第338話 防御側との戦闘1
王宮の警備・護衛は他の国では近衛騎士あたりが担当するのだろうが、グレートターリ帝国では、表の王宮は捨命軍団と呼ばれる皇帝サールハンの私兵が担当し、裏の後宮は魔法使いを男なら宦官、女なら女官という身分に置いて、警備を担当させていた。
もちろん、それぞれの組織には部隊長、責任者が居るのであったが、その指揮系統を飛び越えて、というか無視して少佐は目についた人間に指示を出していた。
ただでさえ、闇魔法系の魔法で彼らの意識に楔をうち込んでいる上に、皇帝の威を借りている、という側面もあって、特に後宮の迎撃体制は乱れた。
少佐、という軍組織のいち階級にあることをことさら称しているが、この女性は転生人ならではの飛び抜けた魔法の能力を持って、組織を裏側からかきまわしていただけの存在である。
確かに魔法という武器を抜きにしても、花のような美貌に男を魅了していく独特なフェロモン、前世の現代日本においても一級品であった頭脳の冴え、という多くの武器を持っていたが、それ故に凡百の一般人を鍛えて使い物にするための軍の訓練などは最初から小馬鹿にしていた。
指揮命令系統を重要視する気持ちなどまるでなく、自分の命令さえ聞いていればそれで良いのだ、というのが、少佐の考え方であった。
それに加え、これまでまったく想定もされていなかった、水攻めという攻撃方法も防御側の虚を突いた形になっていた。
フロリアとしては、意表を突く積りなどはなく、ただフロリアに対する悪意とは関係の無い人々を簡単に即死させないこと、そして逃げる時間を与えること、火力による破壊のような大きな被害を与えないことが目的で、それでいながら、少佐という難敵を苦しめる方法を考えついた積りであった。
海水で水浸しになった王宮や、帝都がおそらく後で感染症が蔓延して、下手な爆撃の被害よりも大きくなるかも知れないということには、フロリアは気がついて居なかったし、ベルクヴェルク基地のセバスチャンもフロリアの忠実な下僕であって、別に人類の保護を目的に活動している訳ではないので、そうした指摘をしなかったのだった。
ともあれ、衛兵達は轟音や水の流れを逆に辿って、排水口を突き止めようとしたのだが、ねずみ型ロボットは元来隠密行動を持って、人々の動きを探ることを主目的に開発されたスパイボットである。
衛兵たちが近づくと両方向収納袋の口を閉じて別な場所に素早く移動し、また排水を始める、という繰り返しで、水攻めを止めることが出来なかった。
少佐は宦官の中でも、攻撃魔法を使える魔法使いを集め、フロリア迎撃に当たらせた。
自ら出向いて雌雄を決したいところだが、未だ片腕であり、体力魔力の回復も不十分である。さらに言えば、この世界で自分だけしか使えないと思っていた転移魔法を使ってフライハイトブルク郊外の街道筋から追いかけてきたのは明白であった。
それ以外の方法では、わずかな時間で大陸をほとんど横断してこの帝都アイスランティオンまで移動出来る訳がない。
また、少佐の転移魔法の跡を追う能力があるのかも知れない、という点も不気味であった。
たとえ跡を追う能力がなくとも、これまでの経緯からフロリア側にも少佐がグレートターリ帝国の尖兵だということは確定出来ているだろう。
だから、逃げ込んだ先が帝都だろうということも予測して、帝都に追跡してくるのは特におかしいことではない。
だが、その広い帝都の中のアリスラン大宮殿をピンポイントで狙ってきたのが恐ろしい。
「化け物め。だが、いくら化け物でも、魔法使いの群れを相手にどこまで出来るか、じっくりと見せてもらう」
フロリアはもはや、あまり自分の居場所を隠蔽する積りも無いようで、割りと大っぴらに魔力を放出している。その分、強力な探知魔法も使っているので、気取られずに接近するのは難しかったが、大人数で押しつぶす積りなのだから構わない。
グレートターリ帝国は今では帝国の支配地域に住む人々は2億をはるかに超えて、数え方にもよるが3億に達するとの見方もある。
そして、この地方でも「魔法使いは一万人に1人の割合で発生する」という遺伝上の特質が変わることはなく、人口3億として計算した時に3万人の魔法使いが居るということになる。
そしてこの帝国でも、アリステア神聖帝国と同じく、魔法使いは国家に仕えるのが義務とされていた。その軛を嫌がって他国に亡命する魔法使いは少なからず存在するが、その場合は逃げた魔法使いの家族親族、小さな村などの共同体で生まれた場合にはその共同体全てが連帯責任を負わされることになる。
殺されるのはまだ運が良い方で、ほとんどの場合は莫大な罰金を背負わされて奴隷に落とされることとなる。
男なら炭鉱の採掘や荒れ地の開墾、危険な魔物討伐の際の人夫兼囮りなどの仕事、女なら若ければ性奴隷で、それが出来ない年なら男性でも苦しいような肉体労働を課せられる。
いずれにしても数年程度で死亡することになる。
それで、ほとんどの魔法使いは物心がついた頃に法定鑑定を受けて、魔法使いであるという結果が出ると、周囲が決して逃さないように必死に捕まえて、皇帝と帝国に尽くすことを強要するし、10歳になる前には帝都に連れて行かれることになる。
時折り、せいぜい魔力持ち程度で魔法使いとしては不足がある、とされ放逐された場合のみ故郷に帰って、地元の村で薬師のマネごとをする……といった人生をおくれるようになるのが唯一の抜け道なのかも知れない。
そして、3万人の魔法使いの中から、攻撃魔法が使えるものは軍が優先的に確保し、教育する。
その中でも大規模な範囲攻撃などは不得意であっても防御魔法に優れていたり、特殊な攻撃魔法が使えるという魔法使いはその特性を考慮され、性格や育った家庭環境、成績なども加味して、皇帝の護衛役に選ばれるのであった。
皇帝の表の護衛はそれでも軍人の身分と身なりを得られるが、後宮での護衛役は男が宦官、女が女官と決められている。
30名程が第一陣としてフロリア達に急速に接近してきた。対魔法使い戦闘の常として、広範囲に効果の及ぶ魔法をいきなり使われることを考慮して、まずは様子見として30名の中から2名が先行して接近してきた。
「気をつけろよ、フロリア。いつかの馬車の中に居た、己の個性を捻じ曲げられて混沌魔法使いを強制された連中とは違うぞ」
「うん。わかっている」
彼らの個性は、その芯の部分では不気味に霞が掛かったようになっているが、表層の部分はバラエティ豊かで、油断が出来ない。
先行した2人は、マジックレディスのメンバー程の魔力は感じないが、それ以外のこれまでフロリアが遭遇してきた、ほとんどの魔法使いよりも魔力が大きい。
殺気も十分で、どんな魔法を秘めているかも不明である。
「どちらにしても、この建物の中って、あまり逃げ場も無いし、ぶつかるしか無いよね」
さっきの衛兵のように、非魔法使いが命令されて向かってくるのとは違う。
遠慮も手加減も不要であるし、危険でもある。
通路の向こうにその2名の姿が見えた途端、人間の冒険者に変化したトパーズは「先手を取れ」とフロリアに言ったかと思うと、腕を振って強力な風魔法を撃つ。
常のように敵に急接近して襲いかかろうとはしない。それよりもフロリアの傍を離れないことを優先したのだった。
敵の魔法使いは似たような背格好の男が2人だった。宦官といえど、裾が足首まであるような長いローブを着ていて、決して活動的な格好とは言えないのだが、魔法で攻撃するのでそれで構わないのかも知れない。
宦官という生き物は、その身体の特性上仕方ないのだがツルリとした顔つきで、もちろんひげなど生えていない。体つきもなよなよした感じである。
トパーズの風魔法は、2人のうちの向かって右側の男が張った防御魔法に弾かれる。
風魔法は基本的に目に見えないのだが、トパーズのエアカッターは防御壁に当たった瞬間、パッと火花が散って、その上方の天井の一部が崩れる。
その破片を避けようともせずに、もうひとりの宦官がフロリアに向けて、小さな火の玉を数発連射した。
いわゆるファイヤーボールは少なくともバスケットボール程度の大きさから、大きなモノだと大玉転がしの玉ぐらいまで千差万別である。
この男はソフトボール程度のファイヤーボールなのでかなり小ぶりだが、速度も十分で連射も利く。これで一定の貫通力があるのなら、脅威の魔法であろう。
ほぼ同じタイミングで、フロリアも自分の体の近くから魔剣を数本撃ち出していた。
ファイヤーボールに当てる積りはなく、互いに交差して敵を目指し、ファイヤーボールの方はフロリアの防御魔法に弾かれ、魔剣は男の防御魔法に当たるが、そのまま横滑りしながら防御壁の隙間を探り当て、あるいは跳ね返りながら軌道修正して横から魔法使いを襲う。
どうやらこうした不規則な動きをする攻撃を受けたことが無かったらしく、防御魔法を突破された宦官は喉と目に剣を受けて倒れた。
もうひとりの魔法使いも魔剣は防いだものの、さらに放たれたトパーズの風魔法が、防御壁を破壊。そのまま魔法使いの首筋をきれいに斬った。
盛大に出血しながら、男は倒れた。その口元に僅かな笑みを浮かべていたが、さしものトパーズの目にも、その笑いは見えなかった。
「行くぞ、フロリア」
トパーズに促されて、通路をあるき出す。
自分がたった今、殺したばかりの死骸が転がっている脇を抜けるのはけっこうハードルが高い、と思っていたら、すぐに続きが出てきた。
「今度は女官か」
やはりどう見ても戦闘には不向きな嫋やかな雰囲気の美女が1人。
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