第333話 少佐との戦い5 長蛇を逸する
壁に対する、フロリア(本物の方)の操剣魔法による攻撃はどんどん厳しさを増してくる。防御魔法のエキスパートである壁にとっても、これは厄介な相手だった。通常の攻撃魔法であれば、基本的に直線的な攻撃で時折り山なりやカーブなどの変化をさせる相手が居ても、これほど自在に飛び回り、幾度も方向転換して四方八方から攻めてくることはない。
そもそも、これまでに知っている操剣魔法の使い手は2~3本の剣を操るのが精一杯であった。フロリアは収納からと思しき魔力の渦から新しい魔剣をどんどん追加してきて、今は14~15本程度が飛び回っている。
しかも、その一本一本が全て魔剣で、うっかり体に触れたらそれで戦闘不能になってしまうであろうと感じられた。
とても少佐のサポートに入るどころではない。自分の防御魔法を維持するのが精一杯で、せめて少佐と連携が取れる状態になれば……。
ちらりと少佐の方を見るが、そちらはフロリア(トパーズの変化体)の激しい攻撃に押されていて、やはり今にも押し切られそうである。
くそっ、せめて他に回った忍び足達がこちらに応援に来れば……。それに砲兵はどうしたというのだ!? まさかと思うが、この眼の前の小娘の配下に全てやられてしまったのだろうか。
壁の集中力が途切れてきて、魔剣をさばききれなくなっていた。遂に、体の右手の方に展開していた防御が砕け、慌てて次の防御を貼ろうとするが、間に合わず魔剣の切っ先が体にふれる。
全身に激痛が走り、痺れ、もう魔法を維持出来なくなった。
他の魔剣も防御を破ると壁に刺さり、壁は意識を失って地面に倒れるのであった。
この時には、少佐はフロリア(トパーズ)の猛攻を受けて、かろうじて致命傷は避けていたものの、全身が血塗れで、利き腕の右手も力が入らなくなっていた。額の傷からの出血が目に入って見えにくい。
完全に襲撃に失敗した。壁を攻撃していた方のフロリアもこちらへその剣を向けるであろう。
ここまでかなりの魔力を浪費してしまったが、もはや同行者は居ない。あと一回ぐらいであれば、転移魔法が可能である。
ただし、問題は転移魔法を使うには数秒から10秒程度の集中するための時間が必要であるということである。その集中するための時間が確保出来ない。
気がつくと、これまで少佐を追い詰めていた方のフロリアは黒い豹の姿に変化している。壁を倒した方のフロリアは少し離れた安全な場所に防御魔法を展開しつつ、魔剣を少佐の方に差し向けてくる。
なんなのだ、人の姿に変化出来る従魔がいるなんて!!
少佐は魔剣が接近しにくいように自分の周囲に風魔法を展開して、その切っ先をそらそうとする。これは意外と壁が行ったような防御魔法で防ぐよりも効果的であり、黒豹の風魔法による攻撃もある程度は相殺出来る。
「ふむ。なかなかやるではないか。転生人とやらの戦力はフロリアやアシェリーで判っていた積りだったが、お主が一番上のようだな」
驚いたことに黒豹は言葉を話した。いや、先程フロリアの姿のときにもひとこと、二言話したので、不思議はないのかも知れないが……。
「トパーズ! 私やお師匠様は、どっちかと言うと錬金術師よりなの! こんな風に喧嘩専門じゃないの!」
フロリアが呑気に黒豹に文句を言っている。
こちらだって、本当に得意なのは混沌魔法や闇魔法で密やかに他人を操ることだ。攻撃魔法の撃ち合いだってこれまでは負けたことが無いというだけだが、それは他人が弱すぎただけだ! 少佐はそう言い返したかったが、それこそ負け惜しみにしかならなそうである。
街道の町より方面。
頭の中で声がした気がする。少佐はこんな忙しい時に予知か! と歯痒い思いをしたが、予知は確かにピンチの時にいつも発動してきて、抜け出すきっかけを教えてくれたのは確かである。
街道に何があるのか?
風魔法で周囲を覆っているので、街道方面に長々と探知魔法を飛ばす。既に魔力はかなり消耗しているので、こうして"腕"を延ばすのも勿体ないが、事態を切り抜けられる可能性があるのなら、やむを得ない。
街道を、2頭立ての馬車とそれを護衛する騎馬の戦士らしき人々。御者まで入れて7~8名といったところか。近隣の金持ちの移動らしい。
「これだ」
少佐はためらいなく、体の周囲に展開した風魔法を竜巻のように自分を中心に据えて固定すると、土魔法を加える。細かい砂が当たり一面に舞い上がり、視界を遮る。
「鈍したか? 我らに魔力感知が出来ぬ筈がない、と判らぬか?」
黒豹の声。
少佐は構わずに、手傷を負って、どうやら腱を痛めたらしくまともに動かなくなった利き腕をエアカッターで切断した。
血が吹き出さぬように魔力で切断面に蓋をする。
自分で自分に混沌魔法を掛けて、一種の麻酔状態にしてあるが、激痛が走る。
「私も分身技ぐらい使えるのさ!!
少佐はそう怒鳴ると、切断した利き腕に思い切り魔力を注入して、目眩ましの小型竜巻の中に置く。
血液と共に魔力が流れ落ちる気がする。その状態で幾つもの魔法を同時に展開しているので、貧血で目の前が昏くなってくる。
「ばか、もう少し粘れ!」
少佐は地面を土魔法で大きめにえぐって、さらに煙幕効果を高めるとともに、自分自身が屈んで、竜巻の中から這い出る。
体が半分程這い出たところで、自分を風魔法で吹き飛ばして、空中に飛び出す。
少佐の体力消耗を待って、少し攻撃の手を緩めていたフロリアとトパーズは、ほんの一瞬、時間にして0.5秒程であったが反応が遅れた。
「しまった」
トパーズが俊足を飛ばして、少佐の後を追う。
フロリアも、自分と同じような魔法を使う少佐に驚きながら後を追う。しかし、今日に限って、ウンディーネを呼んだのに出てこない。
フロリアは戸惑いながらも、自前の魔法のみで後を追う。
自前の魔法のみで移動するのは少佐も同じであったが、残魔力の差もあり、いずれは追いつかれそう。いや、その前にトパーズの脚の方が早いだろう。
少佐にとって、自分に風魔法を使って高速移動する技術は"奥の手"の一つであったのだが、それでまけるほどフロリア達は簡単な相手だと思っていなかった。だが、同じ発想をして、技術を磨いて居たとは……。
フロリア達をまくことは出来なかったが、馬車までは追いつかれずに飛び続けられた。少佐は馬車一行の前に派手に飛び降りる。血塗れで、やつれた顔。どう見ても普通の状態ではない。
「何事だ!!」
馬車の前を騎馬で行く戦士のリーダーらしき人物が手槍を油断なく少佐に向けて、問い糾す。
「た、助けてください! 騎士様!! 悪漢に追われて!」
少佐は渾身の混沌魔法を言葉の一言一言に乗せながら、叫んだ。その言葉に騎馬の戦士たちが目を向けると、成人の冒険者らしき男が走ってくるところであった。
「おぉっ! 任せろ」
トパーズはフライハイトブルクでは有名になりつつあるフロリアの姿や、後々になっても印象に残る黒豹の姿を見せないようにする配慮があり、若い頃のアダルヘルム王の姿を借りることにしていたのだった。
「暴漢めっ!」
戦士達は正義の怒りに燃えて、その冒険者姿のアドを不逞の輩と決めつけ、おそいかかろうとした。
「邪魔するな!」
怒鳴るトパーズ。
「ダメ! その人達は攻撃しないで」
遅れて接近していたフロリアが後ろで叫び、トパーズは舌打ちしつつも距離を取った。
――その時には、すでに少佐の姿はこの街道上から消え失せて居たのだった。
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