第315話 反撃2
「知りたいこと、あっちから教えてくれた」
心の中でそう言ったつもりが、少し漏れていたみたいで、馬車の中の見張りの男(闇魔道具使いの片割れ)がフロリアの顔を覗き込む。
数秒覗いて、「なんだ、気の所為か」とつぶやき、そのまま尚も顔を覗きながら「だいたい中尉は堅すぎるんだぜ」と言いながら、自分の顔をフロリアに近づける。
そして、そのままズルリと椅子からずり落ちるように倒れ込んで、意識を失ったのだった。
「セバスチャン、モンブラン。ここの人たち、倒しちゃっても、エンマの方に伝わらないからやってしまいましょう」
次の瞬間、フロリアの上に覆いかぶされるように意識を失った男を跳ね除けながら、下からトパーズが飛び出し、さらに馬車の扉を体当たりでぶち破ると、外に跳び出していった。
たちまち悲鳴が上がる。
「トパーズ。殺しちゃだめよ」
慌てて制止しようとするフロリア。
トパーズはちらりと後ろを見ると、敵に襲いかかるのはヤメて、馬車の扉の前に陣取り、フロリアを守る体制になった。
一方、モンブランは地上の賊どもからは見えないほど離れて、フロリアの上空を周回していたが、一瞬で進路を変えて地上の獲物に上空から襲いかかる猛禽類の激しさで一直線に突っ込んできた。その突っ込んでくる最中にも眷属の猛禽類を呼び出している。
野営地を囲んでいた、ベルクヴェルク基地のねずみ型ロボットも、賊の男たちに襲いかかる。
小さな体と素早い動きで、夕暮れの薄暗さにまぎれて、男たちの顔の近くまで飛びかかると、唯一搭載した武器であるエアカッターを放つ。
大した威力ではないが、無防備な顔を切り裂かれては堪らない。
次々に顔を両手で覆って、地に伏せる男たち。
流石にナナシだけは、身のこなしが他の男たちとは違い、簡単にねずみを近づけない。大事な人質であるフロリアを確保すべく、馬車に向かう。
しかし、馬車の前にはトパーズがいる。夕闇の中に黒い体が溶け込みそうだが、黄色い瞳がギラリとナナシを睨みつけ、それ以上ナナシを近づけない。
「フロリア。お前は人を殺すなというが、お前を助けるためにアドリアやモルガーナ、それに手助けした魔法使い達は敵を殺したのでは無いのか?」
フロリアにとって耳の痛いことをトパーズは言い出す。
「昔、アドのやつが言っていたが、己の大事な者を守ろうとするならば、それを傷つける者は情け容赦なく排除するのだ。本気でエンマを守りたいと思うのなら、エンマに手出しした奴は皆殺しにしろ。
それができないから漬け込まれるのだ」
フロリアも馬車の扉から身を晒し、トパーズの背中の上でナナシとの視線が交差する。
ねずみと猛禽類の襲撃のため、他の賊共は為す術もなく壊滅していく。馬車に同乗してきた魔法使いが2名いたが、彼らも闇魔法の魔導具を使うために自前の魔力を注ぎ込んでいたので、迎撃に魔法を使うことができない。そうなれば、なまじ体を鍛えていないだけに、普通の兵士よりもずっと弱いぐらいである。
「わかったよ、トパーズ。今度こそ覚悟を決めた。……また、後でヘタるかも知れないけど、でも、私は仲良くなった人たちをキチンと守るんだ。
私にちょっかいを出す人間はひどい目に遭うんだって、思い知らせなきゃ」
フロリアはモンブランやねずみ達に指示を出す。
「この人達、全員殺して。トパーズ、この眼の前の人だけ死なない程度に痛めつけて。この人には本部のイ号拠点がどこなのか、教えて貰わないといけないから」
「分かった」
トパーズは即座にナナシに飛びかかる。
ナナシは何か言おうとするが、トパーズの鋭い爪の攻撃に晒され、思わず顔をガードしようとした右腕は二の腕からすっぱり切断されてしまう。
「ぐっ……」
それでも何とか反撃しようと、左腕が上着の中にすっと入る。魔導具でも隠し持っているのだろうが、それを使わせるようなトパーズではない。
「シャッ」
という威嚇の声と同時に、今度は口元から風魔法でエアバレルを飛ばしたようだ。ナナシの左腕が二の腕のあたりで弾ける。
たまらず、膝を付くナナシ。
「後は蔓草で」
フロリアがそう言うと、ナナシの足元のあたりからスルスルと蔓草が伸びてナナシの体に絡みつく。
この男はどんな魔導具を隠し持っているかわかったものではないので、縛り上げる前に丹念に蔓草で男の体を調べると4つ、5つ見たこともない道具が出てきた。
魔導具なのか、何なのかわからないが、まあ良い。
一つにまとめて収納にしまった。
ナナシの傷は完全には治らない程度に治癒魔法を掛ける。右腕を切断され、左腕も二の腕を破壊されてちぎれ掛かった状態。確かにすぐには死なないだろうが、そう長持ちもしそうにない。
そして、野営地を見回す迄もなく、ナナシ以外の賊共はひとり残らず斃している。セバスチャンやモンブランの仕事である。討ち漏らしなどある訳もない。
「フロリア。いつまでも呆然とするな。指示を出せ」
トパーズの言葉に「え、指示?」とうろたえる。
「フロリア様。お許しを頂ければ、彼らの身体検査をして所持品を回収した上、穴を掘って埋めるか、積み上げて焼こうと存じます」
死体を処理するのはもちろんアンデッド化を避けるため。
そして、所持品を回収するのは、身元を探るため。偽装用の荷馬車やその積荷、フロリアを載せてきた馬車なども、セバスチャンはもちろん回収して分析するつもりである。
普通に考えれば、間違いなくプロである彼らが簡単に身元がバレるようなものを使って作戦に臨むとは思えないが、何しろベルクヴェルク基地の分析力である。
髪の毛一本からでもとんでもないことを分析しそうである。
「そ、そうね。お願いする。あ、でも回収したものはアドリアを通して、冒険者ギルドに渡したほうが……」
この世界の住人としては飛び抜けて"情報"の大切さを知り尽くしているフライハイトブルクのマルセロ達も、当然のように遺留品を確保して分析しようと考えるであろう。
「いや、でも……」
フロリアはその場に立ったまま、しばらく考える。セバスチャンもトパーズも、そしてモンブランもフロリアの邪魔をしない。
「うん。……セバスチャン、この遺留品は基地で確保して分析して。どこからこの人たちが来たのか、何を考えているのか、基地の力を使って調べ上げて、教えて」
マルセロ達に噛ませるのが、あの町でマジックレディスのいち員として生きていくのであれば有利であろう。
だけど、それだとベルクヴェルク基地の分析力とは差がありすぎる。
場合によっては、もうマジックレディスのみんなとは暮らせなくなるかも知れないが、それでも自分を目当てに平気で彼女たちに危害を加えかねないような連中は排除するのだ。
トパーズの言うように。
フロリアは、この先血まみれの道を歩むことになる決断をここで下したのであった。
ねずみ型ロボットたちは、そのちっぽけな体からは考えられないほど素早く、命じられた仕事を始める。
野営地の近くに、土魔法であっという間に大きな穴を開けると、死骸となった賊共を裸に剥いて、収納にしまって穴まで移動して、穴の底に放り投げていく。
遺留品も全て、手際よく収納していく。
フロリアも事実上上限の無い収納魔法を使うが(もしかしたらあるのかも知れないが、これまでの人生でどう見ても収納過多なのに一向に中身が溢れそうな気がしない)、セバスチャンから聞いていたねずみの性能はそこまででは無かった筈である。
それが、ねずみの体からするととんでもなく巨大な荷馬車を積荷ごと平然としまっていくのだった。
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