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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第15章 新たなる陰謀
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第319話 大鷲の飛行

 フラール王国の王都、メーリンヴィルは瀟洒な雰囲気の建物が立ち並び、良く言えば重厚、悪く言えば無骨なカイゼル王国のブランデンとは好対照を示している。


 その美しい町の城壁の外、晴れた朝の光を反射しながら、巨大な鷲が飛び回って市民の目を惹いたのであった。

 多くの大都市と同様、メーリンヴィルも人口の増加が王都の面積を超えていて、城壁の外にまで人々の住まいが広がっていたのだった。

 そうした城外に住む人々は、近隣から食い詰めて流れてきた農民が、日雇労働や半端仕事などで糊口を凌いでいるのであった。

 王都の治安担当者には頭の痛い問題だが、そうした安い労働力のおかげで、王都の経済が成り立っている部分もあって、一概に排除も出来ないのであった。


 そのスラム街に近いような町並みの上を悠々と旋回し、城壁の遥か上まで上がって、城内からでもその姿がはっきりと見えるようにアピールしていた。

 例え上空であっても城壁より内側に入ると、それは違法侵入、大げさに言えば侵略だと受け取られる可能性がある、とあらかじめアドリアに釘をさされていたフロリアは慎重に城壁を超えることはなく、しかし、城内からでもよく見えるような高度と位置取りを意識して10分あまりもの間、飛び回ってから、ようやく降下を開始した。

 メーリンヴィルの大門から出て、ブルグント王国時代の王都であった「ブルグントの嘆きの丘」にほど近いロワールという町まで続いている、王国の幹線道路の一つである街道の脇にその大鷲は静かに降り立ったのだった。

 

 そこにはすでにカプレ子爵家の馬車が待っていて、子爵家の執事や使用人達がその周囲に整列していた。

 大鷲が首を地面に近づけると、まずはフロリアが降り立ち、その後ろに乗っていたジュリエンヌ、侍女のシモンヌが地面に降りた。


 幹線街道だけあって、周囲には交易隊の荷馬車やら、旅行途中の冒険者達などが、割と沢山いた。

 また、ちょうど街道の整備に駆り出されていた、日雇いの労働者たちもそれなりの数が居て、いずれも真昼の椿事に注目し、耳をそばだてていた。


 執事は故意なのかどうか、わかりにくいところであったが、かなり大きな声で「お嬢様。いくら空中散歩がお好みでも、冒険者と遊び回った挙げ句に大鷲に乗って帰ってくるなど、子爵家の一員として褒められたものではございません」とジュリエンヌを難詰した。


「旦那様も奥様もお戻りになられたら、お嬢様にお叱りを賜ることになるでしょう。それまでは、お屋敷で大人しくしていてください。……それと、そこの冒険者。お嬢様を連れ帰ってきたことで、今回のことは大目に見ます。早く立ち去りなさい」


 そうフロリアに言い捨てると、すぐにジュリエンヌとシモンヌを馬車に押し込んで、城内に帰っていってしまった。


 フロリアもこれで十分に話題になったと判断して、他の商人などに声を掛けられる前に再び大鷲に飛び乗って、遥か上空へと飛んでいったのだった。


 こうしてジュリエンヌは念願であった大鷲による空中散歩を実現したのだったが、これまでのじゃじゃ馬娘ぶりが嘘のように大人しく、特に怖がるということは無かったが、空をとんだことに対して、それほどの感慨は無さそうであった。

 

 シモンヌも、主のジュリエンヌ同様、自分の心の奥底に引っかかったものがあって、それに気を取られている印象であった。

 それが何なのか、……あるいは冷静に、合理的に考えれば、正解に至ることは難しくは無かったであろう。

 しかし、ここは敢えて正解を求めることはせずに、自分の心に向き合うことはしない選択を、この2人は無意識のうちにしていたのだった。


***


 アドリアは、とんぼ返りでフライハイトブルクに戻ると、カプレ子爵に面会し、余人を排した秘密会談で、今回の"絵"を描いたのであった。

 つまりは、カプレ子爵家のお転婆令嬢は、フロリアと一緒に大鷲に乗って、2日ほどあちこちを遊び回ってから、王都の自宅に戻ってきたのだ、と皆に印象づけるのであった。

 もちろん、カプレ家の馬車は損壊し、従者もシモンヌ以外は殺されたのであったが、馬車の残骸は、賊が街道から外れた人目につかない場所に捨ててあったし、それを後からセバスチャンがさらに証拠隠滅していた。

 人の方は、雇い主のカプレ子爵が、遺族に十分に報いる形でごまかすこととなった。


 それで、子爵は鳥の従魔を使った特急便を手配し、王都の自宅を預かる執事に今回の件の指示をしたのだった。

 子爵にとって一番の関心事は、とにかく娘の名誉と評判を守ることであった。空を飛びたがるようなお転婆娘という評判は、あるいは面白がってくれる嫁ぎ先もあるかも知れない。しかし、その身をならず者に汚されたという噂がたったら、もう良い縁談など望むべくも無くなる。


 カプレ子爵は、今回のことをたまたまたちの悪い盗賊団に出会ってしまって、災難が降り掛かったが、偶然にも一流の魔法使いが行きあって、処理をしてくれたのだ、と解釈していた。

 さらに、アドリアが秘密裏にことを収める手段を提案したのも、盗賊共の首をギルドに提出して賞金を貰うよりも、子爵家に恩を売って口止め料をタップリ受け取った方が得だ、と判断したからだとも解釈していた(そう解釈されるような言動をアドリアがとったのだが)。


 それで、口裏合わせが済んだところで、フロリアが2人の女性を乗せて、大鷲で凱旋飛行みたいな目立つマネをした、という訳である。


***


 メーリンヴィルに着くまでの間に、ジュリエンヌは何度かフロリアに事情を聞きたそうにしていたのだが、とうとうその問いを口にすることが出来なかった。


「馬車が盗賊に襲われているところに行きあったので、退治しました。従者の方々は残念なことに助かりませんでした。また、護衛のエンマも酷い怪我で今は別の場所で静養しています。

 ジュリエンヌ様もシモンヌさんも怪我をしていたので、眠りの妖精によって眠らせながら、治癒魔法を掛けていました。もう傷跡も残っていませんよ」


という、かなり無理のあるフロリアの言葉をそのまま受け入れて、反論することも質問することも無かったのであった。

 

 シモンヌはジュリエンヌよりも更に何か感じるものが大きかったようだが、自分の懸念を表沙汰にして追求することで主人まで傷つけることになる、と判断したようで、やはりずっと沈黙したまま、ジュリエンヌの世話をしていたのだった。


 彼女たちは、屋敷に戻った後も、しばらくして子爵夫妻が戻ってきてからも、どこか張り詰めたような緊張感を漂わせたまま、表面上は静かに過ごしていた。

 子爵はどちらかと言うと、娘の気持ちに無頓着なところのある父親だったが、このときばかりは腫れ物に触るようにしていて、次の縁談の話など持ち出さなかったのだった。


 アドリアが言っていた「人の心の痛みには、時間が最高の癒やしの手になります」という言葉を思い出し、ジュリエンヌがもう少し落ち着いて、かつての明るさを取り戻すまではこのまま自宅で過ごさせてやろう、と思ったのだった。


***


 こうして派手めのデモンストレーションで、噂や変な勘ぐりなどが発生する前に打ち消していくというアドリア流のトラブル処理術はとりあえず一通り終わった。

 

 この次のアドリアの指示は、まっすぐフライハイトブルクに戻ってこい、というものであった。

 しかし、フロリアは自分が簡単に戻っても良いのか……、自分の気持ちを決めかねていた。

 もちろん、マジックレディスとその周辺には多数のねずみ型ロボットを配置して、細かく情報収集をしている。万が一、また賊が狙うようなら、今度は機動歩兵を町中で、ひと目につく形になっても構わないので即時展開して、必ず賊を殲滅するように、とセバスチャンに指示を出している。


 だから、戻る必要は無いと言えば無かった。

 

 フロリアは自分にそういう傾向があるという自覚が無かったので思い至ることは無かったのだが、このときは酷く自罰的な気持ちになっていた。

 理屈だけで言えば、エンマ達の受難はあくまで賊達に責任があるのであって、フロリア自身は関係ない。

 だが、その理屈を自分の無意識の領域が納得して、安全で心地よいパーティホームに戻れるのかと言われたら、それは別の話である。


 敵の正体自体は、ベルクヴェルク基地の調査能力を駆使すれば割りと簡単にわかることであった。

 フロリアはナナシの尋問も含めてセバスチャンに任せていた。ナナシは現代の魔法技術の基準に照らせば、極めて強靭な闇魔法で心を縛られていて、尋問や拷問で無理に情報を聞き出そうとすれば、あっさり心停止するような状態にあった。しかし、ベルクヴェルク基地の古代文明の魔法技術は、その呪縛をあっさりと破り、あっという間に必要な情報を聞き出している。

 その他の遺留物や、ねずみ達や人工衛星からの調査結果から、すでにイ号拠点の場所も、敵の正体も丸裸になっていた。


 その結果。


 周囲に無駄な被害を出さないためには、相当な時間を掛けて襲撃作戦を練る必要がある、という結論が出ていた。


いつも読んでくださってありがとうございます。



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