第326話 襲撃開始……の筈が
カイゼル王国首都ブランデンの軍参謀本部に2人の前途有望な若手将校が転属してきた。フライハイトブルクの駐在武官であった、マイネッケ伯爵家次男ローマン・マイネッケと、彼の同輩のエーベルハルトである。
「まじか!!」
思わず、前世の兄の口癖を真似てしまうフロリアであった。
「拳銃
あんな恥じっ晒しな真似をしておいて! 参謀本部って栄転で出世だよね?」
「はい。以前よりこの世界の常識を調査していましたが、カイゼル王国では一般的には参謀本部が出世コースの第一の花形で、駐在武官や近衛兵団が第二の花形だそうです。
おそらくは、ポートフィーナ郊外でフランチェスカ嬢を見捨てて、逃げた件に関しては、気がついているのがフロリア様達だけで他の観光客の噂になるのはうまく切り抜けた様子でございます」
しかし、フライハイトブルクにそのままとどまっていては後難があるやも知れず、父のマイネッケ伯爵が軍に働きかけた、といったところであろう。
そして、軍閥貴族の重鎮の息子ということで、参謀本部ではおまけのエーベルハルトも合わせて、盛大な歓迎会をやることになったとのこと。
「まさか、Xデーじゃないよね」
フロリアは、イ号拠点襲撃作戦の決行予定日にぶつかったのでは……と冷や汗が出る思いだった。
「いえ、フロリア様。その日に重なっております。ただし、場所はブランデングランドホテルではございません。
参謀本部には幾つも行きつけの料理屋や宴会場がございまして、今回は別なところを使用するとのことでございます。むしろ、その宴会場に応援として、ホテルの従業員とコンパニオン役の女性が多数派遣されますので、当日はホテルは手薄になるようです」
「それじゃあ、逆に都合が良いね」
「はい。私達もそのように判断しております」
「うん、分かった。決行しよう」
自分と同等の魔力を持つ女魔法使いにして転生人としての知識と発想力を持つ敵。
フロリアはそのことは十分に判っていた積りであった。
わかった上で、自分たちにはセバスチャン率いるベルクヴェルク基地の科学力を存分に使えるという利点があるのだ。
そのセバスチャンですら、敵の少佐の手の内をすべて読みきっていないとは言え、負けることはおろか、苦戦する可能性すら本気では考慮していなかった。
ただ、無関係な人々に被害を及ぼし、それがカイゼル王国の軍の重鎮や国の大物だったりした場合に、自分の責任を追求され、アドリア達に迷惑を掛ける結果になることを一番恐れていたのだった。
だから、Xデーに敵が手薄になる……無関係な人間が少なくなるのは好都合であった。
「当初の予定通り、まずはイ号拠点の頭脳である少佐を確保、または殺害することに全力を注ぐ」
少佐さえ斃してしまえば、残りのグレートターリ帝国の密偵達は個別撃破でも十分に間に合う。
***
「今日はちょっと出かけて来ます。多分、夜は遅くなるので夕飯はいりません」
朝食のときのフロリアの言葉に皆、驚いたのだが、アドリアが「ああ、そうかい。気をつけて行っておいで」の一言で簡単に済ませたので、それで決定してしまった。
普段なら、どこへ行く、何をしに行く、自分も付いていく、とうるさいモルガーナも何か敏感に察していたらしく、何も言わなかったのだった。
パメラおばさんも普通の13歳の女の子がそんなことを言い出したら止めるだろうが、アドリアが認めたので、口をはさむことは無かった。
モルガーナとソーニャは長く仕事をサボっていたので、今日は町の近くのマングローブに行って採取をするとのことだった。
フロリアは食後すぐにホームを出ると、周囲に監視の目が無いことを確認して、亜空間に入り、そのままベルクヴェルク基地に飛んだ。
「セバスチャン。日暮れまで眠るから。途中でも何かあったらすぐに起こしてね」
そう言うと、ベルクヴェルク基地に泊まるときにいつも使っている畳の部屋に行く。予め、ここで作戦開始までの時間を過ごすことは言ってあるので、布団が敷かれている。
フロリアはまずは裸になるとゆっくりと温泉に浸かり、次いでにトパーズを呼び出して、泡まみれにする。
「近頃はフロリアの影の中で過ごしているのだから、汚れて居ないぞ」
と不満を漏らすトパーズであったが容赦はしなかった。
そして、布団に入るとザントマンを呼び出して、眠りに就かせて貰う。
まだ目覚めてから3時間も経ってないが、今夜の作戦が長引いた場合に備えて、体力を貯めておくのだ。何しろ、相手も転生人なのだ。油断は出来ない。
作戦開始の2時間前には起きる予定だが、その前に緊急事態が発生したら、セバスチャンに起こしてもらうように命じてある。
***
「フロリア様、フロリア様」
「おい、フロリア。起きろ! このピカピカやろうが困っているぞ」
トパーズも唸っている。今は、フロリアの影から出て、布団に添い寝していた。
「……うーん、どうしたの?」
「申し訳ありません、フロリア様。本日の標的である少佐の行方を見失いました」
「えっ!? どういうこと」
イ号拠点にはねずみ型ロボットを多数配備して、特に主目標である少佐の動向は徹底的に調べている。もちろん、相手も魔法使いなので、近くに張り付くわけにはいかないが、ホテルの建物の周囲には高性能版のねずみ型ロボットを漏れなく配置して万全を期していた。
その網の目をかいくぐったのかどうか不明だが、少佐の姿を捉えることができなくなり、気配(魔力)も感知できなくなったのだという。
「ねずみ型ロボットは、私だって簡単に気が付かないぐらいなのに。その少佐ってそんなに鋭いの?」
「フロリアはどちらかと言えば鈍い方だと思うぞ」
「うるさい、トパーズ! とにかく、すぐに少佐の居場所を探して」
「かしこまりました」
フロリアは頭をはっきりさせるために顔を洗う。ザントマンには睡眠時間までは指定してなかったが、まだ彼女の魔力の残滓があるようだったが、冷水のおかげでシャキとなった。
「もしかして、ちょっと外に散歩に出かけたのを見落としたとか、そんなことは無い?」
「我々の包囲網を気づかれずに抜けられるとは到底思えません」
「だが、実際に消えたのであろう? 気づかれるし、逃げられるし、お主の科学力とやらも、見掛け倒しだな」
トパーズの冷笑に、セバスチャンは何も言い返さなかったが、複眼のカメラがチカチカと光る。きっと悔しかったのだろう。
ともあれ、イ号拠点の根幹部というか、心臓部というか、少し極端な言い方をすればイ号拠点そのものとも言える少佐の存在が掴めなければ、本日の作戦自体が中止するしか無い。
「とにかく、探し続けて。中止するにせよ、決行するにせよ、少佐の居場所が特定出来なきゃ話にならないのだから」
「かしこまりました」
時計を見ると、寝てから2時間ほどしか経っていない。このベルクヴェルク基地とは時差があるのだが、イ号拠点のあるブランデンなら午後1時過ぎ、フライハイトブルクならお昼ぐらいである。
このままいつまで待機するのかと思いきや、意外に早く少佐の居場所が判明した。
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