第330話 もう一つの戦い1
モルガーナもソーニャもごくわずかだが予知魔法が働くことがあった。もっとも、フロリアのように悪いことがある時には相当な確率で発動する訳ではなく、特にソーニャの場合は人喰い森で死にかかったときなども何の予知も働かず、「これじゃあ、ちょっと勘の良い人の予感にも劣る」と嘆いていたほどだった。
しかし、今回に限っては、2人とも強烈な予知が働いた。
「誰か来る?」
「モルガーナも感じました? 舟には乗らない方が良さそう。戦闘になった時に不利になるから」
「うん」
特にモルガーナは両手にナイフを持って、敵に襲いかかるアサシンスタイルなので、舟の上では得意技が封じられる。
「それに、もうちょっと足場の良いところに行こうか」
貸し舟が多く係留されている船着き場のあたりは、他の冒険者も居て万が一の場合は巻き添えにしかねない。
少し船着き場から離れたところまで移動した時に、離れた場所で魔力の波動を感じた。そちらに目を向けると、空になにかが撃ち出されて、飛んでいくのが見えた。
「魔法だね」
「ええ。だけど、何をしてるのだろう?」
いわゆる砲撃についてはモルガーナもソーニャも知識が無いが、「随分と遠くまで届くね。あれ、魔法攻撃ならけっこう厄介かも」と一方的に砲撃される危険についてすぐに思い至るのであった。
「だけど、どこに向かって撃ったんだろう。あれだけの岩が着弾したら騒ぎになりそうだけど、何も起きないし……」
そんなことを2人で話していたところに、知り合いの女冒険者が「何をしてるんだ?」と近寄ってきた。彼女は魔法使いでは無いのでマジックレディスに入ることは無いが、女性だけのパーティを組んで活動しており、モルガーナ達とは顔見知りであった。
「採取にいかないのかい?」
「うん。ちょっと、気になることがあってね。あ、離れて居たほうが良いかも……」
モルガーナの真剣な表情に、その女冒険者は訳も聞かずに「ああ、そうかい。それじゃあ、また後で」と言って戻っていった。魔法使いの言うことを真剣に捉えない冒険者は長生き出来ないのだ。
「他に誰も来ないでくれると良いんだけど…ネッ!!」
話している途中でいきなりモルガーナが前方にダイブするように転がり、素早く起き上がる。
起き上がったときには両手に短刀を握り、周囲を警戒している。
もちろん、ソーニャも突っ立ったままではなく、短槍のカバーを外して、数瞬前までモルガーナが立っていた場所を突く。
虚空を突いたかのようにしか思えなかったが、キンっという乾いた音。短槍の先をやはり短剣で弾いた音である。
そして、その音がした瞬間、それまで虚空と思われた空間に短剣を構えた黒ずくめで顔も黒い頭巾で隠した男がいることに、ソーニャとモルガーナは気がついた。いや、気配で気がついていたのを視認したというべきか。
「うわぁ、だっせぇ格好。今度、町でコーデしてあげようか?」
モルガーナの煽りに反応することもなく、忍び足は短剣を振るってソーニャに飛び込むが、今度はソーニャの短槍に剣を弾かれる。ソーニャは短槍で剣を弾いた瞬間にはエアカッターで敵を攻撃している。
気づかれずに接近して、短剣の一振りでケリを付けるのがスタイルの忍び足は正直、戦闘自体は得意ではない。
エアカッター自体が威力よりも不意打ちによる効果を狙った速射だったために、この一撃で勝負がつくことはなかったが、忍び足の顔面を襲い、片目の視力を奪った。
顔を覆った頭巾に耐魔法の付与がしてあったために、顔の他の部分は無事であったが。
「続きだよ!」
モルガーナが男に接近してナイフを振るう。狙いはもう片目。
かろうじて、男は転がりながらモルガーナのナイフを避けるが、そもそも最初の奇襲に失敗した時点で男に勝ち目はなかった。
「じゃ、止め!」
モルガーナはナイフを握ったまま、拳からエアカッターを撃ち出そうとした瞬間、異様な叫び声がしたかと思ったら、10メートル以上も離れたところから黒くて大きな影が数個、突撃してきた。
モルガーナもソーニャも素早く移動してその影を避ける。が、影は急停止すると立ち上がり、もう一度、ぐわぁともごわぁともつかない唸り声を上げる。
「え、クマ?」
それは身長が3メートル近い、巨大なクマであった。そのクマが数頭、いきなり出現してモルガーナ達を襲ってきたのだ。
しかも、それだけでは収まらず、さらに数頭のクマが彼女たちの後ろに出現。
包囲したかと思うと、即座に攻撃を仕掛けてくる。
「仲間がいたのか!? だけど、馬鹿にするな!」
クマの強さというと、魔物で言えばオーク程度。
若いとはいえ熟練の魔法使いであるモルガーナやソーニャにとっては、大した敵ではない。たとえ、囲まれたとしても。
だが、黒ずくめの男までは対応することができず、男はまた不可思議とも言える認識阻害魔法を駆使して、モルガーナ達の視界から消えた。
「…ったく。それがご自慢の技か? 小娘1人どうにもできぬとはな」
「だまれ。殺さずに捕らえよとの命令であったので、しくじったのだ。いつも通り、殺して良いなら、簡単に2人とも片付けている」
「おいおい、誰が簡単に殺せてるって? 偉そうにのたまうなら顔ぐらい見せなよ」
モルガーナが3頭目のクマを倒しながら、近くのヤブに向かって声をかける。
「ふむ。俺はコソコソ逃げ隠れする気はない」
そう言いながら、自分自身もクマのような大きな体の男が姿をあらわし、その隣には5メートルは越えようかという大型の真っ黒なクマ。しかし、このクマは肩に鎧のようなコブができており、そこから短いが太い角が左右に一本ずつ突き出している。
フロリアの兄がそれを見たら、「世紀末のモヒカンか、お前は!?」と突っ込みそうなショルダーパッドである。
「へえ。見たことない魔物だね。それを従魔にしてるんだ」
「左様。眷属として召喚できる魔物やクマも今のはほんの挨拶代わりだ」
そう言うと、クマの魔物は一声吠え、それに呼応するかのように近くの地面から湧き出すように多くのクマの眷属が出現する。
その中のほとんどは、今モルガーナ達が倒したクマと同等であるが、他に金色熊、全身が真っ白な巨大なクマなどがいて、異様な雰囲気である。
「お前たちの相手は金色熊とシロクマの魔物で良かろう」
クマなみの大男がそう言うと、隣の魔物クマが少し前足を動かして、なにか指示を出したらしい。
普通サイズ(だが3メートル級)のクマは、ダッシュでモルガーナ達を避けて、船着き場の方に走り出す。
「やべっ」
もちろん、船着き場あたりにいるのは冒険者ばかりなのだが、まだ金になる依頼を受けられない見習いが多い。
一人前の冒険者は少ないし、見習いを守りながらクマに対応できそうな魔法使いはもっと少ない。
「ソーニャ、船着……」
「行かせるかよ」
黒ずくめの男がクマの死骸の影からソーニャに接近して短剣を振るう。今度もソーニャは短槍でそれを払うが、攻撃魔法で追撃する余裕はない。
馬鹿め、とクマ使いが舌打ちする。モルガーナとソーニャを分断させたほうが生け捕りしやすくなるというのに……、これだから他の魔法使いとの共闘などやるものじゃないのだ!
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