
「後ろだ、フロリア!」
いつの間にか回廊の後ろ側から接近していた気配にトパーズがエアカッターを飛ばす。 狙い違わず、細身の女官にあたり、女官は声も挙げずに倒れる。
「ふむ。さすがに気配を消すのが少しは上手いな」
とうそぶくトパーズ。
こちらも全力を出しているだけに勝負は一瞬でつくが、これまでに幾度か戦闘になった魔法使いとは一味違う実力者揃いである。
「次が来るのを待っていても仕方ない。どんどん行くぞ」
トパーズとフロリアは、自分たちが倒した魔法使いの死骸の脇を通って、回廊を進んでいく。
「……」
「なんだ、これは?」
「闇魔法?……。気をつけて、トパーズ。多分……」
強い酔いが急に回ってきたときのように、眼の前の回廊が歪んで見える。
吐き気も襲ってくる。
フロリアは、おそらくは単純な闇魔法だろうと思ったのだが、ただ単純で芸が無いかわりにちょっと信じられないぐらい強力であった。
状態異常に対する耐性も防御も全て吹き飛ばすほどの……。
いまの状態でさらなる敵襲を受けたらまずい。すぐに状態異常用のポーションを飲まなくては。
思ったように収納魔法を制御することもできず、ポーションを取り出せない。
なんとかトパーズに、ほんの少しの時間だけでも守ってもらおうと、声をかけようとしたのだが……。
それまで、たくましい戦士の姿に変化していた筈のトパーズが、黒くて不定形なゲル状の物体になって、地面に溜まっていた。
変化する一瞬の間に、このような不定形なゲル状になることはあったが、そのままの姿を晒すようなことは始めてである。
トパーズにまで、これだけの効果のある闇魔法って……。
フロリアも立っていられなくなって、膝をつく。
"ああ、血だ。宦官の血だ"
トパーズのエアカッターで首筋を切られて、盛大に吹き出した宦官の血が空気中に漂っている。
その中を歩いて、広くなった処に抜けようとしたのだが、どうやら血の中に何かの魔法的な効果が秘められていたらしい。
早くポーションを飲まないと。
霞む目にも、次の敵が迫ってきているのが見える。
***
「どうやら効果があったぞ。命と引き換えの闇魔法だけのことはある」
先に倒された同輩と似た背格好の宦官が数名近づいて来た。
わずか1名と従魔1匹を倒す為に大きな犠牲を払い、未だ後宮の何処かで海水を噴出している他の従魔を止められていない。
だが、もう相手は戦闘力をうしなった小柄な人物1人だけだ。
あれだけの闇魔法の中でもまだ動けるのは大したもので、ノロノロと手の中にポーションの瓶を出現させるとそれを口に近づけようとする。
「残念だな」
そう嘯いた宦官はその手を蹴り上げると、ポーションは手から離れて床を転がっていった。
宦官たちは、同輩の血が体に付着しないように魔法的な効果を付与したヴェールで体を覆っている。
「おい、見ろ。娘だぞ、こいつ」
ポーションを飲むためにヘルメットから降りたバイザーを半分ほどずらして、顔立ちが見えているのと、ベルクヴェルク基地謹製のコンバットスーツが比較的ピッタリしているので、マントのしたの体の線が見えたのだ。
あまり肉付きの良くないフロリアであったが、そろそろ女らしい体つきになっている証拠であった。
「アナトリア妃は、怪物だとおっしゃっておられたが……。まあ、あの妃様も怪物みたいなものだから不思議はないか」
「殺せ、というお言いつけであったが、我らの手にかかればこの通り。生け捕りにしよう」
宦官の1人が懐から、魔導具でもある拘束具を出した。これで手足を拘束し、口も魔法効果を付与した布で塞げば、いくら強力な魔法使いでも魔法を封じられる。
その拘束具を手に、フロリアの肩を掴んで、前かがみになっている体を起こそうとした瞬間。
宦官は「ギャッ!!」と叫ぶと、崩れ落ちた。
「なに!?」
急な反撃に、距離を取ろうとする者、短剣でフロリアを突いてとどめを刺そうとする者などに分かれたが、誰も自分のやろうとしたことができた者は居なかった。
***
ポーションの助けを借りるまでもなく、ベルクヴェルク基地特製のスーツとヘルメットに付与された耐状態異常効果が、フロリアを襲った闇魔法を急速に排除しつつあった。
以前にベルクヴェルク基地の総力を掛けて作り上げていた、多くの防御効果を付与したネックレスもこの事態に真価を発揮していた。
そして、フロリアは魔力を使えるようになった瞬間、自分の肩を掴んだ敵に電撃を加え、さらに周囲の敵には収納からとっさに取り出した投げナイフを、超至近距離で狙いも定めずにばらまいて、敵と言わず、何かに触れた瞬間に爆発させた。
対人用のごく小さな爆発なので、宦官達のなかでやや離れた位置にいた者は、その攻撃から逃れ、とりあえず、フロリアと距離を置こうとした。
その瞬間、駆けつけてきたねずみ型ロボットが、彼らの顔に飛びつき自爆する……。
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