第32話 魔法使いカイ1
「うわあ、すごーい。こんなふうになってるのね。柔らかいし温かいし、ひろーい。あ、あれ、なあに? お風呂だ。そうか、フロリアちゃんはいくらでもお湯が出せるんだもんね。こんなところがあるんだったら、ウチの部屋で寝たりはしないか。
光ってるものがふわふわ飛んでるのは何?
ここが、寝るところ? へえ、ベッドが2つあるのね。……ああ、1つは亡くなったお師匠様のベッドか。
ね、今度、私もここに泊まっていいでしょ。お師匠様のベッドは使わないからさ。一緒に寝ようよ、ね、フロリアちゃん」
約束通り、リタを亜空間に案内したところ、大いに興奮してあたりを見て回る。さすがに荒らしたりはしないのでまあ我慢出来るが、こんな軽い調子だと、何かの拍子に皆に吹聴するのではないか、と今からヒヤヒヤする。
結局、それはフロリアの杞憂で、リタは約束通り、フロリアの秘密をずっと守っていて、誰にも話すことはなかった。
そのために、のちのち王国の暗部の人間が苦労する羽目になるのだが、それはまた別の話。
ニャン丸もフロリアの従魔となったことで、好き勝手な動きが出来なくなったからなのか、すっかり大人しくなってしまった。
ただ、リタの希望もあって、時々ヤギのミルクを貰って呑んでも良いことになった。
トパーズは不満そうではあったが、フロリアの従魔になったことで、勝手にニャン丸を制裁することは無くなったのだった。
こうして、ちょっとしたドタバタはあったものの、秘密を共有するリタができたことで、昼間から長時間、亜空間に潜って魔道具やポーションを作ったり、料理の下ごしらえをしたりできるようになった。
これまでは、部屋に居るはずなのにいなくなった、と騒がれるのを怖れて、昼間に亜空間に潜る時にはいちいち採取という名目で町の外まで出かけていたのだから、便利になったものである。
***
本日は朝から森に出ている。
護衛依頼を受けて、しばらく他の町に行っていて顔を見なかった「野獣の牙」の面々が帰ってきて、朝食を食べに「渡り鳥亭」の食堂に降りたら、顔を合わせた。
「おはようございます。お久しぶりです」
挨拶をしたら、リーダーのエッカルトが「お、おう、久しぶりだ」と挙動不審な感じで、挨拶を返してきた。他の2人もフロリアに顔を合わそうとしない。
なんか、あの人達の気に障ることでもしたっけかな? と思うフロリアだった。
そして、森の浅いところをしばらく歩いて、探知魔法で他の人間がいなくなったのを確認できたら、久々にちょっと奥まで入って、ポーション作成用の薬草を揃える予定である。
現在は3日に一度程度しか、薬草採取に出ていないし、ずっと森の浅いところしか行っていなかった。
これで変に目立つのは避けられている、とフロリアは簡単に考えていたが、それはそれで他の冒険者たちに不審がられているのであった。
確かに買い取り窓口に出す薬草の量は多いが、それで「渡り鳥亭」にずっと泊まれるほどには稼げない筈である。だから、他に何か収入のあてがあるのではないか、と勘ぐられているのだった。
「もしかして、特別な薬草の自生地でも見つけた?」
「特別ってなんだよ? ハオマ草か。それだったら幾ら隠しても大騒ぎになるぜ」
「だけど、何かを売らなきゃあんなところで暮らせねえよ。もしかして、最初から大金持ってたんじゃねえか? 「剣のきらめき」のジャックさんあたりが気にかけてるのもおかしいし、時々受付嬢のソフィーさんとブースに入っていってるみたいだし」
成人しても薬草採取メインで活動している冒険者達は、自分の稼ぎがイマイチなもので、フロリアのことを特に気にする傾向が強い。
どこの出身かわからないし、この歳でソロで活動しているのも奇妙であるし、ちょっと他では見かけないほどの美少女ということも注目を浴びる原因である。
そのため、人によっては、彼女はその顔立ちを武器に、ちょっと他人に言えない手段で稼いでいたり、「渡り鳥亭」の主人に取り入っているのではないか、と勘ぐっているほどであった。フロリア本人が知ったら、激怒しそうである。
***
そして。
「トパーズ、気がついてる?」
「ああ、もちろんだ。ずっと付けてくるな」
「やっぱり、私を付けてるんだよね。これじゃあ、森の奥には行けないなあ……」
そろそろ、他の採取者達の視線を逃れて、森の奥に行こうと思うのだが、あからさまにフロリアを尾行してくる者がいる。
「この気配は、魔力があるみたい……」
「うむ。ケチな魔力だが、まあ魔法使いと呼んでも差し支えなかろうな」
「冒険者だとすれば、魔法使いだとカイっていう人か。何度か、ギルドの建物の中で顔を見たことがあるっけ」
痩せた中年男で、陰険そうな顔立ちだった。
少し前に「剣のきらめき」のエマがカイのことを教えてくれたことがある。
このカイという魔法使いはCランクなのだそうだ。攻撃魔法が使えて、鳥を従魔として使えるのに、こんな田舎町のほうまで流れてきて、しかもCランクにしかなれないのは、本人の性格に難があるからだ、とエマが言っていた。
「ウチのリーダーのジャックはBランクだしね。それで、カイのヤツ、何度かジャックに突っかかってきて、割りと嫌な思いをさせられたわ」
「そのカイって人のパーティのリーダーにクレームをつければ?」
「クリームって何?」
「あ、いや、文句を言えば、ということです」
「あいつ、ソロなのよ。ギルドの職員も何度か文句を言っているけど、あまり言うことを聞かないみたい。
魔法使いって、傲慢な奴が多いし、そうしていないと周りにたかられるから仕方ない面もあるんだけど、あいつの陰険さというか傲慢さってちょっと違うのよね。
それでも、やっぱり魔法使いだから、大きな依頼のときなんかだと、助っ人にいてくれると心強いというんで、他のパーティでもあいつを臨時メンバーに入れたり、合同受注したりということが多いの。
そして、そういう合同受注のたんびに、他のパーティと揉めて、ますます相手にする人がいなくなるって言うわけ。で、そのうち、誰も相手にしなくなると、他の町に流れていくのよね」
そして、エマは「フロリアが大人になってくれたらカイなんかいらないのに」という。
「私は攻撃魔法はつかえませんよ」
「それでも、よ。魔法があれだけ使えれば、戦闘以外の負担は数分の一になるもの。それに収納スキルもあるんだしさ。替えの武器や防具や消耗品や食品や……いろんなものをたっぷり持ち運べるというだけで、他のメンバーの戦闘力は5割増しよ。
それに、倒した魔物をまるごと持ち帰れるんだから、同じ危険を冒して、同じ頭数倒しても買取金額は桁違いに大きくなるわ。
ということは、討伐で無理しなくても良い、と言うことだし、儲けが増えれば、もっと良い武器も買える。
とにかく魔法使いがパーティに居るって、ものすごく大きなことなのよ。フロリア、見習いで良いから一緒に「剣のきらめき」に入って活動しようよ」
と抜け目なく勧誘された。
――魔法使いが私のことをつけてくるって言うことは、やっぱりそういうことなんだろうなあ……。
フロリアは嘆息する。
「ああ、そうだろうな。どこかからお前の情報が漏れて、それをあの貧弱な奴が聞きつけてきて、喧嘩を売りに来たといったところだろう。
どうする? 人気の無いところまでおびき寄せて、始末するか」
「また、そんな物騒なことを。簡単に始末しちゃ駄目なんだって」
「じゃあ、どうする」
「うーん。今日はまいても、また後をつけられそうだしなあ……。また唐辛子かな」
フロリアは、予期せぬストーカーに頭を悩ませることになった。




