第332話 もう一つの戦い2
通常の熊よりも二周り程も体の大きな熊数頭に加えて、しろくま、金色熊、そしてそれらを眷属化している肩から角をはやした熊。
角熊とでも呼ぼうか。
モルガーナは金色熊には以前に人喰い森で戦闘になったことがあるが、その時には単純な戦闘力ならばモルガーナが勝るが、混沌系の魔法に引っ掛かりそうになった。
その時よりも数が多い上に、一般的に従魔の眷属になった魔物は通常よりも戦闘力はアップする。しかも、クマたち以外に敵の魔法使いへの対処も必要。
「こりゃ、ちょっと参ったかな」
「痛い目に遭いたくなければ、大人しく投降しろ」
「ヘンだ、お断りだね」
つい最近、友人であるエンマがこの男たちにどんな目に遭わされたのか、忘れてしまうモルガーナやソーニャではなかった。
「そうかい。それじゃあ、腕の一本ぐらいはもらおうかな」
クマ使いはちょっと右手で合図するとクマが数頭、またもや咆哮を上げるや、モルガーナ達に突進してきた。
「あんたもフィオちゃんみたいに眷属は大切にしたらどうだい?」
モルガーナはそう軽口を叩きながら、そのクマにダッシュするとすれ違いざまに1頭倒す。無印のクマ程度なら、モルガーナの魔力によって身体強化された肉体の動きの相手では無い。
だが、これが数頭~数10頭のボリュームで次々に攻められ、さらに上位種も相当数いるとなると、苦戦を強いられることになるのだ。
熊使いは薄笑いを浮かべると、角熊の方をチラリと見た。
角熊はさらに眷属の黒い毛皮に覆われた熊を10頭ほど召喚した。
いずれもオーガほどの戦闘力は無いにしても、オークと比べれば格段に強い。
モルガーナやソーニャならば、数頭~10頭程度を相手にするだけなら、問題は無い。
だが、後から後から追加の眷属を召喚され、さらにより戦闘力に優れた金色熊やシロクマも後に控えている。
すぐに押し切られるのは目に見えていた。
こんな時に広範囲に一撃を落とすだけで戦況をひっくり返せる、アドリアの雷撃のような技をモルガーナもソーニャも持っていなかった。
「数には勝てないのだ。こちらも無駄に眷属は減らしたくはない。諦めたらどうだ? おう、そうだ。船着き場に行ったほうの子供らもそろそろ楽しげに狩りを始めたぞ」
その言葉通り、遠くから悲鳴が聞こえて来る。
言葉につまり、割りとわかりやすく焦りの表情を見せはじめるモルガーナ。
ソーニャはちらりと男たちの背後の上空を見ると、「ええ、たしかに数には勝てないでしょうね」と静かに返した。
その言葉が終わらないうちに、数頭の熊の頭がいきなり弾けた。
戦闘力でオーガを凌ぐであろう金色熊も、全く何も出来ないで、他の眷属と共に頭が弾け、倒れた。
「何ッ!」
熊使いが慌てるが、モルガーナとソーニャには何が起こったのか、もう判っていた。
猛禽類――特に隼の急降下時の速度は時速300kmを超える。それは前世の世界での話であるが、この世界でも猛禽類の狩猟時の急降下の速度は特筆ものである。その速度で、熊の頭の脇をすり抜けるように飛び込んできた鷲や鷹達はフロリアから風魔法を付与されていて、鋭いエアカッターを放っていたのだ。
「ストリクスの眷属だよっ、おじさん。おじさんの熊がどこまで戦えるかなあ?」
そう言うと、モルガーナはいきなり魔力弾を数発、斜め方向に向けて放つ。そこにはいつの間にか、気配を消して移動していた忍び足が居た。
魔力弾はとっさに躱したが、そのために態勢が崩れたところにソーニャが飛び込み、短槍の穂先が無事な方の目を突いた。
深くは突かずにほんの数センチを突いたのみだが、これで両目を潰された忍び足は戦力には数えられなくなったのだった。
猛禽類の魔物達は急降下攻撃を加えるや、即座にまた上空に舞い上がり、次の攻撃目標へ向けてその鋭い爪を向けて落下する。
さらに、男たちの背後に居た熊の眷属の叫び声が上がる。
「トパーズの眷属だよ。フィオちゃんが近くに居るんだね。それじゃあ、私の番!」
モルガーナは両手に短刀を逆手に握ると、腰を落として体勢を低くした、アサシンスタイルでシロクマに飛び込む。前足の爪を振り下ろすよりも早く、その足元をすり抜けたモルガーナの短刀は確実にシロクマの後足を切り裂いている。
従魔の角熊が慌ててモルガーナを追尾しようとしたところに、白虎が襲いかかり巨大な前足の爪の一撃を入れる。
さすがに分厚い鎧で守られているだけに頭を落とされるようなことはないが、鮮血が飛び散り、確実にダメージが入ったことは隠せない。
船着き場の方からも、「ぎゃあぁ」、「ぐわぁあ」という人間の声とは違う悲鳴が上がっている。
「どうやら、あっちにもフィオちゃんの従魔が行ってくれたみたいだね。どうする? どんどん数が減っているよ」
モルガーナに指摘されるまでもなく、熊使いには従魔を通して眷属の数がどんどん減っていっているのが感じ取れている。
熊に限らず、森の中を本来の生息域とする獣は、体格的に上空からの攻撃を苦手とする。晴天という条件で、空が大きく開けていて、近くに逃げ込める森がない場所で猛禽類の魔物群に襲われた熊は圧倒的に不利。そして、普通であれば大物の魔物扱いされるような猫科の猛獣も暴れ回っている。
「やむをえぬ」
大事な熊達を全滅させるよりは、と熊使いは従魔の角熊に眷属の送還を命じた。
数瞬後、眷属達はぼうっと光に包まれて、
更に、従魔である角熊も一時送還しようとした瞬間。
数十のストーンスピアが角熊を襲う。ソーニャの中距離攻撃魔法である。分厚い皮膚と毛皮、そして魔力の鎧に守られた角熊の防御を破るのは簡単ではなく、このストーンスピアでもほとんどが弾き返されて、数本が刺さる程度であったが、それで角熊が怒りでソーニャの方を向いたタイミングに合わせて、短槍が顔面、それも眼球を目掛けて飛来した。
メインウェポンである短槍を投げる、ソーニャのとっておきの技で、これを躱されると割りと後が無いので滅多に使うことは無かった。
今回は、短槍は吸い込まれるように角熊の眼球に突き刺さり、投擲の威力とは別に魔力で後押しされた短槍は深々と熊の頭部に刺さり、その脳髄を破壊したのであった。
「ッ!!」
大切な従魔を一瞬で殺され、熊使いは言葉にならない唸り声を上げた。
念話で精神が繋がっているだけに、従魔を殺されると、今わの際の痛み、恐怖、怒りなどがダイレクトに従魔使いに跳ね返るのであった。
モルガーナは熊使いに休む間も与えずにエアカッターを数発放つ。
熊使いも一流の魔法使いではある。召喚術以外は使えないという訳ではなく、そのエアカッターは小さな防御魔法を展開して防ぐが、その隙に飛び込んでくるモルガーナの短刀には大きく後退して避けるしか無かった。避けた場所の足元には、ソーニャの無属性の魔力弾が撃ち込まれて、足場が崩れる。
さらに足自体にも魔力弾が命中し、ある程度の魔法防御と身体強化魔法によって、軽い傷を負っただけであったが、確実に走る速度に影響がでそうである。
普段は従魔に戦闘は任せているだけに、魔物相手であれ人間相手であれ、実戦に馴れた2人の少女のコンビネーションの前では着実に追い詰められていくだけである。
左右から追い詰められ、防御魔法がいよいよ間に合わなくなってきた瞬間。
熊使いの死角に飛び込もうとしていたモルガーナが、急に体をひねりながら真横に飛ぶ。彼女の背中を目掛け、光を失い地に伏せているしかなかった忍び足が無属性の魔力弾を放ったのである。相手が見えなくとも、魔力を目印に加えた攻撃であったが、実戦経験豊かなモルガーナやソーニャは忍び足の気配も把握し続けており、この程度の奇襲にひっかかることはない。。
モルガーナが避けた魔力弾は仲間の熊使いの防御魔法に当たり、そちらに気を取られた熊使いはソーニャの攻撃に対応出来ず薄くなっていた防御魔法を破られ、顔面に数発の魔力弾をまともに受けてしまい、それが致命傷になった。
忍び足は、残った魔力をつぎ込んだ魔力弾を放った後の無防備な状態の背中を、急降下してきた鳶のエアカッターが引き裂いたのだった。
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