第321話 帰る場所2
パーティホームに戻る前に一旦、ベルクヴェルク基地で休んでいるのだが、それでもかなり疲れが溜まっていたようで、居間のソファに座って、この時間にすでに起き出していたパメラおばさんが淹れてくれたお茶を飲んでいるうちに眠気が押し寄せてきて、「寝るんだったら自分の部屋にお行き」という声に押されて、フラフラと階段を上がって自分の部屋に向かった……。
次に気がついたら、お昼前でタップリ6時間以上も眠った計算になる。
ようやく頭もスッキリしてきて、同時に空腹も覚えた。そう言えば、ベルクヴェルクでもセバスチャンが食事を勧めてきたが、なんだか食べる気になれなくて2食も抜いていたのであった。
階下に降りて食堂に入ると、パメラおばさんからちょうど昼食が出来たところだ、と声を掛けられて、そのまま昼食を食べた。
使用人たちは仕事の合間にバラバラに来て、食べるとすぐに仕事に戻るので、フロリアの顔を見かけると声を掛けてくるのだが、そのままゆっくり話をするということはない。モルガーナとソーニャが居れば、話相手になるのだろうが、顔を見かけない。
パメラおばさんに聞くと出かけているという。
「セバスチャン?」
「はい。おふたりの跡はねずみに追跡させています。特に変わった動きはありませんし、フライハイトブルクに残っている賊の拠点も静かにしています。今のところは危険は無いものと判断致します」
「そのまま監視は続行してね。ちょっとでも変わったことがあったら教えて」
「かしこまりました」
セバスチャンに脳内で指示を出していると、パメラおばさんが「おお、フィオが目を覚ましたら、アドリアの部屋に行くようにってことだったね」と付け加えた。
それで、食事を終えると、アドリアの部屋を訪ねた。
室内にはアドリアとルイーザが居て、何かを相談していたようだった。
「フィオ。だいぶ顔色が良くなったみたいだね」
「はい。ご心配を掛けました」
「……で、あんたが判っていることを教えて貰おうか。襲った連中の素性は?」
「グレートターリ帝国の軍部の諜報部隊で"機関"と呼ばれている組織です」
「まだこの町に、その機関とやらの根城はあるのかい?」
「はい。ただ、今のところは動きがありません」
……フロリアは、機関について聞かれたことをだいたい答えた。
その内容は、とても1人の魔法使いが短時間に調べられるレベルのことではない。しかし、アドリアはどうやってフロリアがそれを調べあげたのか聞くことはしない。
約束通り、ことが済んだら、フロリアから話すのを待っているのだ。
ルイーザも興味深そうにはしていたが、アドリアからある程度の話を聞いて居たらしく、何も口を挟まない。
アドリアには秘密を教える、という約束だが、アドリアと一心同体と言っても良いほどのルイーザにも同じぐらいの秘密を明かす必要があるだろう。今後もフライハイトブルクの町の組織の中で、フロリアをサポートして貰うためには。
「そのイ号拠点というのが、敵の本拠になるのか。まあ、本当の本拠は帝国それ自体なんだろうけど、そこまで相手にすると本気の戦争になるからね。
とりあえず、イ号拠点だけは潰さないと今後もフィオにちょっかいを掛けて来るだろうね」
「でも、姐さん」とずっと黙っていたルイーザが口を挟む。
「相手は、ホテルの中に根城を持っているのですよね。無関係な泊まり客も多いだろうし、カイゼル王国の参謀本部御用達というのが面倒です。下手をして、こちらがカイゼル王国軍にちょっかいを出したってことになったら……」
「ああ。うまいところに拠点を作ったものさ。というよりもカイゼル王国軍が随分と気が抜けているんだけどね」
……その後、長い時間に渡って話を続け、とにかくフライハイトブルクの拠点は冒険者ギルドと相談の上、どうするか決める、イ号拠点はギルドにも報告せずにフロリアの判断で殲滅作戦を実行することになった。
もし、作戦が失敗した時には、ギルドにケツモチをやらせずに、全てをアドリアが独断に行ったことにして、自由都市連合とカイゼル王国間の外交問題にしないという意味である。
もちろん、フロリアは失敗するつもりなど無かったが。
アドリアの部屋を辞するときに、アドリアはふと思いついたかのような口調でこう言った。
「今日はモルガーナとソーニャは、エンマの見舞いに行っているんだ。
フィオ。あんたもエンマが落ち着いてからで良いから、行ってあげな」
「……はい、姐さん」
***
夕方にはモルガーナとソーニャが帰ってきたが、夕食時には特に普段と変わることなく、フロリアに応対していて、その日はどこに行っていたのかを話題にすることは無かった。
食事の間中、モルガーナや使用人の子どもたちが喋りまくって、静かになることがなく、時々子どもたちは「食べ物を口に入れたまま喋るな」と母親に叱られる、というのが普段のパーティホームでの光景であった。
しかし、この日はモルガーナは意識して、普段以上に喋ろうとするのだが、何かの拍子に話題が途切れて沈黙が食卓を支配する瞬間が訪れる。
もちろん、すぐに無理やりにでも別の話題を持ち出して騒ぐのだが、どこか空々しさがあるのだった。
エンマの件はもちろん、フロリアがパーティホームから拉致された件や、その後、フライハイトブルクの城内で衛士隊と女魔法使い達で賊の拠点を攻略した事件まで話題に登らないというのは不自然ですらあった。
食事後も、いつまでも大居間でダベることなく、すぐに自室に引き上げていった。
だから、フロリアはセバスチャンの報告をゆっくりと聞く時間が取れるのであった。
この日の報告は、前日から特に進展は無かった。
ただ、イ号拠点の内情は少しずつだが確実に明らかにされつつあった。
フロリア拉致を失敗し、人質のエンマ達を奪還されたことが明らかになったことから、イ号拠点は通常時と比べて人の出入りが激しくなっているようではあったが(これまでは監視をしていなかったので、ホテルの従業員の会話などからの類推による)、特に防備を固めたり、拠点を移動したり引き上げたりという気配は無かった。
どうやらフロリア側がイ号拠点の存在とその場所を把握していることを相手方に悟られていないと判断しても良さそうであった。
「少し時間が掛かっても仕方ないから、こちらの能力はできるだけ知られないように、相手の手の内を明らかにして」
と、フロリアは指示を出した。
当初はすぐにでも敵の拠点を潰したいと思ったフロリアだが、ここで急いだ結果、ねずみ型ロボットに代表される自分の手札を悟られること、それに敵を打ち漏らして、またどこかに拠点を作られて、下手なちょっかいを出されることを嫌ったのだ。
多少、時間が掛かっても、二度とフロリアにも、周囲の仲間たちにもちょっかいを出せないように徹底的に潰すにはどうすれば良いのか……、それを見極めるためには時間が必要であった。
***
翌朝の朝食時、アドリアはフロリアに「ギルドのマルセロを訪ねなければならない」と言った。
フロリアが拉致された後、短時間で町の議会を動かし、衛士の特殊部隊を引っ張り出し、ギルドの宝でもある女魔法使い達をかき集めたのである。
この件で、アドリアはかなりの借りをギルドに作っているし、当事者とも言えるフロリアが戻ったのだから、マルセロに事情説明が必要である。
「昨日のうちに、使いを出して、予約をとってある。朝を食べ終えたら、すぐに行くよ」
「わかりました」
フロリアに断るすべはない。
どちらにしてもマルセロにはフライハイトブルクの城内に残っている、グレートターリ帝国の拠点の存在を報告することは、すでに決めている。
その結果、マルセロがその拠点も潰す決断をするのか、それとも故意に残しておいて、敵の動向を探る手がかりにするのか、それはマルセロ次第である。
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