第314話 反撃1
日が完全に落ちる前。
モンブランの眷属のフクロウが、エンマ達の捕らわれた賊共のアジトに到着するのを待っている間に、セバスチャンから別口の報告が入った。
「ただいま、フライハイトブルクの賊のアジトを衛士達が急襲し始めています。アドリア様を始め、ギルドの魔法使いが襲撃部隊に加わっていて、賊の魔法使いと戦闘開始しています」
始まったか。……フロリアは遠い場所でのことながら、身内に緊張感が走るのを覚えた。
応援に入った魔法使いは、アドリア、モルガーナと、アドリアと気心が知れた女性魔法使いばかりで、いずれもかつてはマジックレディスに加わっていた者ばかりだとのことだ。
10数分後。
セバスチャンから追加の報告が来た。
「賊の魔法使いは全滅しました。
その他の賊に付きましても、衛士と戦闘らしき戦闘になることもなく、ほぼ全員が捕縛または死亡しています。
1名のみ衛士の目を逃れて、逃亡に成功していますが、この男は宛もなく逃げているという感じではなく、どうやら城内に別の隠れ家があって、そちらに向かっているように見受けられます。
このまま、ねずみによる尾行を続けるべきかと存じます」
「そうね。お願い。アジトは全部見つけたいからそうして。衛士さんたちや、アドリア達に怪我は無かった?」
「はい。賊にとっては奇襲を受けた形になりましたので、ほぼ一方的な展開でした」
「奇襲? それじゃあ、混沌魔法がうまく作用したのね」
「はい」
フライハイトブルクの方は、生身の人間である衛士達や、フロリアの旧知の魔法使い達がアジト襲撃部隊になると聞いて、できるだけ安全に襲撃を成功させたいと、セバスチャンに相談した処、賊のアジトをまるごと混沌魔法を掛けて建物内に居る者すべてを油断状態に置くことを提案されたのだ。
「建物まるごとなんて出来るの?」
「もちろん可能でございます」
今回、賊のアジトを襲撃したフライハイトブルクの衛士隊は、普段町中をぶらぶら巡回している通常の衛士ではない。転生人の前世の警察組織で言えばSWATか、GSG-9のような荒ら事専門の特殊部隊で、それにフライハイトブルクの冒険者ギルドが誇る魔法使いが加わった、表向きの襲撃の理由を「盗賊団のアジトの捜査」としていることを考えると、とんでもなく過剰戦力である(とセバスチャンはフロリアにもわかりやすいように解説したが、フロリアはSWATって何か知らなかったので、いまいち伝わらなかった)。
だが、その過剰戦力でも、賊のほうも20名の攻撃魔法使いを含む、40名の精鋭部隊である。普通ならば簡単に殲滅される相手ではない。
それがほとんど抵抗らしい抵抗も無く、少々肩透かしなぐらいであった。
アドリアは相手の手応えから、「これはフロリアがなんかしてるんじゃ」という疑念を持ったのだが、モルガーナの方はそんな細かいことは気にせずにアサシンスタイルで死体の山を築いたのだった。
マジックレディスのパーティホームも再度襲撃の可能性を否定できなかったので、アドリアは自分だけが襲撃部隊に参加するつもりだったのだが、モルガーナの是非にという懇願に負けたのだ。
確かにモルガーナのアサシンスタイルは、防御よりも攻撃、それも奇襲に適しているのは間違いない。
そうしたセバスチャンからの詳報を聞きながら、自分の判断の結果、モルガーナをはじめ、アドリア、多くのマジックレディスの先輩達に殺人をさせてしまったことを、アドリアは今更ながら慄然とした思いで受け止める。
「いや、ダメダメ。何をビビってるの! 私がしっかりしなきゃ、みんなにこんなことをさせた意味がなくなる」
そう自分に気合を入れていたフロリアに
「あ、お待ち下さい。アドリア様が周囲を探しているようです。ご主人さまのフクロウをお探しなのでは?」
というセバスチャンの一言。
フロリアが、馬車の外の少し離れた場所で、野営地の様子を伺っているモンブランに指示を出すと、すぐにフライハイトブルクに居る眷属がアドリアの元に行った。
「おお、やっぱり気がついてくれたね。あんた、私の言っていることが理解できる? それと、従魔の白いフクロウを通して、フロリアと意思疎通が出来るかい?」
その内容がセバスチャン経由ではなく、モンブラン経由でフロリアに届き、フロリアから「頷いてあげて」という指示がやはりモンブラン経由で帰る。
「やっぱり、そうなんだね。ほんと、いろんなことができて羨ましいよ。……それで、これから私はフロリアの処に急行するよ。こっちの後始末はパーティホームはルイーザ、この襲撃の方はギルドの職員が来てるから、それに任せるように話をつけた。
で、クラーラっていう女魔法使いは覚えてるかい? フロリアの前にパーティにいて、ゴーレム馬を使えた娘だよ。今、ソロになって町から町へお金持ちを急ぎで届ける護衛兼運び屋になってるんだけど、この娘が事情を聞いて、後を追うのを手伝ってくれるんだ。 これから夜っぴて、突っ走るから、街道沿いを走っているんなら追いつけると思う。
昼間の手紙だと、あんた1人でどうにでもできそうだけど、やっぱり心配だからね。もし街道を外れたり、何か伝えなきゃならないことがあったらフクロウで連絡しておくれ」
以上が、アドリアの話の内容であった。
昼過ぎにフロリアが拉致されたことを知ってから、日暮れ直前までにアドリアはこれだけの手はずを整え、関係各所に根回しをして、フロリアとエンマの追跡に専念出来る状況を作り上げたのだ。
彼女の現在の地位は、単に優れた攻撃魔法の使い手であるというだけで確立したものでは無かった。
「アドリアがやってくるのか。それだったら、それまでにこの人たちを片付けておかなきゃ」
「それでは始めますか?」
「もうちょっと待って。先にエンマ達の救出を確認しないと、この人たちにも瞬間的に遠距離を連絡出来る手段があったら困るから。
あ、それからフライハイトブルクの方で、1人だけ逃げた人が居るって言っていたけど、これはどうなったの?」
「こちらも処分されました。外海の船着き場の近くの宿がどうやら、彼らの潜伏先の1つであったようですが、そこに逃げ込んだところ、即座に宿の主人によって殺害され、死体は地下室に運ばれています。夜中に樽に石と一緒に詰めて外海まで出て沈めろ、と宿の下働きの者に命じています」
「ふうん。それじゃあ、そこも宿ぐるみでグレートターリ帝国のスパイのアジトなんだね。重点的に見張っておいて」
「かしこまりました」
そんな会話を脳裏でずっとしていると、トパーズから「おい、何か騒ぎ出しているぞ」と警告があった。
フロリアは意識を無くした体で、馬車の中でずっとグニャっと横になっていた。1人にしてくれたら、楽な姿勢になるぐらいは出来るのだが、野営地に入ってからも交代で見張りが付くので、闇魔法の魔導具が効いていないのがバレるのは避けなくてはならない。
体が強張ってきているので、外に出て体操したり、ご飯を食べたり、おトイレに行ったり、色々やりたいのだが、それもできない。
自分の探知魔法とセバスチャンからの情報で、野営地は商人や冒険者に化けた連中に馬車の御者、闇魔法使いの片割れなどが集まって何やらヒソヒソ話をしていて、ナナシは1人だけ他の連中とは離れて彫像のように静かにしている。
そのヒソヒソ話の声が、急に声が大きくなって、「フライハイトブルクがやられちまったぞ」と叫ぶ声が響く。
「詳しく説明しろ」
ナナシは即座に反応して、鋭く命じる。
この野営地の賊共にもやはり遠距離を短時間で通信出来る手段があったようだ。
「フライハイトブルクのル号拠点がやられた。配置していた要員も1名を残して捕縛又は死亡。残った1名はカ号拠点に避難し、状況を報告しました」
「ル号拠点って、今回の作戦の要だった拠点だ。それがやられたってどういうことだ」
「魔法使いは20名もいたはずだぞ」
「それが全部やられちまったのかよ」
「ひょっとして、ここもヤバいんじゃないのか?」
「ていうか、なんでアジトがバレたんだよ。こうしたことが無いように、あんたが作戦立案したって話じゃなかったのかよ」
一瞬、野営地に剣呑な空気が流れそうになるが、ナナシが立ち上がり、じろりと周囲を睨むと、誰もまともに口を聞くことが出来なくなった。よほど部下から怖れられているらしい。
ナナシは、少し考えてから、「ただちにこの野営地を出発する。ハ号拠点に一刻も早く着く必要が出てきた。お前たちは半数が騎馬になって、馬車に追従せよ。残り半数は荷馬車を街道に出して、追っ手が来た場合は時間稼ぎをせよ」と命じた。
「もし、ハ号拠点も敵襲に遭っていたら? ハ号には通信の魔導具がないから、拠点を襲われて、敵が待ち受けていても調べる手段が無いです。このまま、本部のイ号拠点に急いだほうが……」
部下の言葉にナナシは
「だめだ、ハ号には攫った娘達がいる。フロリアにいつまでも混沌魔法を掛けたままでは攫った意味がない。正気に戻して、言う事を聞かせるためには人質を確保しておく必要がある」
と返した。
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