第325話 イ号拠点
イ号拠点に対するねずみ型ロボットの調査を分析、検討した結論が一応出た、とセバスチャンが報告してきた。
フロリアが眠りにつく前の時間帯にセバスチャンと念話で話すことがよくあるのだが、その際のことである。
ホテルは、基本的に官庁街のホテルらしくビジネスライクな雰囲気なのだが、一定の顧客むけに敷地内の離れた場所に別棟で料亭も持っていて、そちらではカイゼル王国軍参謀本部の会合などがたびたび催されているのであった。
重要な軍関係者が訪問したときなどは、その料亭で参謀達の接待が終わった後には、プロの女性による接待もある、ということであった。
フロリアは思わず顔を赤らめるが、セバスチャンは淡々と説明を続ける。そのプロの女性達は、ブランデンの高級娼家を通してホテルが用意したのだが、接待相手によっては別の意味で"プロの女性"(すなわち、グレートターリ帝国密偵の訓練も受けた女性)が充てがわれることもあるのだという。
どうやら、予想以上にカイゼル王国の軍事的内情はグレートターリ帝国に筒抜けのようである。
当初からこの拠点のホテルとしての機能の部分と、密偵組織の拠点としての部分を峻別しないと、カイゼル王国軍部に影響を及ぼし、ひいてはフライハイトブルクのギルドにまで迷惑を掛けかねない……というのがフロリアの懸念していた部分であった。
それが、セバスチャンによると
「機関の責任者の少佐はほとんど、小さな机一つ分程度のスペースですべての仕事をしています。少佐から部下への指示や報告はすべて口頭で行われていて、いわゆる書類は使っていません。本国とのやり取りだけは書類にしていますが、それも受け取って、少佐が一読したらすぐに処分され、証拠を残していません」
カイゼル王国から、フラール王国、自由都市連合へとまたがる大陸南東部の巨大な地域を網羅する密偵組織「機関」の司令部は、全て少佐の頭の中だけに収められている、というのがセバスチャンの報告であった。
「それって、何かの魔法なの? それとも魔導具で記憶力を良くしているとか?」
「少佐は魔法使いではありますが、この記憶力については特に魔力の動きを察知出来ません。おそらくは生まれつき、記憶力と判断力に優れた頭脳の持ち主であるのかと……」
きっと、前世の日本に生まれていたら、T大に現役合格して、官僚にでもなったような人物なのだろう。
「でも、それじゃあ証拠を集めるのってけっこうたいへんかも」
「逆に言えば、その少佐1人を押さえれば、機関は機能停止致します」
そもそも、フロリアの目標は自分と自分の知り合いに仇をなした"機関"を壊滅させて、二度と余計なちょっかいを出させないようにすることである、少なくとも自分たちはフロリアの指示からそれが最終目標だと判断している。
――そのように、セバスチャンは、指摘した。
「うん。目標達成を考えると、逆に話は簡単かも。
その少佐を拘束すれば用は足りるってことだし、拘束が難しければ、少々荒っぽい手段になるけどあの世に行ってもらえば、後腐れが無いよね」
あれほど、人を殺すことに抵抗を覚えていたフロリアの言葉とも思えないが、本人はあまり意識もせずにさらりと口にしたのだった。
「はい。簡単に拉致、または殺害が可能であれば……」
セバスチャンからしてみれば、この世界のどんな人間だって殺すだけなら簡単だろう……そう言いかけて、フロリアは思い出した。
「あっ! そう言えば、魔法使いだって言ってたっけ。どのぐらいの実力?」
「おそらくはフロリア様に匹敵する魔力の持ち主かと」
「……マジ?!」
正直に言えば、雷撃のアドリアの魔力量ですら、自分の方が遥かに上である(ただし、一瞬で全魔力を絞り出す雷撃の魔法は大したものであるが)。
他にも、この魔法使いのメッカであるフライハイトブルクに来てから、Sランクの魔法使い冒険者や、才能豊かな錬金術師と接する機会もあったが、いずれも技術や経験の豊かさなどを考慮しない、単純な魔力量の大きさではフロリアに及ぶ者など誰も居なかった。
それが……。
「もしかして、その少佐って人は転生人?」
「左様でございます。ある程度の時間魔法が使えるようで、襲撃の際に予知される可能性がございます。それとまだ未確認ですが、距離の離れた本国との意思疎通に問題がない様子で、我々の持つ念話と通信技術を組み合わせたものとは別の体系の通信魔法を持っているものと思われます」
「……戦闘力は? どんな攻撃魔法を使うの?」
「不明でございます。お許しを頂ければ、ブランデンのならず者を操って、少佐を襲わせてみることを検討致しましたが、非常に注意深い人物でほとんどホテルから外出せず、外出の際にもしっかりと護衛を付けており、本人が戦闘をすることがございません」
「ならず者をけしかけるのは、その人達が殺されちゃったら可愛そうだからダメだよ。それに、相手に警戒されるかも知れないし……。
でもそうなるとぶっつけ本番で、大きな魔力の持ち主と戦うことになるのか……」
「おい、フロリア。そいつは従魔は使えるのか聞け」
セバスチャンとの会話は念話なので、トパーズには聞こえないが、フロリアの返答部分だけでも心の中のつぶやき以外にトパーズと会話するときのようにごくごく小さく呟く癖がいつの間にかついていた。
それで、フロリアの会話部分だけを聞いていたトパーズが珍しく口を挟んで来たのだった。
セバスチャンによると、従魔を使えるかどうかも不明。
万が一、フロリア並に霊獣を使えるとなると、相当に厄介な相手になる。
「とにかく油断出来ないみたいね」
「はい。しかも本国のスランマン9世とは単純な主君・臣下の関係にとどまらず、性的なつながりを持っていると判断すべき言動を幾つか確認しています」
フロリアは、また頬を赤らめた。
「皇帝って男だよね。少佐って男じゃないの。あ、それとも、そういう関係? 確かにお兄ちゃんは、戦国武将とかそっちの趣味のある人が多かったって言ってたけど……」
フロリアの変な期待混じりの質問にセバスチャンは淡々と返答した。
「少佐は女性でございます。私には女性の美醜はよく分かりませんが、周囲の部下や彼女の顔を見知っている者は、稀代の美少女であると評しております」
「美……少女?」
「はい。少佐は現在、14歳。グレートターリ帝国の習慣でもまだ未成年でございます」
「ええっ!! だって、だって、これまで少佐の手下の密偵達はすごく少佐のことを怖がっていたよ! それに呼び方だって、陰口なのに、"小娘"とか"メスガキ"とか言われて無かったじゃない。
私なんて、見ず知らずの他人から、陰口どころかさんざん面と向かってボロクソに言われて来たのに!」
「少佐の闇魔法は一種、神秘的な領域にまで達していると我々は評価しております。
彼女は部下の精神を魔法で完全に支配して、恐怖と忠誠心を植え付けて居るのでしょう。多数の密偵を相手に、しかも遠隔地からこれだけの操作を可能にするとは、我々の時代の闇魔法の精華を思わせるところがございます。
さらに、おそらくは皇帝の寵妃の1人となっているのも、闇魔法のなすところが大きいかと思われます。
普通は、寵妃ともなれば、後宮の奥深くに隠されているものなのに、自ら密偵組織で働き、あまつさえ他国の首都に配置した組織の主要ブランチの一つを差配するなど、この時代の常識から考えると、相当に桁外れの人物であると言わざるを得ません」
「……セバスチャン。
もし、私よりも先にその少佐がベルクヴェルク基地を訪問していたら、セバスチャンはその人を主人として認めた?」
「基地の主人となるべき条件は満たしておりますので、試練を受けていただき、クリアすれば問題なく主人として迎え入れました」
「試練? ああ、二刀流とかのクイズ?」
「左様でございます」
「それじゃあ、私が先を越せて良かったみたい」
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