第327話 少佐との戦い1
「フロリア様。少佐の所在が判明致しました」
「どこ?」
「フライハイトブルクの近郊でございます」
「えっ!? だって、少し前までブランデンに居たんでしょ。間違いじゃなくて?」
カイゼル王国の首都ブランデンからフライハイトブルクまでだと、おそらく一番早い移動方法はモルドル河のほとりの町まで出て貨客船で川下りすることだが、3日程度は掛かる筈である。
街道を早馬で走っても、おそらくは同程度は掛かる。
フロリアならば、大鷲に乗って移動するという方法が使えるが、それでも数時間は必要になる。
「少佐も空飛ぶ従魔を持っているの? それとも、飛行魔法を開発したとか?」
「いまだ、少佐が召喚魔法を使えるかは不明でございます。飛行魔法というものについても不明であります。
……少佐は、フライハイトブルク近郊のマングローブの自生地へ向かって移動しております。4名の魔法使いが同行しております。少佐の部下か仲間である可能性が大」
「それって!?」
フロリアの全身がゾワッと総毛立つような気分になった。
今日はモルガーナとソーニャがマングローブの自生地で採取をしている筈である。
「2人が危ない!!」
なぜ、少佐がモルガーナ達がそこに居るのを知っているのか、どうやってそこに移動したのか、4名の魔法使いはどこから、疑問点はたくさんあるが、それは後回しである。
「セバスチャン!! 私もすぐに行くわ! 転移魔法陣を用意して!!」
「かしこまりました。ねずみ型ロボットに設置させます」
ベルクヴェルク基地の魔法陣を設置してある部屋に急ぎながら、「あっ、もしかして少佐って自前で転移魔法が使えるんじゃない?」とセバスチャンに聞いてみた。
「……たしかにそれならば、神出鬼没に移動できた理由がはっきりします。これまでも本国の皇帝との親密さを失うことなく、ブランデンのイ号拠点に駐留できた理由も説明出来ます。
しかし、魔法陣を使わずに転移魔法を操る魔法使いなど……。しかも、状況から見ると、自分だけではなく数名の同行者も一緒に運ぶことが可能ということですが、そのような魔法使いは古代魔法文明の時代にも数えるほどしかいませんでした」
「でも、ゼロじゃ無かったんでしょ。転生人なのだから、前世の科学知識かなんかで、自力で転移魔法を開発したとか?」
「その可能性はたしかにございます」
「ふむ。同じ転生人とやらだが、フロリアよりはだいぶ上等みたいだな」
「トパーズ!! 憎まれ口ばっかり叩いていると置いていくよ!」
「おい待て! 冗談だ、本気になるな」
バタバタと騒いでいる間にも、転移魔法の準備が出来た。
「フロリア様。先方には私達のねずみ型ロボット程度しかおりません。戦闘力としては心許ない限りでございます。
もしお許しを頂ければ、フロリア様にはこのまま、この場所にとどまっていただき、上空の人工衛星からの攻撃で対処したいと存じます」
「却下!! どれだけの人を巻き込むと思っているの!?」
幾ら敵の少佐の実力が不明であっても、いきなり地形が変わるほどの攻撃を加えて殲滅するのはやり過ぎである。
それに、関係のない人々への被害が大きすぎる。
「それじゃあ、行ってくるわ。私達のサポート以上のことは勝手にしないでね」
***
フロリアが転移してすぐに、セバスチャンは続いて機動歩兵の転移の準備を始めた。
現代の科学技術の水準から大きく離れた機体を、多数の人間に視認される可能性のある場所に展開することはフロリアが嫌うのは判っていた。
しかし、セバスチャンとしてはとにかく1万年近くの間、不在であった主人を失う積りは無かったのだ。
フロリアは、すでにベルクヴェルク基地の科学力・魔法力の精髄である幾つもの魔導具を装備している。聖獣2頭にその眷属の手助けも期待できるし、彼女が自前で作製したゴーレム達も戦闘力は現在の水準を大きく超えている。
普通ならば何も心配する必要は無い。
しかし、今回の相手は当にそのベルクヴェルク基地の科学力・魔法力を駆使した監視・分析を経ても、その能力の底が知れず、たった今も出し抜かれたばかりである。
フロリアを失うぐらいであれば、フロリアの命令や意向を無視しても、武力介入をするべきである、とセバスチャンはすでに決断をしていた。
ベルクヴェルク基地やセバスチャンを作成したガリレオ・ガリレイは、前世でロボット工学の3原則という思想を知っていたが、賢明にもその縛りをこの世界に持ち込むことはなく、セバスチャンは主人の身の安全を図るためであれば、その主人の命令を敢えて無視することも、他の人間の生命を犠牲にすることも躊躇していなかった。
残念ながら、敵を殲滅する可能性が一番高い衛星軌道上からの攻撃はフロリアが現地に飛んだ時点で、巻き込む危険を考えると使えない。
そこで機動歩兵なのである。上空からの降下による現地への侵入は周りくどいと判断し、いつでも設置できる簡易転移魔法陣を収納している複数のねずみ型ロボットを送り込んでいた。
ベルクヴェルク基地にとっても総力戦なのであった。
***
「息が……きれる」
少佐は同行者を待たせて少し休憩せざるを得なかった。
昔から時々、何故か嫌な胸騒ぎがして頭の中でベルが鳴ることがあった。しばらくすると、経験則的にこのベルが鳴った時には必ず自分に危険が迫ったり、嫌なことが起こったりすると分かり、やがてこれがいわゆる予知魔法なのだとわかった。
残念ながら、良いことが起こったり、チャンスが近づいているのは、あらかじめ判った試しがない。
悪いこと、危険の内容もごくぼんやりとしか分からない。さらに事件発生までの時間も割りとあやふやなのだが、それでもベルが鳴って外れたことは無かった。
今朝、そのベルが鳴った。かなりの大きな危険が迫っている。
「あの女だ!」
いま、本国に少佐を害する可能性のある勢力は存在しない。あの女の拉致作戦に失敗してから、イ号拠点周辺に自分を探るような気配を感じる事がある。だが、どうやって探られているのかどうしても分からない。
これまで本国の宰相が差配する密偵組織「隠形」や、少佐が所属している軍の密偵組織「機関」の反対勢力などが、少佐を探ることがあったが、今回の洗練された動きとは比べものにならなかった。
「あの女が何かのバックボーンを持っているってこと? てっきり、個人で動くしか脳のない小娘だと思っていたけど……。もしかして、こちらで把握出来てない従魔がまだ居るってことなの?」
その真実を突き止めるためにも、小娘を探らなくてはならないのだが、フライハイトブルク城内のル号拠点は壊滅してしまっている。残っているカ号拠点はせいぜい連絡中継場所程度の実力しか持ち合わせていない。
ともあれ、奇襲攻撃が失敗し、現在は防御に徹し、敵の探りを躱しながら、組織の再編成を急ぐ……その方針であったのだが、どうやらあの小娘――フロリアはそれを許さないようである。
しかもこのレベルでの緊急事態を知らせるベルの音! 少佐はイ号拠点も諦める覚悟で、すぐに本国に転移した。
彼女は前世の日本ではコンピュータサイエンスを専攻し後にIT企業を起業した経験者で、この世界に転生して強力な魔力を持つ魔法使いになったと言われても、最初は随分と戸惑ったものだった。しかし、成長するに連れて、前世での知識と経験を駆使して、その魔力の使い方を工夫するのが面白くなり、現在では絵空事、夢物語とまで言われた転移魔法を自力で実現することに成功していた。
ただ、もちろんそれを世間に喧伝したりはしない。それどころか、自分が魔法使いである、転生人であると気取られることにすら細心の注意を払い続けていた。
このグレートターリ帝国は、初代皇帝であるスランマン大帝が転生人であり、その卓越した魔法と知識を駆使して帝国の基礎を築いたのは周知の事実であった。
その国で、自分が転生人であると主張することは、大帝の後継者であると声高に叫ぶのと同じであった。少なくとも、大帝の子孫たちはそう考え、転生人を主張した者はみな、無惨な最期を遂げる羽目になった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
少佐の前世での設定を変更しました。




