第324話 カ号拠点の内偵
数日に渡る、カ号拠点を出入りする人物の尾行の結果、この拠点が本部であるイ号拠点との連絡ルートがようやく判明した。
これは衛士隊がいくら嗅ぎ回っても判らなかったもので、ガーランド隊長はケットシーの能力を高く評価したのであった。
カ号拠点(そして、アドリア達が潰したル号拠点もおそらくは)では、町中でお得意さんにパンを届けるパン屋の小僧から朝食を買うのが習慣になっていたのだが、その小僧が自分でも気が付かないうちに繋ぎ役をやっていたのだった。
この拠点では、あまりこの町の人間が食べない北方のパンを好む住人がいて、親方が拠点向けに一個だけ小僧に持たせるのだが(良いか、小僧。こいつはお得意さんの為のパンだから、他の客に売らないで、必ずあそこの建物まで持っていくんだ。よく覚えておけよ)、そのパンの中に命令文が入っているという次第であった。
この方式のうまいところは、その種類のパンは毎日届くが、命令書自体は時々しか入っていないという点である。
本部のイ号拠点から命令が送られてきたときだけしか、パンに封入しないので当たり前だが。
そして、このパンは小僧に持たせるのは1個だけであるが、実際には小さな竈で半ダースほど焼いて、残りは店頭に並べるのだ。
この町の人はあまり食べないというだけで、生まれが北方のお客さんは「お、珍しいじゃねえか」などと言って、その程度の数なら十分に売り切れるのであった。
このパン屋が繋ぎ役だとわかったのは、カ号拠点の建物の中にケットシーが潜伏して階下の会話を集めてきたからであった。
「なかなか、次の司令が来ねえなあ」
「俺たちの事は、忘れられているんじゃねえのか?」
「あの少佐が何かを忘れるものか。じきにまた、とんでもねえことを言ってくるさ。毎朝、パンを割って命令書が入ってないとホッとするぜ」
それで、今度はパン屋を内偵することになった。パン屋自体は、遠い国と取引をするような商売では無いので、他にも城内に拠点があるはず、ということで調べた結果、パンの小麦粉を納品している商人がカイゼル王国と取引があって、定期的に穀類を船便で輸入し、大海の向こうから来た果物などを輸出していることが判明。
その商人の屋根裏にも潜んだケットシーは、ここでも決定的な証拠を掴み、フライハイトブルク城内での某国の密偵組織の全容が判明しつつあった。
この段階でフロリアも交えて、再び連絡会議が開催された。
メンバーは前回と一緒で、場所は冒険者ギルドの持っている城内の某所。ギルド本部にたびたびアルバーノ老人やガーランド隊長が訪れ、そのタイミングでアドリア達が会長の執務室に消えるというのは、他の冒険者達の注意を惹きかねない。
冒険者は国境を超えて移動自由であるのだが、ということは他国の密偵が入り込みやすいということでもある。
その中には今回の主目標である某国はもちろん、他国のスパイ・密偵にも余計な刺激を与えかねないのだ。
なお、まだ某国として扱っているが、先に潰したル号拠点で押収した証拠品やこれまでの捜査の成果などから、すでに町側でも敵の正体がグレートターリ帝国の諜報機関であることは掴んでいた。
「グレートターリ帝国は、私らとはこれまで関係らしい関係は無かったんだけどね」
「というよりも、そもそも中原の国々とは、没交渉でしたよね。チュニス連合王国とは交易があったようですが……」
「ああ、民間の商人どうしが細々と取引しているだけだよ」
「それが、何だってこのフライハイトブルクで暴れなきゃならんのだ? そもそもこれだけの密偵網を作り上げるだけでも結構な物入りだろう。さして必要とも思えぬのに、大金を投じて密偵網を作り上げ、それを何の躊躇もなく危険に晒す。
フロリア嬢にはそれほどの価値があるということかね」
ガーランド隊長は、今回のグレートターリ帝国の暗躍がフロリアを拉致する目的から為されたものだという情報は知らされていた。
彼はこの町で議員も務めているだけあって、魔法使いの"値打ち"についてはよく知っていたのだが、それでもピンときていないのだった。
「それだけの値打ちを見出したんだろうね。グレートターリ帝国の連中は」
……現在、フライハイトブルク側には2つの選択肢がある。
予定通りにカ号拠点を襲撃して、この城内にグレートターリ帝国の組織を完全に排除するか、今後グレートターリ帝国が新たな陰謀をめぐらすようであれば、いち早くその動向を掴むために今のまま泳がせておくか。
フロリアとしては目についた拠点はすべて潰しておきたい。特にフライハイトブルクの城内にあるというのは気が気でない。
しかし、町側の意向としては、このままこの拠点は残しておいて、その活動を監視し分析することで、今後グレートターリ帝国がフライハイトブルクに対して何らかの行動を起こすのをいち早く察知するために使いたいということであった。
「あれを潰しても、どうせ別の拠点を作ると思われる。その場合、その別の拠点を一から探さなくてはならないというのは無駄が多い」
というのがガーランド隊長の言葉であった。
フロリアは自分がねずみ型ロボットをはじめとする、ベルクヴェルク基地の古代文明の恩恵を自在に使うことが出来ると言えれば、新しい拠点ぐらい作られても、すぐに探し出せる、と返答出来るのだが、それを秘密にする限り、ガーランド隊長の言葉にうなずくしか無かった。
フロリアとしては、枝葉のカ号拠点が生き延びても、幹であるイ号拠点を潰せば、立ち枯れるだろうという思いもあった。
ただ、これまで万能というか全能というか、出来ないことが無かった筈のセバスチャンがイ号拠点の調査報告については、ちょっと思わしくないのである。
あのセバスチャンでも調べられないことがあるとは思えないのだが、特に何かを隠蔽しているという雰囲気でも無い。
それが密かに気になる点ではある。
「それにしても、あのケットシーという従魔は大したものですな」
ガーランド隊長がつくづく感に堪えたように言った。
「これまでも従魔を内偵や防諜に使ったことは何度もありますが、あれほどの能力の持ち主は初めてです。何と言っても、こちらと言葉で意思疎通出来るところが良い。
あのケットシーを使役出来るお嬢さんには、このまま衛士隊に入って貰いたいぐらいです」
「ガーランドさん。そんなこと言っても、この娘はあげませんよ」
アドリアがすかさず釘をさすのであった。
***
こうして、カ号拠点に対するフライハイトブルクのギルドの方針は、"動向を注視"ということになった。
実は、フライハイトブルクには他国の諜報機関がかなり入り込んでいるのだが、そうした国々は潜在的な敵であると同時に重要な貿易相手国でもあるので、密偵が入り込んでいるのは判っても、敢えて排除せずに見張るだけ、という対応を取るのが基本になっていた。
「ただ、今回の場合は相手がグレートターリ帝国。正直、貿易なぞしておらぬ国だし、この先も市場として魅力的でも無い。この先、まだ悪さをしようと企むならば、その前に潰してしまっても、商業ギルドは構わぬぞ」
ギルド会頭のアルバーノ老はそうも言っていた。
帰宅後、アドリアは「今日は気疲れしただけで、何も進展が無かったように思うけど、町の顔役と付き合っていくにはこういうのも必要なんだよ」とフロリアに言った。
確かに、見た目は進展しなかったように思うが、フロリアとしてもまるっきり無駄な一日であったというわけではない。
フライハイトブルクの町側のカ号拠点の強制調査などと、フロリアのイ号拠点襲撃が重なると思わぬアクシデントが発生しかねない。
相乗効果が出れば良いのだが、そのためにはやはりあらかじめフロリアとフライハイトブルクの首脳部との丁寧な意思疎通が欠かせない。
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